モンド 映画。 モンド映画とは (モンドエイガとは) [単語記事]

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モンド映画1 モンド系1 MONDO ERTIC1 モンド映画のバイブル 牛の頭を一刀で切り落とす民族など、世界中の残酷で奇怪な風習を集めたドキュメンタリーに全世界の人々が目を奪われ、驚愕の嵐に包まれた・・・という話。 私のホラー系映画のデビュー作である。 といっても幼稚園の時、親かおじさんに連れられて映画館で見た。 とにかく怖かったのがどくろだった。 しかしこの映画を幼児に見せる大人も大人である。 自分では記憶は薄いが、図画工作の勉強で世界残酷物語の絵を書いていたという事を、死んだ祖母から聞いたのは小学校の高学年の時。 現在まで何事もなく生きているが、人生の途中で事件を起こしていたら、『そういえば、残虐な絵をいつも書いていた』などと書かれていたことである。 それはそうとして、最近40年ぶりくらいに見たが、かすかな記憶と、実際の映像はかなり違っていた。 しかしある意味いい映画である。 この作品は比較的最近ビデオで見たが、見てみると以前やはり見ていた。 われながらよく見ている。 記憶に残るシーンは顔を楽器代わりに叩いて奏でる演奏くらい。 映画館で診た。 中学校だったか。 アフリカから奴隷を連れてくるドキュメンタリー映画だと思っていたが、やはりやらせだった。 それより、奴隷という名目でヘア、性器丸写りには驚いた。 それも大スクリーンの映画館で!!その後のビデオではモザイクORボカシがかけられたらしいが、この問題作を映画館で見れたことは今でも思い出の作品である。 人間がライオンに襲われるシーンを始め、白人による原住民狩りの一部始終などショッキングなシーンが全編にわたって収められ、観客を震撼させた超大作・・・という話。 ライオンに人が食われる。 というシーンを売り物にしたやらせ映画。 当時は皆本物と思って見ていた。 自分もそうだ。 動物の生存競争お前半にもってきて、衝撃のシーンを流す。 またカメラもぶれている。 日本で大ヒットした。 やらせと知ったのはごく最近で、昔はよくだまされたなあと思っている。 ただこの映画がきっかけで「ジャンク」が生まれそしてデスビデオが氾濫したといっても過言ではない。 電気椅子処刑、青酸ガス処刑、首切り処刑、ワニに食われる人、熊に食われる人など人のあらゆる死をテーマにしたドキュメンタリー。 今まではタブーとされていた死体を直接描写し、今まで見せることの出来なかった死の瞬間をとらえた内容であった。 後に死体は本物でも、死ぬシーンなどは一部ヤラセを挿入していたことが判明。 しかしながら、この作品をきっかけにして「デスビデオ」という本物の死のビデオのジャンルが確立され、世に数多くのデスビデオが出されたことはいうまでもない。 古い作品といえども、特殊メイクではないので、内容はかなり過激で、現在でもトップクラスのグロ度である! !!画像閲覧注意!! ショッキングフィルムの寄せ集め 20世紀に世界各地で起こった事故や衝撃的なシーンを収録したドキュメンタリーシリーズの総集編。 ルーマニアのチャウシェスク政権を打倒したクーデターの模様、銃殺刑、銀行強盗、戦争シーンなど、目を覆うような映像を満載した1作・・という内容。 ショックフィルムとはいえ大半が過去のニュース映像と動画投稿サイトで流れているややキツい映像で死体や公開処刑シーンも含まれている。 脳手術シーンが延々流されるのは少しうんざりさせられる。 何よりもふざけた日本人のナレーションがこのビデオの価値を下げている。 デスビデオに見慣れない人にはかなりキツい1本!.

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モンド映画の盛衰 モンド映画は、世界各地の秘境の奇習や大都会の夜の風俗、事故や処刑の瞬間など衝撃映像を、虚実取り混ぜて見世物感覚で構成したドキュメンタリー風映画を指す。 に公開され世界的に大ヒットした製ドキュメンタリー映画『』のイタリア語原題 "Mondo Cane"(直訳:「犬の世界」)がモンド映画の語源となっている。 『世界残酷物語』のヒット以降、便乗するようにイタリアを中心としたヨーロッパ各地や日本で1960年代から1970年代にかけて秘境ドキュメンタリー映画や残酷ドキュメンタリー映画、性医学ドキュメンタリー映画などが製作され、壮絶な題名や誇大な広告とともに公開された。 こうした映画は『世界残酷物語』の原題に倣って「Mondo …」(…の世界)と題された映画が多かったため、後に「モンド映画」と呼ばれるようになった(日本で製作されたモンド映画は、 和製モンドである)。 モンド映画のスタンスは好奇心や見世物感覚であったが、映画の最後には、とってつけたように「世界の残酷な現実をあえて明らかにする」「動物たちを大切にしなければならない」「狂っているのは野蛮人ではなく文明人のほうである」などといった社会派的な結論がついていた。 基本的には金儲けのためにセンセーショナルな話題を取り上げて観客から料金を巻き上げるの一種であり、『世界残酷物語』や、それに先立つも含め、モンド映画にはあからさまなや事実誤認、配給会社による誇大広告などがつきものであるが、深く追及しないのが鑑賞時の作法である。 モンド映画はヒット企画への便乗を身上とする映画人により製作された。 イタリア人を主とする彼らにとっては、有名俳優などは不要で英語のナレーションを付けるだけで即世界に売れるモンド映画は恰好の商売の手段だった。 彼らはより過激な残酷さや観客をつかむ映像のパワフルさを追求したが、映画がテレビに対して衰退した半ば以降にはモンド映画ブームは収束し、前半を最後にモンド映画的なものはテレビの特集番組やレンタルビデオなどに吸収された。 似たような便乗映画が多すぎた上(いわゆるマンネリ )、海外旅行が一般化したため観客の異国への興味が薄れ、当初の新鮮味が失われ次第に飽きられるようになったこと、即物的な衝撃を求めるあまり製作費のかかるやらせをやめ、本物の死や死体を映したニュースフィルムをつなぐだけの映画へと移行し、残酷さが一般観客の許容度を超えるようになったことなどが、モンド映画が劇場から消えた原因であろう。 しかしの台頭などを受け、になってアメリカ合衆国ではドキュメンタリー映画の新たなブームが起きはじめている。 中には社会の関心の高い問題への便乗や、社会に広がる偏見への便乗を図る映画もあり、モンド映画的なものは再び映画館に戻りつつある。 モンド映画とオリエンタリズム モンド映画における、撮影する側・鑑賞する側(ヨーロッパ人)から、撮影される側(日本人も含むアジア人・アフリカ人・途上国人・原住民などの人種、女性、また風俗関係者や事故の被害者など)への視線には、文明社会である欧米の白人から野蛮社会であるそれ以外の世界への本音、あるいは見世物的な好奇心や蔑視があからさまに表れているということもできる。 裸体など映画の規制の厳しい時代でも、原住民の乳房や股間に修正は入らなかったことも多かった。 もっともこうした「文明から野蛮への視線」・「秘境への関心」・「やらせ的な演出」は、1920年代の文化人類学的ドキュメンタリー映画の巨匠の作品や、1930年代の特撮映画『』の登場人物である秘境撮影隊の面々にも見ることができる。 映画史の初期から今日まで、やらせとドキュメンタリー、虚構と事実のあいまいな「モンド映画的な要素」は映画という表現につきまとってきた存在である。

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中世後期イタリア。 南アルプスの山の麓にある小さな村の外れで暮らすアゴスティーノと妻のニーナ、息子のジョヴァンニ。 この村は、壁のようにそびえる壮大な山に太陽の光を遮られており、思うように作物を育てることができずにいる。 他の家族はよりよい暮らしを求めて去っていった。 しかし、アゴスティーノとニーナは彼らの説得にも応じず、先祖の墓や亡き娘の墓があるこの地を離れようとはしなかった。 飢えた家族となんとか生き延びるため、アゴスティーノはあらゆる手を尽くすが、周囲の村の者達からは異端者として差別され、遂にはそこに暮らすことさえも禁止されて家族は離れ離れになってしまった。 もはや手立てはなかった。 長年イタリアで映画を撮ることを夢見ていたナデリが、遂にイタリアでのオールロケを敢行。 ミケランジェロやアントニオの彫刻に影響を受けたと語るナデリは、孤立無援のなか肉体を過剰に酷使する男の限界突破を美しく描き出した。 また、敬愛する黒澤明作品のようなダイナミックなカメラワークと音響で表現された山々と人物の喜怒哀楽は、見る者の心を大きく揺さぶる。 それはまるで風土や歴史、芸術に捧げられる、黒澤明の精神で作られたイタリア彫刻作品のようだ。 第73回ヴェネツィア国際映画祭「監督・ばんざい!賞」を受賞。 本年度の東京フィルメックスでも回顧上映が特集されるなど、今まさに各国で注目を集めるアミール・ナデリが作り上げた孤高の傑作である。 1945年、イランのアバダンに生まれる。 スチール・カメラマンとして活動した後、脱獄犯を主人公とする犯罪映画「さらば、友よ(Good By Friend)」 71 で映画監督デビュー。 続いて殺人を犯して逃亡する男を街頭ロケを多用して描いた第2作「タンナ(Tangna)」 73 を監督。 70年代イラン映画のスター、ヴェヘルーズ・ヴォスーギを主演に迎え、財産も名誉も奪われた男の壮絶な復讐を描いた「タングスィール(Tangsir)」(73)は批評家から高く評価されると同時に興行的にも成功をおさめた。 その後、アッバス・キアロスタミらとともに児童の情操教育のために設立された児童青少年知育協会(カヌーン)をベースに活動。 ハーモニカの所有をめぐる子供たちの争いを描いた『ハーモニカ』 74 、台詞を一切排した映像詩的な中編『期待』 74 など、独自のスタイルをもった児童映画を監督する。 『駆ける少年』 84 、『水、風、砂』 89 は、2作連続でフランスのナント三大陸映画祭で最優秀作品賞を受賞。 イラン映画が海外で評価されるきっかけを作った。 その後、アメリカに移住し、ニューヨークをベースに活動。 『マンハッタン・バイ・ナンバーズ』 89 はヴェネチア映画祭、「A,B,C, マンハッタン(A,B. Manhattan)」 97 はカンヌ映画祭「ある視点」部門で、『ベガス』 08 はヴェネチア映画祭コンペティションで上映された。 2011年は、西島秀俊を主演に迎え、日本で撮影した『CUT』を監督。 続く『山<モンテ>』 16 は全編をイタリアで撮影した。 最新作はロサンゼルスで撮影され、ヴェネチア映画祭で上映された『マジック・ランタン』 18。 『山〈モンテ〉』 英題:MOUNTAIN 原題:MONTE 2016 / 107分 / 伊・米・仏 / イタリア語 / シネマスコープ / 5. 1ch 監督・脚本・編集・音響:アミール・ナデリ 製作:カルロ・ヒンターマン / ジェラルド・パニチ / リノ・シアレッタ / エリック・ニアリ• 撮影:ロベルト・チマッティ 美術:ダニエレ・フラベッティ• 衣装:モニカ・トラッポリーニ 装飾:ララ・シキック• 録音:ジャンフランコ・トルトラ VFX:佐藤文郎• 出演:アンドレア・サルトレッティ / クラウディア・ポテンツァ / ザッカーリア・ザンゲッリーニ / セバスティアン・エイサス / アンナ・ボナイウート• 配給:ニコニコフィルム 宣伝:岩井秀世 デザイン:山口拓三• 予告編制作:遠山慎二• 協賛: / URL:monte-movie. com• With the contribution of:Birra Forst S. A In association with:SMART In collaboration with:Jerome Bellavista Caltagirone, Federico Baiocco, Federico Lupin, Marina Cavazza,Robin Monotti Graziadei, Adriano Pace,Martine Bedin.

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