最後 の 晩餐。 「やりすぎ都市伝説」最後の晩餐の楽譜や音符と不協和音の意味とは?粗品のピアノ解説動画も!

[教養を深める]そうだったんだ!「最後の晩餐」をじっくり解読。

最後 の 晩餐

Contents• 全てに描かれているほど、大切な場面です。 特に、イエス・キリストによって、ユダの裏切りが告げられるシーンや、 パンとぶどう酒が弟子たちに配られるシーンが有名ですね。 登場人物 まずは、最後の晩餐に参加する人物たちをご紹介いたしましょう。。 ひっひっひっひ。。 イエス・キリスト 人間として地上に来られた、 神の子その人。 十字架で処刑される前日に、弟子たちと最後の晩餐を持ちいくつかの予告をします。 12弟子 イエス・キリストに付き従った、 12人の弟子たち。 イエス様と最後のディナーをするも、イエス様の悲しい予告に動揺が広がることに。 聖書のストーリー それでは、聖書に沿ってその内容を見ていきましょう! イエス、ユダの裏切りを告げる ある日、弟子たちがイエスに言われた通り、 を準備しました。 そして、夕方になると、イエスは12人の弟子たちと食事の席に着 くことに。 食事をして少し経った頃、イエスは弟子たちに言われました。 イスカリオテのユダの裏切りを予告• 弟子たちが自分の処刑の際に、バラバラに散って逃げてしまうことを予告• 弟子のペトロが、鶏が鳴く前に3度自分のことを知らないと言う と予告 うん、 夢も希望もあったもんじゃないですよね。 (絶望) しかもこれ、ナーバスになっているであろう処刑前日ですよ?? イエス様からしたら、たまったもんじゃないですよ。 だって、 弟子の1人に裏切られて処刑されるのみならず、 リーダーのペトロを筆頭に、 他の弟子たちからも見捨てられてしまうのですから。 まさに、踏んだり蹴ったり! ちなみに、この最後の晩餐の後に、イエス・キリストによるがなされるのですが、 イエス様があれだけ弱っていたのは、この悲しい予告とも無関係じゃない気がしてきますね。。 もちろん、 これらの予告は全て実現してしまいます。 最後の晩餐というと、ユダの裏切りのイメージが強いですが、 これを見ると大小はあれど12弟子全員裏切ってますよね。 んー、この時のイエス様の心境はどのようなものだったのやら。。 最後の晩餐?ディナーごときで大げさな! なんて言えないくらい、濃密な内容でしたね! 余談なんですが、 僕はレオナルド・ダ・ビンチの「最後の晩餐」の絵を生で見たことがあります。 あれは確か高校生の頃に、家族とイタリア旅行に行ったときのことでした。 あの頃からもっとキリスト教のこと勉強しとくんだった!と、今では少し後悔していますが、 そのとてつもない迫力は、当時の無学な私の心にも大きなインパクトと感動を与えました。 どれくらい感動したかというと。。 絵を見た瞬間、泣きました。 (実話) 最後の晩餐の内容を理解している今だったら、もっと感動するんだろうなあー! ぜひ皆さんも、機会があれば実物を見に行ってみてください! ところで、皆さんだったら最後のディナーに何を食べたいですか? 僕ならあれですね、 カツカレー大盛り!(圧倒的庶民感) ではまた!.

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『最後の晩餐』が「最後」なワケ。

最後 の 晩餐

あらゆることにおいて有能であり、画家としても非常に有名なレオナルド・ダ・ヴィンチですが、現存する絵画作品は15点ほどしかないと言われています。 中には最後まで完成されなかった作品も多々あります。 実は「最後の晩餐」は数少ない貴重な完成品の一つなのです。 レオナルドは完全主義者であり、自分の作品にとても厳しく、少しでも納得できないと自分の作品を破り捨てていました。 一つの作品にかける時間も長く、何年にも渡って手を加え続け、それでも結局完成できないことも多かったのです。 新しい技法をいつも探求していたレオナルドはその実験にも長時間をかけていたと言われています。 とても論理的で実証的あり、その緻密で計算された考え方は絵画にも表れていました。 レオナルド・ダ・ヴィンチの作品の素晴らしいところは、顔料の塗布の手法はもちろんのこと、解剖学や光学、植物学、地質学、人相学などの知識をもとに新しい絵画技法を探求して表現している点です。 人の感情を、表情やポーズで描写する技法や、人物の配置や構図における創造性、色調の繊細な移り変わりなどが特にレオナルドの作品では多く見られます。 これらの革新的な絵画技法を確立し、その集大成と言われるのが、「モナ・リザ」、「岩窟の聖母」、「最後の晩餐」です。 1490年代に描いた絵画作品の中で最も有名な「最後の晩餐」はレオナルドの作品の中でも製作期間3年と、比較的短い期間で描かれたものです。 ミラノにあるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院の食堂の壁に描かれたもので、イエス・キリストが刑に処される前夜に12人の弟子と共に摂った夕食の時に起こった出来事の場面が描かれています。 「最後の晩餐」は、一点透視図法という、ある位置から見ると絵画の天井の線と実際の壁と天井との境目につながり、部屋が壁の奥方向へと広がって見えるような技法が使われています。 イエスのこめかみの位置に釘を打ち、そこから糸を張ってテーブルや天井、床などの直線を描いたものと思われます。 12人の弟子たちはイエスを中心に3人一組で描かれており、4つのグループはほぼ等しい幅を持つよう左右に構成されています。 弟子たちは手の形やポーズによって感情が表現されているなど、手の表現が大きな特徴となっています。 聖書の中に出てくる最後の晩餐の場面は多くの画家が描いてきました。 その多くは、裏切り者であるユダをひとり手前に描き、イエスや他の弟子とは向き合う位置で描かれています。 しかし、レオナルドの描いたユダは、他の弟子たちと同じ向きで描かれています。 これはレオナルドがその当時一般的だとされていた定番の構図に疑問を抱いていたからだと考えられます。 最後の晩餐をしている時点では裏切る者がユダだとは他の弟子たちは分かっていないはずで、実際は、誰が裏切り者なのかと騒然となったであろう場面をレオナルドは忠実に再現したのです。 また、レオナルドの「最後の晩餐」では、当時の常識では考えられない位置にユダが描かれています。 ユダの両隣に描かれているペトロ(左隣)とヨハネ(右隣)は、イエスにとって一番の弟子だとされており、特にペトロはイエスが一番信頼していた弟子としてイエスの左に、ヨハネはイエスが一番愛した弟子としてイエスの右に描かれるのが一般的でありました。 しかし、レオナルドはペトロとヨハネの間にユダを描いたのです。 イエス・キリストはユダが裏切り者だと予知していながらどうして選ばれた12人の弟子の一人としたのか疑問に感じる方も多いでしょう。 多くの神学者や哲学者がこの問題に取り組んできました。 もともとユダはイエスへの信心がそれほどなかったという記述もあります。 イエスとの関係においても数々の福音書の中で、ユダの記述は他の弟子たちと比べると少なく、イエスとユダはそれほど親密だったとは言えないようです。 ヨハネの福音書によれば、イエスは最初から裏切り者がユダであることを知っていましたが、最終的には最後の晩餐の時にユダの裏切りを予言した後、ユダに向かって「しようとしていることを、今すぐしなさい」と言ったと言われています。 レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」を見るとユダは後ろを振り返っていて顔がよく見えません。 手は強張っており、恐れを感じているようです。 その視線の先にいるのはペトロです。 ペトロはなぜか右手を後ろ手にしていて、その手にはナイフが握られています。 左手はヨハネの肩にかけられており、ヨハネに何かを語りかけているのでしょうか。 ヨハネはうつむき耳を傾けているようにも見えます。 最後の晩餐の記述の中にはイエス・キリストの懐には一番愛した弟子がいたという記述がありますが、レオナルドの「最後の晩餐」にはイエスとヨハネの間には明らかに距離があるのが見えます。 なぜ、レオナルドはあえてその空間を作ったのでしょう。 これには裏切り者のユダの後ろにはペトロがいたのではないかという説があります。 レオナルドの描いたペトロを平行移動させて空いている空間に置くと、ペトロがイエスの首元に手を当て詰め寄っている姿がぴったりと重なるからです。 右手のナイフはヨハネのお腹に向けられています。 ヨハネが、中性的で女性のように描かれていること、ヨハネをイエスの右隣へ平行移動させるとぴったりとイエスに寄り添う形になることからヨハネはイエスの子供を授かったマグダラのマリアではないかとも言われています。

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最後の晩餐 レオナルド・ダ・ビンチ ユダはどれユダの位置と場所 表現の違い|美の巨人たち

最後 の 晩餐

ルネサンス三大巨匠の一人、レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた「最後の晩餐」はイエスが十字架にかけられる前、弟子たちと共にした最後の食事を描いた巨大な壁画として有名です。 しかしながら、「弟子たちはこの日までイエスと共に3年間、いつも食事を共にしていたのに、これが最後だった・・・!」という理解では少し物足りないワケがあります。 『最後の晩餐』が「最後」なワケ。 この食事は、イエスが処刑される前に食べた最後の食事だった イエスはこの食事の後、捕らえられ、翌日十字架刑に処せられました。 イエスご自身がこの食事が最後になると言われた イエスはこの食事が「最後の晩餐」になることをご存知で、食事中にそのことを預言されました。 イエスは言われた。 「わたしは、苦しみを受ける前に、あなたがたといっしょに、この過越の食事をすることをどんなに望んでいたことか。 あなたがたに言いますが、過越が神の国において成就するまでは、わたしはもはや二度と過越の食事をすることはありません。 」 ルカの 書22:16-17 3. この食事は「最後の過越(すぎこし)の食事」だった この食事はただの夕食ではなく、ユダヤ人が春に祝う「 」で食べる、「過越(すぎこし)の食事」で、英語ではPass Over Mealと言われます。 イエスはこの「過越の祭り」の最中に十字架にかかりました。 この晩餐はイエスが弟子たちと共にした「最後の過越の食事」なのです。 なぜこの食事は「過越し」と言われるのでしょう。 これは【神】がユダヤ人をエジプトの奴隷生活から解放してくださったことを覚える食事で、奴隷時代の労苦や、出エジプトの喜びを思い出すための様々な食べ物が用意されます。 映画「 」 1956 をご覧になった方は、ユダヤ人がエジプトを脱出する前日に、最後の災いが通り過ぎるのを待つ間、食事をしていたシーンを思い出すかもしれません。 この日エジプト全土を襲った災いは、子羊の血を門の囲いに塗った家を通り過ぎました。 この食事が過越(すぎこし の食事と呼ばれるのは、【神】を恐れた者の家を災いがPass over 通り過ぎ)したことに由来しています。 そして現代でも、ユダヤ人はこの伝統を大切にしています。 残念ながら、レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」はユダヤ的背景や伝統があまり描かれていませんので、ユダヤ人の文化を日頃あまり見ることのない日本人にとって、絵画を見ただけでこの食事と「過越の食事」を繋げることは難しいと思います。 しかし、「過越の食事」について知識があると、イエスが食べた最後の食事が過越の食事だったというのは大きな意味を持つようになります。 イエスが過越の食事を成就されたので究極的な意味でこれが「最後の過越の食事」となった ユダヤの祭りはそれぞれに預言的な意味があり、この春の「過越の祭り」と「過越の食事」は出エジプトを記念するだけでなく、メシアが民を救い出してくださることを待ち望む意味があります。 その、メシアであるイエスが来られたので、「過越の食事」が預言的に表していたことが成就しました。 出エジプトの際、子羊の血を家の門に塗った人々は、災いである死から免れ約束の地へと旅立つことができました。 イエスの十字架上で流された血も、門に塗られた子羊の血と同じように、罪の報酬である死から自分を救う「あがないの血」だと信じ、イエスが死より復活したメシアだと信じる者は、イエスのように死から蘇り、約束の地でイエスと顔を合わせる特権が与えられるのです。 過越の食事は、このメッセージを伝えるための祭りです。 つまり、イエスをメシアとして受け入れた人にとってこの「最後の晩餐」は究極的な意味での「最後の過越の食事」となったのです まとめ 最後の晩餐が「最後」である4つのワケ• イエスが処刑される前の最後の食事だった• イエスご自身がこの食事が最後になると食事中に預言された• この食事はイエスがこの世で食べた最後の「過越の食事」だった• メシアであるイエスが過越の食事を成就されたので究極的な意味で「最後の過越の食事」になった.

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