内田 樹 twitter。 [B! 中国] 内田樹 on Twitter:

政治学者が内田樹「コロナ後の世界」にマジ切れしてるので聞いてくれ: 内田樹が煽る4つのデマ|アイ・アラン|note

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平松のような、太田のような、欲ボケだけの、そういう首だけが着いたがらんどうの首長がやってると、それだけ能無しだったら、やっぱりそばには欲ボケだけのこんな輩が寄ってきて、また能無しのこんな輩を大事にして、こんな奴がそばで税金を食い物にして奪っていくんだねえ。 大坂はまずはここから脱出するのに数十年もかかったよなあ。 その間二兆円近くの借金が積み重なった。 箱モノの無駄で1兆円以上の借金、 隠されていた使い込まれていた臨在債だけで、5500億円の借金、 もうその間の堕落した職員への給与ドロボー内容も入れたら、実質の借財、無駄遣いは、もう二兆円ぐらいとうの昔に超えて行っていた。 橋下さん以降、首長のいつもそばに居てる人をよく見る。 橋下さんが都構想のタウンミーティングで市民を集めた会場でやってた時、常に役所の人間として同じ人物がいつもそばに同行していたそういう人物がいてた。 いつ見ても同じ人が。 多分当時局長クラスぐらいの人だと思うが。 今回の万博の活動で海外に行く時にも、松井さん吉村さんとやっぱりこの人が、同行していつも一緒にくっついて行動していた。 今回の万博招致においても松井さん吉村さんのそばをきっちりとくっついて同じ人が同行して活動に参加されている。 現在の松井さん吉村さんのそばについているいつものあの一寸小太りの眼鏡を掛けられた髪の毛の白いあの方のような人が自然と傍で存在するようになる。 こういう首長がそろうと、やっぱりめちゃくちゃ有能な人物が人が人を呼んで、能力が能力を呼んで、必然にそばにくっつくんだろうなあ。 これはやっぱり橋下さんからつながる松井さん吉村さんとつながれている。 反維新MBSに「辺境ラジオ」という深夜ラジオの不定期番組がありました。 まだあるようだ。 昔はたまに聞いていました。 つまらないから最初だけでやめたけど。 出演者が内田樹、西アナ、精神科医の名越康文という三人で、まあ三人ともサヨクで反維新な訳です。 特に内田と西がそう。 名越も2人の話に同調していたと思う。 内田というのは酷くて、経済オンチ甚だしい。 枝野とかと同じで反成長派。 「大阪は緩いから良いんだよ。 何で都構想とか東京のモノマネしないといけないの?」 「生活保護が多いのも別に良いじゃん。 (維新は)何で基準の厳格化なんかしようとするの?」 とかのたまっていた。 完全に他人事なんだよなあ。 神戸女学院の名誉教授か何かだが、 そういう社会的経済的に安全な位置から他人事、そして神戸・関西という土地に関わっていながら、大阪に住む人々の経済生活にも他人事、 二重の意味で他人事の放言、どうしようもない奴です。 自称リベラル知識人は、こういう安全なポジションから市井の人間の生活に対して鈍感、 そして情緒的で経済学的無知からの反成長主義、という社会にとって使い物にならない、 というか言論活動がもはや社会にとって有害な連中が多い。 コメントをどうぞ メールアドレスは公開されませんのでご安心ください。 "名無し・匿名"や"ダミーアドレス"でもOKです 管理者だけに表示 コメントは承認制です。 投稿後、表示されるまで数日程要す場合があります。 ご了承下さい。 現在、原因を調べておりますが、念の為、投稿頂いたコメントはコピーしておいて下さる事をおススメします。 もし時間が経っても投稿コメントが掲載されない場合は消失している可能性がありますので、お手数ですが再度ご投稿頂ければと存じます。 上に表示された文字を入力してください。

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サル化する世界 : 内田樹

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ただ、それはまなじりを決して「自分らしく生きるぞ」と力んで創り出したり、 「自分探しの旅」に出かけて発見するようなものじゃない。 ふつうに「なんとなくやりたいこと」をやり、 「なんとなくやりたくないこと」を避けて過ごして来たら、 晩年に至って、「結局、どの道を行っても、 いまの自分と瓜二つの人間になっていたんだろうなあ」という感懐を抱く…… というかたちで身に浸みるものではないかと思います。 僕がわが半生を振り返って言えることは、 僕は他のことはともかく「心と直感に従う勇気」については 不足を感じたことがなかったということです。 これだけはわりと胸を張って申し上げられます。 恐怖心を感じて「やりたいこと」を断念したことも、 功利的な計算に基づいて「やりたくないこと」を我慢してやったこともありません。 僕がやったことは全部「なんだかんだ言いながら、やりたかったこと」であり、 僕がやらなかったことは「やっぱり、やりたくなかったこと」です。 というわけですので、この本はできたら若い方に読んでいただいて、 「こんなに適当に生きていてもなんとかなるんだ」と安心してほしいと思います。 武道、呼吸、瞑想からヒマラヤでの想像を絶する修行までさまざまなエピソードを通じて、武道家にして思想家の内田樹と、ヨーガの大家、成瀬雅春が死について縦横無尽に語り合う。 そもそも死は病ではなく、いずれ誰にも訪れるもの。 むやみに恐れるのではなく、生の充実を促すことが善き死を迎える準備となりうるというヒントを、ふたりの身体のプロがやさしく教える。 神戸女学院大学名誉教授。 思想家。 著書に『日本辺境論』 新潮新書 、『私家版・ユダヤ文化論』 文春新書 、共著に『一神教と国家』『荒天の武学』 集英社新書 他多数。 成瀬雅春 なるせ まさはる ヨーガ行者。 ヨーガ指導者。 成瀬ヨーガグループ主宰。 倍音声明協会会長。 ハタ・ヨーガを中心として独自の修行を続け、指導に携わる。 著書に『死なないカラダ、死なない心』 講談社 他多数。

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政治学者が内田樹「コロナ後の世界」にマジ切れしてるので聞いてくれ: 内田樹が煽る4つのデマ|アイ・アラン|note

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産経新聞のコラムを読んで、驚愕した。 久々に怒りが湧いてきた。 全国の読者、とりわけ、若い世代の読者がこうした出鱈目なコラムを読んで、おかしな妄想に取りつかれないために、ここで批判しておく。 日本は謝り続けないといけないのでしょうか? 内田樹の「ぽかぽか相談室」という記事。 まずはご一読頂きたい。 「無条件降伏」に対する無知 この内田なる人物の回答が余りに酷いので、ここで訂正、批判しておく。 内田はこう言っている。 大日本帝国もミッドウェイ海戦の敗北の後、降伏していれば、海外植民地を手放すくらいで政体は維持できた 何という無知なのだろう。 アメリカのルーズヴェルト大統領は日本に対して「無条件降伏」という過酷な要求を突き付ける意図を有していた。 この「無条件降伏」なる降伏が如何に過酷な降伏だったかの認識が内田には欠落しているようだ。 「無条件降伏」について誤った認識をしている人が多いのでこの「無条件降伏」について説明しよう。 この「無条件降伏」とは、戦勝国が敗戦国に対して何の要求もしないで無条件に許してあげようということではない。 全く逆で、敗戦国が何の条件をつけることも出来ないまま降伏するという意味だ。 例えば、「いくら戦争で負けたからといっても、日本語を廃止して英語にするのは止めてほしい」といった条件を1つもつけることが出来ずに降伏することを意味する。 従って、 何の保障もないままに勝者の好きなようにしてくださいと降伏するのが無条件降伏だ。 何もかもが勝者の手に委ねられ、何ひとついうことが出来ない。 これが無条件降伏なのだ。 これほど過酷な要求は歴史上例がなく、米国内の軍人たちもルーズヴェルトが無条件降伏に拘ることに関して、批判的だった。 このような過酷な要求を突きつければ、日本は態度を硬化させ、なかなか降伏を受け容れず、多くのアメリカの青年が血を流すことになるからだ。 だが、ルーズヴェルトは無条件降伏に拘った。 従って、仮に日本がミッドウェイ海戦で負けて降伏していたとしても、相手は「無条件降伏」を望んでいるのだから、とても「海外植民地を手放すくらいで政体は維持できた」とは思えない。 天皇(国体)を守ろうと必死に模索し、降伏に到った また、つぎの文章も酷い。 ミッドウェイで負けて、マリアナ沖で負けて、制海権・制空権を失った状態でも戦い続け、東京、大阪はじめ主要都市を軒並み空襲で破壊されて、広島、長崎に原爆を落とされて、焦土と化して、戦争指導部も「このままでは革命が起きて自分たちが殺されるかもしれない」という恐怖に取り憑かれて、そこでようやくポツダム宣言を受諾した。 これも全く歴史的事実とは異なる。 日本が降伏したのは、「戦争指導部」が『このままでは革命が起きて自分たちが殺されるかもしれない』という恐怖に取り憑かれて」いたためではない。 日本が滅びるかもしれないと感じたから、何とか天皇(国体)を守ろうと必死に模索し、降伏に到ったのだ。 (国体と天皇の関係については複雑なのでここでは省略する) そもそも、この内田の戦争指導部が革命で殺されることを恐れて降伏したという主張が、単なる妄想に過ぎないのは、次の事実を確認すればよいだろう。 まず、 戦時下の日本で革命を起そうとする勢力は日本共産党など極少数であり、とても革命が勃発しそうな状況になかった。 むしろ、降伏した後に共産主義革命の危機が迫った。 また、戦争指導部が自身らが殺されることを恐れていたというが、彼等の多くが降伏することによって、東京裁判で死刑とされたのだ。 自分の命だけを守ろうとして、戦争を終えたというのは余りにナンセンスだ。 また、ここで見落とされているのがソ連参戦だ。 原爆が投下されただけでなく、日ソ中立条約を破棄してソ連が日本に参戦してきた。 原爆投下とソ連の参戦とどちらが、降伏の決定的なポイントになったのかについては、議論が分かれるが、この中立国であったソ連の参戦も日本にとっては衝撃だった。 次もペテンのような文章だ。 大日本帝国が瓦解して、そのあと新しい政体ができました。 帝国臣民は一夜明けて民主日本国民になってしまった。 宮澤俊義の八月革命説を採りたいのだろうが、法的なロジックはさておくとしても、現実において、敗戦を機に「別の国」の国民になってしまったなどと考えているひとはいなかった。 仮に内田の議論を鵜呑みにして、帝国臣民が一夜にして日本国民が全く違う国民になってしまったのならば、中韓に謝罪すべきは帝国臣民であって、日本国民ではないだろう。

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