栗田慎一 日本農業新聞。 熊本地震:水枯れ「もう住めぬ」 断層の真上・西原村

自粛で労力不安も… 水不足回避し田植え大丈夫 少雪の懸念一転、4月は多雨

栗田慎一 日本農業新聞

サイト内の検索 ページの変更 放射線汚染情報 バックナンバー 原子力規制委員会は3日までに、東京電力福島第1原子力発電所事故が発生してから4年半後の昨年9月時点の原発半径80キロ圏の放射線量分布マップを公表した。 比較可能な2011年11月時点のデータと比べ、放射線量は65%減少した。 原発から北西方向に広がっていた毎時19マイクロシーベルト(年間追加被ばく線量で100ミリシーベルト相当)超の地域は大幅に減少。 福島県北部から南西方向に延びていた0. 5~1. 9マイクロシーベルトの地域も大きく下がった。 宮城県南部と福島県南部、茨城県北部では0. 1マイクロシーベルト以下の地域が増えた。 測定は昨年9月に日本原子力研究開発機構が実施。 放射線検出器を載せたヘリコプターを使い、地上から出る放射線量を分析して地上1メートルでの線量を算出した。 積雪があると放射線が遮られて正確な分布を把握できないため、規制委は毎年秋に測定を実施し、線量分布の変化を監視している。 〔共同〕 ーーー日経新聞(28. 4) 東京電力福島第1原発事故で放出され、環境中の水に含まれて存在している放射性物質のトリチウム(三重水素)の濃度について、本県沿岸の海水や南相馬市の河川の水を調べた結果、いずれも原発事故前と同程度となっていることが分かった。 海流などで薄まったとみられる。 環境放射能が専門の島長義福島大うつくしまふくしま未来支援センター特任研究員(38)が28日、調査結果を明らかにした。 福島第1原発で保管中のトリチウムの処分をめぐり、経済産業省の作業部会は「海洋への放出」や「深い地層に注入」などの方法を模索している。 島氏は、トリチウムの人体への影響について、放射性セシウムの約千分の1にとどまると指摘した上で「どの方法でも環境中の濃度変動を確認するには処分前の濃度を調べる必要がある」と調査の意義を語った。 福島大が28日に福島市で開いたシンポジウムで発表した。 海水は原釜尾浜(相馬市)北泉(南相馬市)富岡(富岡町)四倉(いわき市)の4海水浴場で採取した。 第1原発の汚染水漏れが問題となった2013(平成25)年4~6月に採取した海水1リットル当たりのトリチウム濃度は、検出限界値未満から0.25ベクレル以下だった。 東電が事故前の10年、第1原発付近で測定した際は同0・50ベクレル以下で、それよりも低い結果となった。 一方、河川は南相馬市の真野川、新田川、太田川、小高川で調査。 事故直後の11年は同2~3ベクレルと比較的高い値を示したのに対し、13年は同0.50ベクレル前後で事故前と同程度だった。 ーーー福島民友(27. 29) 栃木県日光市は17日、記録的な豪雨の影響で、東京電力福島第一原発事故に伴う除染で出た汚染土や草を詰めた「フレコンバッグ」と呼ばれる土囊(どのう)袋(容量1立方メートル)が川に流出したと発表した。 少なくとも334袋が流出したとみられ、うち20袋は下流で回収したが、中身は空だった。 保管場所周辺の空間放射線量は除染の基準値以下で、斎藤文夫市長は「線量は低く、大きな影響はないと思う」と話している。 市によると、鬼怒川支流の川岸にある「小百川桜公園」で558袋を保管。 遮水シートと盛り土で覆っていたが、増水で護岸が削られ、流出したとみられる。 近くで保管していた132袋の一部も、土砂崩れで斜面に転がった。 保管場所周辺の現在の空間放射線量は地上1メートルで毎時0・14マイクロシーベルトで、除染基準の毎時0・23マイクロシーベルトを下回っている。 ーーー朝日新聞(27. 18) 東京電力福島第1原発事故の除染による廃棄物を詰めた大型袋(容量1立方メートル)が、大雨で氾濫した福島県飯舘村の河川に流出した問題で、環境省は12日、同村内で238袋、下流の南相馬市原町区で2袋の計240袋を発見したと発表した。 南相馬市の2袋は中に何も入っておらず、流失したとみられる。 飯舘村では111袋を回収したが、残る127袋は重機や人が近づけない河川の中州や対岸にあり、水位の低下を待って回収する。 豪雨で流出した土のう袋=環境省提供 中身が入っていなかった2袋について、同省は「いずれも最近刈り取られた草などで放射性物質濃度は比較的低く、周辺環境への影響はほとんどない」と説明している。 【大塚卓也】 ーーー毎日新聞(27. 12) 東京電力福島第一原発事故で福島県楢葉(ならは)町に出ていた避難指示が5日、解除された。 全自治体規模で解除されるのは初めて。 戻ってきたのは、住民7400人のうち1割にも満たない。 事故から4年半がたち、町は廃炉の前線基地へと変わった。 いまだ避難指示が出ている福島県内9市町村の7万人余りは帰還できるか。 政府が試金石とする町の復興は始まったばかりだ。 福島第一原発事故で避難指示が出た市町村 5日、町内で開かれた復興祈念式典には政府関係者がずらりと並んだ。 町の未来図を示したパネルが披露された。 仮設校舎で学ぶ子どもたちは植樹したエノキを「きぼうの木」と命名。 町は祝賀ムードに包まれた。 昨年7~11月の調査では住宅地の空間線量の平均が毎時0・3マイクロシーベルトにまで下がり、政府は「帰還して居住することは可能」と説明する。 だが、町の水がめの木戸ダムの湖底の土から放射性物質が検出され、飲料水の安全を心配する住民は少なくない。 町の姿は事故前とは大きく変わった。 空き家状態だった多くの民家が荒れた。 事故で原則立ち入りが禁じられる警戒区域に指定されたが、2012年8月から日中の立ち入り、今年4月からは宿泊もできるようになった。 だが、住宅の解体や修理を担う業者が足りず、再建が進んでない。 このため、町に戻った住民は一部にとどまる。 自宅に戻る準備をするための宿泊制度に登録していたのは351世帯780人程度。 実際に戻った人はさらに少なく全体の1割に届かない。 「医者もいないし、店もない」。 町に戻った志賀良久さん(77)は生活の不便さを訴える。 町内にあった内科医院は10月に再開され、県立診療所も来年2月に開院する。 だが、住民が通院していた近隣自治体の医療機関は避難指示が出ており、閉鎖されたままだ。 町内で食料品を買えるのは仮設商店街にあるスーパーとコンビニ店のみ。 町商工会によると、事故前に59店舗あった会員の小売店や飲食店のうち、先月20日までに町内で営業を再開したのは14店舗にとどまる。 ーーー朝日新聞(27. 6) 政府の原子力災害対策本部(本部長・安倍晋三首相)は5日午前0時、東京電力福島第1原発事故で全域避難となった福島県楢葉町の避難指示を解除した。 解除は田村市都路地区と川内村東部に続き3例目で、全域避難した県内7町村では初めて。 国は今後、楢葉町を拠点に沿岸部に広がる避難指示区域の除染やインフラ整備を進める。 一方、放射線への不安や病院などの生活基盤の不備などから、すぐに帰還する住民は約7300人のうち1割に満たないとみられ、町再生への道のりは険しい。 3段階ある避難指示区域の中で最も放射線量が低い「避難指示解除準備区域」(年間積算放射線量20ミリシーベルト以下)の楢葉町を「復興の拠点」と位置づけ12年9月から除染に着手。 道路などの整備も14年度中にほぼ完了した。 国によると、楢葉町では宅地の空間線量が1時間当たり平均0.3マイクロシーベルト(昨年7〜11月)に低下。 国は「年間被ばく量が帰還の目安の20ミリシーベルトを下回ることが確実になった」として、町や住民らとの協議を経て、解除を決定した。 医療や買い物への不安を緩和するため、病院への無料送迎バスの運行や町内のスーパーによる宅配サービスも始まる。 町内には福島第1原発の収束作業や除染を請け負う大手ゼネコンの作業員の宿舎が急増。 しかし、住民の転出が相次ぎ、町の人口は事故前の8100人前後から約1割減少した。 町の税収も減り、震災前に6割を超えていた自主財源率も3割程度と低迷が続く。 一方、復興関連事業費は膨らみ、今年度の当初予算は10年度の5倍となる過去最高の200億円を突破。 復興の財源確保は解除後の大きな課題だ。 復興庁が昨年10月実施した帰還意向調査(回収率55.6%)では、「すぐに戻る」「条件が整えば戻る」と答えた町民は46%で、うち帰還時期を避難指示解除から「1年以内」と答えた人は37%だった。 しかし、今年4月に始まった「準備宿泊」に登録した町民は約780人にとどまった。 17年4月に同県いわき市の仮設校から町に戻る町立小中学校に「通学する」とした児童生徒数も、町のアンケート調査で就学対象者の7%しかない。 【栗田慎一、小林洋子】 ーーー毎日新聞(27. 5) 福島県楢葉町で5日午前0時、東京電力福島第一原発事故の避難指示が解除された。 同県田村市と川内村の一部に続く3例目だが、自治体ぐるみで避難している県内7町村では初めて。 キャンドルイベントで、夕闇に浮かび上がる「こころつなぐ ならは」のメッセージ(4日午後、福島県楢葉町で)=飯島啓太撮影 4日夕から5日未明まで、町内の陸上競技場で、約3000個のろうそくを使って復興を願う「キャンドルナイト」が行われ、「こころ つなぐ ならは」の文字が浮かび上がった。 町内の仮設商店街で食堂を経営する女性(50)は「最近は子連れのお客さんも見かけるようになり、少しずつ前に進んでいる」と話していた。 解除に向けて4月に始まった長期宿泊の登録者は3日現在、351世帯781人で町人口の1割強。 町民の帰還意欲を高めるには、医療機関や商店の再開を促す支援策が課題となっている。 ーーー読売新聞(27. 5) 東京電力福島第1原発事故に伴う福島県の帰還困難区域内で、2012年以降にモミの木の生育異常が増加しているとの調査結果を、放射線医学総合研究所の渡辺嘉人主任研究員らが28日、英科学誌サイエンティフィックリポーツに発表した。 放射線量が高い場所ほど異常な木の割合が高く、放射線の影響の可能性がある。 チームは「放射線との因果関係やメカニズムを解明するにはさらに研究が必要だ」としている。 その結果、放射線量が最も高い大熊町の調査地(毎時33.9マイクロシーベルト)では97.6%で、幹の先端の「主幹」と呼ばれる芽がなかった。 主幹がないと生育が止まる。 放射線量が同19・6マイクロシーベルトと同6.85マイクロシーベルトの浪江町の2カ所の調査地では、それぞれ43.5%と27%に異常が見られた。 一方、北茨城市(同0.13マイクロシーベルト)では5.8%にとどまった。 生育異常を起こしたモミ。 先端の「主幹」と呼ばれる芽がない=放射線医学総合研究所提供 東京電力福島第1原発事故で飛散して河川にたまった放射性セシウムの濃度は季節によって変動し、春に高くなることが、東京農工大のチームによる福島県・阿武隈川の調査で判明した。 春にかけて放射性物質を含む落ち葉などが河川に流れ込むことが原因とみられ、秋に比べて最大5倍になった年もあった。 20日から京都市で開かれる日本環境学会で発表する。 尾崎宏和・東京農工大特任助教(環境汚染解析学)らは2012〜14年の3年間、原発から40〜50キロの阿武隈川中流域(同県二本松市)の35地点で春と秋の2回、川岸などにたまった堆積(たいせき)物を採取して分析した。 最高濃度は2万2800ベクレル(13年春)だったが、地点によるばらつきが大きかった。 チームによると、森林の落ち葉や生物の死骸には放射性物質が濃縮され、それらが川へ流れ込み、堆積物の放射性セシウム濃度が上がっているという。 また、春から秋は梅雨や台風によって降水量が増えていた。 このため、この時期は川の流量が増え、堆積物が下流へ流されることによって濃度が下がり、結果として春に測定する濃度が高くなっていると考えられる。 尾崎特任助教は「放射性物質は、食物連鎖を通じて魚などの生き物に濃縮する可能性があり、河川の状況を把握することは重要。 こうした追跡調査は例が少なく、今後も継続したい」と話している。 【千葉紀和】 ーーー毎日新聞(27. 20) 東京電力福島第1原発事故で、2012年4月から1年間に、原発から10〜40キロの福島県南相馬市内の小中学生が、体の内部・外部の両方で被ばくした総放射線量は年平均0.7ミリシーベルトで、約8割の小中学生が国の基準値(年1ミリシーベルト)以下だったと、東京大などのチームが米科学誌プロスワンに発表した。 事故後の比較的早い時期を対象に1人ずつ内部・外部合わせた被ばく量を評価したのは初めて。 チーム代表の坪倉正治・東大医科学研究所特任研究員は、最も高い3.49ミリシーベルトだった人も含め、「小中学生が受けた被ばく線量は低く抑えられており、健康影響は心配しなくていい」と指摘する。 南相馬市では11年秋以降、市民を対象に内部被ばくと外部被ばくの両方を定期的に検査している。 チームは12年4月から1年間に検査を受けた881人の小中学生(6〜15歳)のデータを解析した。 外部被ばくが線量全体の9割を占め、内部被ばくは99.7%の小中学生が測定器の検出限界を下回っていた。 旧ソ連のチェルノブイリ原発事故では、住民の内部被ばくが全体の約4割を占めたとの研究報告がある。 南相馬市で内部被ばくが低かった理由について、チームは「出荷できる汚染の基準が国際レベルより厳しく、汚染食品が市場に出回らないようにされたことが大きい」と分析している。 【河内敏康】 ーーー毎日新聞(27. 14) 東京電力福島第一原発事故で汚染された福島の山は今、どうなっているのか。 本紙が飯舘村の山で採取した山菜の放射性セシウム濃度を測ると、種類によってばらつきはあるものの、ほとんどが食品基準の濃度を超え、安心して食べるには程遠い現実があった。 国は、宅地や農地を除染して住民の帰還を促そうとしているが、調査に同行した地元の男性は「村民にとって山は大切な生活圏。 宅地や田畑を除染しただけでは暮らせない」と訴えている。 (大野孝志) 今年四月上旬から五月上旬にかけて、村にある民間農業研修所の管理人、伊藤延由さん(71)とともに、飯舘村南東部の小宮、蕨平(わらびだいら)両地区の山に入り、複数種類の山菜と土壌を採取した。 両地区は昼間だけ立ち入りできる居住制限区域。 山菜は普段食べる葉や茎を水洗いし、水分を拭き取った後に刻んで測定用の容器に詰め、独協医大のゲルマニウム半導体検出器で四~八時間計測した。 土壌も同じ検出器で四時間ほど測った。 結果は図の通り。 てんぷらなどで食べるコシアブラの葉は、一キログラム当たり一万四〇〇〇~二七万ベクレルだった。 食品基準(同一〇〇ベクレル未満)の一四〇~二七〇〇倍に当たる。 コシアブラは、セシウムの大半があるとされる地中の浅い部分に根を張るため汚染されやすいといわれていたが、その通りだった。 根が張っている深さ五センチほどの腐葉土を調べると一万ベクレル以上だった。 ほぼ同じ深さで根を張り、てんぷらやおひたしで食べることが多いコゴミやワラビ、フキノトウも汚染の度合いに差はあったが、食品基準を超えるセシウムが検出された。 一方、深さ一〇~一五センチで根を張る山ウドは、表土が一万二〇〇〇ベクレル以上あるにもかかわらず、四三~一一九ベクレルと意外なほど低かった。 与党は五月、避難者の帰還を促すため、居住制限区域と避難指示解除準備区域の避難指示を二〇一七年三月までに解除するよう政府に提言。 宅地や農地の除染は進むが、山の除染は山崩れを招く恐れもあり、国は「今後、調査結果を踏まえて方法を検討する」としている。 福島市の仮設住宅と村を行き来し、独自に山菜やキノコの汚染を調べ続けてきた伊藤さんは「村の人たちは日常的に山菜を食べてきた。 村民が戻っても、元の暮らしは取り戻せない。 国や東電は、人がここで生きていけるかどうかを念頭に置いて、物事を考えてほしい」と話した。 すべての山菜が食べられないわけではないが、国が指定する出荷制限区域では採らないことが肝心だ。 最も安全なのは、食べる前に放射性物質の濃度を測ることだ。 ーーー東京新聞(27. 7) 調査した岩見恭子研究員は、一二年以降に採取した巣で濃度の変化を調べる。 「原発事故と鳥の関係を調べた研究は少ない。 繁殖への影響も記録していきたい」と話した。 (三輪喜人) ーーー東京新聞(27. 27) 環境省は20日、東京電力福島第1原発事故で避難区域に指定された福島県内11市町村のうち、唯一除染を行っていなかった双葉町で除染作業を始めた。 同町は、町面積の96%が帰還困難区域(年間積算放射線量50ミリシーベルト超)で、今回の除染は残り4%に当たる避難指示解除準備区域(同20ミリシーベルト以下)が対象。 これで避難区域の全自治体で国の除染が実施されることになり、地域再生に向けた取り組みを前進させる足掛かりとなりそうだ。 除染廃棄物を仮置きする田んぼの雑草を刈り取り、フレコンバッグに詰める作業員=福島県双葉町で2015年5月20日、栗田慎一撮影 避難先の埼玉県加須市から2年前に福島県いわき市に役場機能を移した双葉町は、福島県内にとどまった他の避難自治体より町の復興計画作りが遅れた影響で、環境省の除染計画もずれ込んだ。 除染が始まった避難指示解除準備区域は、震災の津波で大きな被害を受けた町北東部の地域。 津波で流された宅地を含め、農地や道路など計約200ヘクタールを来年3月までに除染する。 帰還困難区域の除染についてはまだ計画も策定されていない。 除染対象地域の行政区長、斉藤六郎さん(77)は「町全体が住める環境にならないと帰還できない」と帰還困難区域の除染も求める一方、「小さいが大きな一歩には違いない」と除染開始を歓迎した。 【栗田慎一】 ---毎日新聞(27. 20) 東京電力福島第一原発事故に伴う除染で出た汚染土の中間貯蔵施設への搬入が13日午後、始まった。 原発事故から4年。 福島県内の7万5000か所以上で仮置きされる汚染土が撤去され始めたことで、今なお県内外への避難者が約12万人に上る同県の復興が加速することが期待される。 施設は、原発が立地する同県大熊、双葉両町の計約1600ヘクタールに建設予定で、最大2200万立方メートルの汚染土などを保管する。 国は30年以内の県外処分を法律で定めており、2045年3月12日が貯蔵期限となるが、具体的な道筋は定まっていない。 この日は、大熊町内の仮置き場から汚染土入りの袋12個(計約12立方メートル)がダンプカー2台で運び出され、同町にある施設内の「保管場」に運び込まれた。 ---読売新聞(27. 13) 福島県内の生活圏に設置されたモニタリングポスト(MP)で国と県が測定している空間放射線量を朝日新聞が調べたところ、約3600地点の88%で、自治体が除染の目安とする線量を下回っていた。 原発事故の直後から測っている78地点は当時、ほとんどが目安以上だったが、今は大半が下回る。 一方で、事故から4年経っても高線量の場所も多く、住民の帰還を阻んでいる。 原子力規制委員会と福島県のMPは県内の計3661地点にある。 規制委や県によると、学校や公園、役場などのほか、東京電力福島第一原発から一定距離ごとにあり、毎日24時間、線量を自動測定している。 山奥など生活圏外にはない。 朝日新聞は東日本大震災から4年になる11日の正午時点のデータを分析し、多くの自治体が除染実施の目安としている毎時0・23マイクロシーベルトと比べた。 その結果、正確な測定ができた3574地点のうち88%で目安を下回った。 第一原発から西へ73キロ以上離れた会津地方、さらに遠い南会津地方はすべて目安未満だった。 原発の南西21キロ以上のいわき地方は99%、その西側の県南地方は98%、県中地方は96%。 事故直後に放射性物質が多く飛んだ福島市など県北地方は89%だった。 ーーー朝日新聞(27. 12) 高レベル放射性廃棄物に見立てた熱源を入れる特殊容器の耐久試験が始まった地下の坑道=15日午後、北海道幌延町の幌延深地層研究センター 日本原子力研究開発機構(原子力機構)は15日、高レベル放射性廃棄物を地下に埋める「地層処分」の研究拠点、幌延深地層研究センター(北海道幌延町)にある地下350メートルの坑道で、高レベル放射性廃棄物(ガラス固化体)に見立てた熱源を入れる特殊容器の耐久試験を始めた。 容器は炭素鋼製。 直径82センチ、高さ173センチの円柱形で、坑道内に掘った穴に埋めている。 周りを緩衝材の粘土で覆い、取り囲むように設置された約200個のセンサーで熱が容器や粘土、地下水に与える影響を調べる。 期間は約5年を見込む。 熱源にはヒーターを使い、一定程度の冷却が進んだガラス固化体を想定、表面温度が95度前後となるよう設定されているという。 木村准教授は「高性能な測定機器を使っても、短時間の測定では、国民や漁業関係者から信頼される結果を得られない。 海の汚染は続いており、東電は事故の当事者として、汚染の実態を厳密に調べ、その事実を公表する義務がある」と指摘している。 ーーー東京新聞(26. 1) 東京電力福島第1原発事故で出た福島県内の汚染土などを最長30年間保管するについて、県は29日、受け入れる方針を決めた。 建設候補地を抱える同県大熊、双葉両町に30日、県の方針を報告し、9月1日に政府に伝える。 政府は来年1月の稼働を目指し、地権者との個別交渉に入る。 2011年8月、菅直人首相(当時)が福島県内にを設置する方針を示してから3年。 ようやく具体化に向けて動き出すが、県外で30年後までに最終処分する解決策は、次世代へと委ねられる。 受け入れ方針は、県の関係部局長会議で決定し、佐藤雄平知事は報道陣に「施設の安全性や、国が示した地域振興策などについて県として精査、確認した」と述べた。 佐藤知事は9月1日、石原伸晃環境相と根本匠復興相に対し、30年後までに汚染土を施設から県外に運び出して最終処分することの法制化などを確実に進めるよう念押しした上で、受け入れ方針を示す。 佐藤知事と安倍晋三首相との面談も調整している。 【岡田英】 ーーー毎日新聞(26. 29) 東京電力福島第1原発事故による避難が原因で自殺した女性の遺族が東電に賠償を求めた訴訟で、福島地裁が約4900万円の支払いを命じた。 東日本大震災と原発事故から間もなく3年半。 震災の避難者は今も24万人を超え、不自由な仮設住宅暮らしなど苦悩が続いている。 原告側代理人の広田次男弁護士は、福島市内で開いた記者会見で、判決を高く評価した。 支援者や報道陣など60人以上が集まる中、原告の渡辺幹夫さん(64)は、妻はま子さん=当時(58)=の遺影を手に「ずっと悩み苦しんできた」と涙ぐんだ。 福島地裁の法廷では、潮見直之裁判長が賠償を命じる主文を読み上げた後、「事案に鑑みて、理由を話します」と前置きし、判決理由を説明した。 民事訴訟の判決言い渡しは通常、主文のみ。 「安住の地を失ったストレスは耐え難いものだった」。 原発事故による自殺について初の判決となったことへの配慮がうかがわれた。 内閣府によると、福島県の震災関連の自殺者は、2011年6月以降、これまでに56人。 11年に10人、12年に13人、13年に23人と増え、14年も7月までで10人に上る。 東電は原発事故の被災者に対し、精神的損害や企業の営業損害などについて賠償を続けている。 これまで支払った額は、7月現在で約4兆1千億円に上る。 このうち仮設住宅で暮らしているのは、岩手県で約2万4千人、宮城県約4万人、福島県では約2万6千人。 ほかに全国で約11万人が、民間アパートなど「みなし仮設」に入っており、生活再建は進んでいない。 「これから自分はどこへ進むのか、道が分からない」。 福島県いわき市の仮設住宅で、福島県富岡町から避難している無職の女性(65)は嘆いた。 同居していた姉は昨年、持病が悪化し他界した。 「仮の住まいではない、ちゃんとした家に住みたい」。 事故前に好きだったお酒はほとんど口にできなくなった。 壁は薄く、隣の部屋の話し声が聞こえる状況の中で、人間関係が悪くなる例も多い。 遠藤さんは「避難者が震災前の人間関係を取り戻し、次の生活に希望が持てるようにする取り組みが必要だ」と話している。 ーーー共同通信(26. 27) 東京電力福島第1原発事故で出た福島県内の汚染土などを保管するを巡り、佐藤雄平知事は25日、建設候補地のある大熊町の渡辺利綱町長と双葉町の伊沢史朗町長と会談し、地権者の生活再建支援と地域振興の資金として、県独自に約150億円を拠出する方針を示した。 両町長は「評価する」と語り、国に用地買収に向けた地権者との交渉を認める方針だ。 佐藤知事は「今までにない迷惑施設。 町で懸念される課題に、県として最大限の対応をする」と150億円の拠出理由を説明。 政府は用地買収にあたり、事故後に目減りした市場価格を基に買い取り価格を算定する方針だが、「事故前の価格」を基にするよう求める地元との間で溝が生じているため、県は差額を埋める生活再建支援策などにあてられるよう検討している。 詳細は両町と協議して決める。 県の提案について、渡辺町長は「スタート台に立った」と評価。 その上で「地権者の理解を得るのが最優先課題だ」と地権者との交渉に進むことに前向きな考えを示した。 伊沢町長は財政支援策について「県の対応は評価できる。 持ち帰って検討したい」と述べた。 ただし、施設建設の受け入れ判断については両町長とも「答えは出せない」としている。 両町議会は26日に全員協議会を開く。 政府側からは石原伸晃環境相らが出席し、今月8日に示した総額3010億円の交付金などについて理解を求め、県は150億円の財政支援策を説明する。 27日には行政区長会議で同様の説明が行われる予定。 これらの議論を経て、佐藤知事は早ければ29日にも、施設の建設計画容認を表明する見通し。 【岡田英、栗田慎一】 ーーー毎日新聞(26. 26) 東京電力福島第一原発事故にからみ、環境省は22日、これまで未定だった河川や湖沼の除染について、基本的に行わないことを決めた。 公園になっている河川敷などのみで、必要に応じて対応する。 今後、ガイドラインに追加する。 東京都内で開いた環境回復検討会で説明し、了承された。 環境省によると、河川は人の活動が多い河川敷の公園やグラウンドのみ除染し、湖沼やダム、ため池では水が干上がった時のみ除染を検討する。 水には放射線を遮る効果があるので、周辺への影響は極めて小さいためと説明した。 地元には、飲み水に利用しているダムなどの除染を求める声などもあるが、水道設備で放射性物質の影響を取り除くことができるとした。 環境省の井上信治副大臣は「実際の生活にどういう影響があるかという住民の心配の観点に立ってまとめた。 丁寧に説明をしていきたい」と話した。 (奥村輝) ーーー朝日新聞(26. 23) 福島第1原発事故で発生した指定廃棄物の最終処分場建設をめぐり、宮城県は3市町の詳細調査受け入れを表明した。 各候補地が建設や調査に反発する中で苦渋の決断となったが、国が同様に建設を計画する他の4県もそれぞれ対応に苦慮している。 指定廃棄物の一時保管の長期化に不安が募る一方、風評被害への懸念も根強いという点で、各県の悩みは共通だ。 (報道部・水野良将) 5県の指定廃棄物の保管料 <栃木 独自検証> 環境省によると、放射性セシウム濃度が1キログラム当たり8000ベクレル超の指定廃棄物の総量は6月末現在、12都県の計14万6009トンに上る。 国は、全体の83%を占める福島県に次いで保管量が多い宮城、茨城、栃木、群馬、千葉の5県に、処分場建設を計画する。 保管量が5県で最多の栃木県。 環境省は7月30日、塩谷町を詳細調査候補地に選んだ。 町内には国が全国名水百選に認定した湧水群がある。 町は「自然を守るために建設反対」との方針だ。 県は独自の有識者会議を設置し、放射線や地盤などの専門家らが選定の経緯や基準に欠点がないかどうか検証する。 福田富一知事は「有識者会議を活用し、疑問や不安に丁寧に対応しながら一日も早い処分場整備につなげたい」と語る。 <千葉 民有地も> 千葉、茨城、群馬の3県では、候補地の提示にすら至っていない。 千葉県内からは国有地や県有地に限定せず、民有地も対象に1カ所が選ばれる見通し。 環境省は、選定対象をめぐり同県の市町村長会議で「県内の最適地を確保してほしい」と提案があったことなどを考慮した。 宮城、栃木両県では、候補地選定に際し民有地が含まれなかったのと対照的だ。 茨城県の市町村長会議では建設地を1カ所に絞るか、複数箇所で長期保管するかが論点となっている。 橋本昌知事は「どちらが良いかは市町村長の意見を十分に踏まえて対応したい」と語る。 環境省によると、同県の指定廃棄物の放射性物質濃度は他4県に比べ低い。 群馬県では、汚泥などを7市村の公的機関で保管する。 「他県に先駆けた宮城県の調査受け入れ決定を前向きに捉え、参考にしたい。 できる限り早く、より安心を確保できる場所に保管することが必要だ」と県の担当者は言う。 <行動力を示せ> 環境省が2012年3月に公表した指定廃棄物処理方針は「14年度末をめどに必要な処分場の確保を目指す」と掲げる。 石原伸晃環境相は再三にわたり「国が責任を持って処理する」と強調する。 村井嘉浩知事は「調査は3市町で同時実施されなければならない。 何が何でも受け入れてもらうという情熱が伝わるような行動力がないと打開できない」と国に求める。 国は14年1月、候補地として栗原市、大和町、加美町の国有地を提示。 栗原市、大和町が建設に反対、加美町は詳細調査受け入れにも反対する中、今月4日、村井嘉浩知事が受け入れを表明した。 ーーー河北新聞(26. 18) 東京電力が昨年8月に福島第一原発で実施したがれき撤去作業で放射性の粉じんが20キロ以上離れた避難区域外の水田に飛散した可能性が指摘されている問題で、この時の放射性の粉じんがさらに50キロ付近まで飛んでいた可能性が高いことが京大研究グループの調査で分かった。 今後も実施していくがれき撤去作業による汚染が広範囲に及ぶ恐れを示すものだ。 コメから基準超のセシウムが検出された水田とその周辺の地図 調査したのは、京大大学院医学研究科の小泉昭夫教授(環境衛生)ら5人。 住民の被曝(ひばく)量を予測するために2012年9月以降、福島県内の住宅地の3地点に空気捕集装置を置いて大気中の粉じんを集め、1週間ごとに放射性セシウム濃度を測定してきた。 このうち原発から北西48キロの相馬市で集めた昨年8月15~22日分から、他の時期の6倍を超す1立方メートルあたり1・28ミリベクレルの放射能を検出。 北北西27キロの南相馬市では20~30倍だった。 西南西22キロの川内村では変化がほぼなかった。 ーーー朝日新聞(26. 16) 福島県南相馬市で昨年秋に収穫されたコメから国の基準値(1キロ当たり100ベクレル)を超える放射性セシウムが検出された問題で、農林水産省が福島第1原発のがれき撤去作業で生じた粉じんが原因の可能性があると指摘し、東京電力に防止策を求めていたことが14日、明らかになった。 基準値超える米が収穫された水田のある地域 基準値超えのコメが収穫されたのは、原発から21キロほど離れた同市原町区太田地区の14カ所と20キロ圏内の同市小高区の5カ所。 農水省が調査した結果、放射能濃度は、昨年8月中旬以降に出穂した穂などで局所的に高かった。 基準値超えの原因は現在も特定できていないが、農水省は同原発で昨年8月19日、3号機のがれき撤去作業の粉じんで作業員2人が被ばくした事実に着目。 粉じんが風に乗って飛散し、コメに付着した可能性があるとみて、ことし1月に原子力規制庁に相談。 同3月、東電に原発の作業で放射性物質を外部に出さないよう要請した。 東電は今月中にも1号機のカバー解体に着手する予定。 東電は農水省からの要請を認めた上で、「敷地外の影響は調べておらず、(コメ汚染との)因果関係を発表する立場にない。 現場作業では散水や吸引などの対策を強化する」と説明する。 農水省は2月の南相馬市での説明で、放射性物質の外部付着の可能性を指摘したものの、原発作業との関連については言及しなかった。 その後の東電への要請についても市に連絡はなかった。 農水省穀物課は「原発からの飛散も可能性の一つという段階で、報告はしていなかった。 さらに調査して原因を解明し、対策を講じていく」と説明。 桜井勝延市長は「もっと早く説明があるべきだった。 原発作業による飛散があるとすれば、農業だけにとどまらない問題。 対策を徹底してもらいたい」と話した。 ---河北新報(26. 15) 東京電力福島第一原発で昨夏に実施した大規模ながれき撤去作業で放射性物質が飛散して、20キロ以上離れた福島県の水田を汚染した可能性を農林水産省が指摘し、東電に防止策を要請していたことが分かった。 福島県は「他の要因は考えられず、がれき撤去の可能性が限りなく高い」としている。 東電は要請を受けて撤去作業を凍結してきたが、広範囲に飛散した可能性を公表しないまま近く再開しようとしている。 南相馬市で昨秋収穫された稲穂。 黒い部分が放射性物質=農水省提供 原発から20キロ以上離れた南相馬市の避難区域外の水田14カ所と、20キロ圏の避難区域内の5カ所で昨秋に収穫されたコメから基準値(1キロあたり100ベクレル)超のセシウムが検出された。 農水省が調べたところ、放射性物質は8月中旬に出始めた穂などに局所的に付着。 事故当時に飛散した放射性物質を土壌から吸い上げたのなら均一的に検出されるため、穂が収穫された9月末までの間に新たに飛んできたものと分析した。 この間の8月19日、東電が第一原発3号機の大型がれきをクレーン車で撤去する際、がれきの下敷きになっていた放射性の粉じんが飛散し、別の場所にいた作業員2人が被曝(ひばく)して頭部から最大1平方センチあたり13ベクレルが検出された。 この時、風下の北北西方面の5カ所の測定点(原発から2・8~8・3キロ)でも空間線量が上昇し、福島県はがれき撤去による飛散が原因と推定していた。 今年3月に東電に再発防止を要請した。 東電は「どこまで飛散したか把握していないが、防止対策に取り組みながら近く作業を再開する」としている。 東電は3号機のがれき撤去を終えたが、高線量のがれきが残る1号機は手つかずで、建屋を覆ったカバーを近く解体する方針だ。 「最も早く作業が進む方法だが、放出量は増える」とし、飛散防止剤の散布を増やして対応するという。 それでも天候や風向き次第でどこまで飛散するかは不透明だ。 村山武彦東工大教授(リスク管理論)は「飛散の可能性を情報提供するのが大前提だ」と指摘する。 (青木美希) ーーー朝日新聞(26. 14) がれき撤去で20キロ飛散の恐れ、説明せず 国や東電 26. 14 福島第一原発事故から2年以上たった昨年8月のがれき撤去作業で、住民が暮らす20キロ以上離れた地域まで放射性物質が飛散した可能性を知りながら、国や東京電力は公表してこなかった。 今後も新たに飛散する恐れがあるのに、東電は詳細な作業日程の公開など十分な対策をとらないまま作業を進める構えだ。 福島第一原発3号機。 2011年3月14日の爆発で高線量のがれきが飛び散った=12年5月26日、福島県大熊町 福島県南相馬市で昨秋に収穫されたコメから基準超のセシウムが検出されたことを受け、農林水産省は今年2月、地元の農業関係者の会合で「現時点で原因は不明」と説明していた。 3月に東電に対してがれき撤去で飛散した可能性を指摘し、防止策を要請した後も地元には説明していない。 農水省穀物課は当初からがれき撤去で飛散した可能性があるとみて、1月に原子力規制庁に相談。 3月に気象庁気象研究所に問い合わせ、「20キロ程度は飛散し得る」と回答を得ていた。 がれき撤去による飛散の可能性を地元に説明していない理由について、同省の担当者は「原因がはっきりした後で説明するつもりだった」と取材に語った。 ーーー朝日新聞(26. 14) 環境省は10日、原発事故の帰還困難区域で行った除染効果を検証するモデル事業の結果を発表した。 宅地などの空間はそれぞれ80~50%程度下がったが、元々高濃度に汚染されているため平均で毎時2・5~8・8マイクロシーベルトのが残り、除染の限界を示す結果となった。 毎時2・5マイクロシーベルトは、年間追加被曝(ひばく)線量で約12ミリシーベルトに換算されるが、政府の帰還条件は年20ミリシーベルト、長期目標は年1ミリシーベルト。 モデル事業は、双葉町と浪江町の帰還困難区内6地区で昨年10月~今年1月に実施。 宅地や農地、道路、幼稚園、公園で、表土のはぎ取りや高圧洗浄など一般的な方法で除染した。 森林は、内部は生活に影響しないとして端のみの除染で、低減率は14~39%だった。 ーーー朝日新聞(26. 11) 帰還困難区域:除染後 帰還目安の空間線量超え地点が多く(26. 10) 住宅地など生活圏の空間線量は平均6割下がる 環境省は10日、東京電力福島第1原発事故で汚染された福島県ので実施したモデル除染の結果を発表した。 除染の効果で、住宅地など生活圏の空間線量は平均約6割下がった一方、除染後も多くの地点で住民帰還の目安となる年間20ミリシーベルトを超える見込み。 政府は今後、この結果を参考に同区域の長期的な線量見通しを示し、自治体や住民の意向を踏まえた上で、本格除染に入るかどうかを判断する。 は放射線量が年間50ミリシーベルトを超え、事故後5年が過ぎても年20ミリシーベルトを下回らない恐れのある区域。 同原発周辺の7市町村にまたがる。 モデル除染は昨年10月〜今年1月、同県浪江、双葉両町の計6地区で、表土のはぎ取りや高圧水洗浄、除草など標準的な方法で実施した。 その結果、除染前に1時間あたり平均7.65〜19.12マイクロシーベルトだった生活圏(宅地、農地、道路)の空間線量は除染後、同3.35〜7.09マイクロシーベルトと約6割下がった。 木造住宅に住み1日8時間屋外で過ごすと仮定すると、多くの地区が除染後も年間20ミリシーベルトを上回ることになる。 一方、森林の線量低減率は約2割にとどまった。 環境省は「さらに線量を低減しようとすれば土地の従来の機能を損ねかねない。 区域の将来像を検討する中で追加除染の必要性を判断したい」と話している。 【阿部周一】 ーーー毎日新聞(26. 10) 東京電力福島第1原発があり、町の96%が高放射線量の帰還困難区域になっている福島県双葉町は9日、除染作業で生じた放射性廃棄物を保管する中間貯蔵施設の候補地などを報道陣に公開した。 双葉町は約7千人の町民全員が県内外に避難し、月内には大熊町とともに、施設建設と候補地の国有化に関する国の住民説明会が初めて開かれる。 (大塚昌吾) 福島第2、第1原発を右手に国道6号を北上し、富岡町の検問所と、大熊町を抜けると双葉町。 海に向かって右折し、「原子力豊かな社会とまちづくり」と書かれた看板をくぐると、双葉町役場が見えてくる。 役場の南側に広がる水田と高台の新興住宅街「ふたばパークヒルズ」、野球場もある総合運動公園、東側の水田、住宅など計約5平方キロが、国が決めた中間貯蔵施設の候補地だ。 4階建ての町役場屋上からは、春の日差しを浴びたおしゃれな住宅街や、枯れたセイタカアワダチソウに覆われた水田、墓地が見渡せた。 パークヒルズの住民は、約3分の2が原発で働いていたという。 国有化されれば、田園風景は姿を消し、わが家を目にすることもできなくなる。 「もうどうせ戻れない」という気持ちの一方で、とまどいもあり、伊沢史朗町長は「説明会と施設受け入れは別問題」と、町民の心の揺れに配慮する。 役場の玄関のガラス戸には、第1原発10キロ圏内を理由に「室内待機」を呼びかける震災当日の張り紙、2階の企画課には、翌日の避難まで徹夜で原発の状況を収集した模造紙が、残されていた。 植木は枯れ、ネズミの糞が痛々しい。 市街地は、崩れた家が修理されずに残る。 帰還に向け、車両や人の出入りが目立つ周辺町村に比べ、双葉町は今も、時間が止まったままだ。 除染で生じた放射性廃棄物を保管する国の中間貯蔵施設の候補地となっている福島県双葉町役場周辺 =9日午前(宮崎裕士撮影) 除染廃棄物を保管する国の中間貯蔵施設の候補地となっている福島県双葉町役場前 =9日午前、福島県双葉町(宮崎裕士撮影) 報道陣に公開された福島県双葉町駅前周辺 =9日午前、福島県双葉町(宮崎裕士撮影).

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福島第1原発事故 ダム底、高濃度セシウム 原発周辺、10カ所8000ベクレル超 毎日新聞 2016年9月25日 朝刊

栗田慎一 日本農業新聞

今年は記録的な少雪の影響で水不足が心配されていましたが、4月の雨量が東日本を中心に観測史上最多であったので、田植えは大丈夫なようです。 その記事を掲載します。 yahoo. 今年は記録的な少雪の影響で水不足への不安が高まったが、4月の雨量が東日本を中心に観測史上最多級だったことなどで、「平年よりも潤沢」な農業用水が確保された。 新型コロナウイルスの感染拡大に伴う人手不足の懸念はあるが、農家や水稲関係者は「水不足とのダブルパンチは避けられた」と、ひとまずは安堵(あんど)している。 (栗田慎一) 気象庁の発表によると、4月の雨量は北、東、西日本の多くの地点で平年を大きく上回った。 一方で、低気圧の影響を受けなかった鹿児島と沖縄の2地点では過去最少となった。 新潟県は1月、通常は夏に開く渇水対策本部を急きょ開いた。 田植え時期に十分な水が確保できなくなる恐れが高いとして、県内26のため池の水抜きを中止するよう各土地改良区に呼び掛けた。 県農産園芸課の担当者は「慣例の水抜きをやめたことで、満水状態が保たれた。 さらに、4月の雨で県内4大河川も平年より流量が増え、不安は消えた」と言う。 宮城県農村振興課も「河川からポンプで水をくみ上げる計画だったが、4月の雨で県内17の農業用ダムや大小5500のため池もほぼ満水となった」と胸をなで下ろす。 一方、山の雪不足は夏まで影響するとの見方が強い。 宮城県の担当者は「梅雨に十分な雨が降らなければ、7月後半から田んぼの水を抜いて地表を乾燥させた後、稲穂が出る頃に再び田に入れる『花水』が不足する恐れがある」と警戒。 福島県農地管理課の担当者も「農業用ダムの貯水率は110%だが、少雪で山に水のストックがない分、盆前の花水が心配だ」と話す。 (写真)晴天の下、田植え機に乗って苗を植える船川さん(埼玉県幸手市で) 例年同様に準備 米農家も一様に安堵している。 平年通り田植えが始まった埼玉県幸手市で2日、市内で計95ヘクタールの水田を耕作する船川智弘さん(37)は「春先の雨が多かったので水は十分」と笑顔で話した。 一方で、高齢などを理由に離農する人が増えており、今年は新たに6ヘクタールを受け入れた。 水田が分散しており作業効率が悪く、規模拡大でのコスト面が課題になっているとし、「一枚の田の面積を広げるなどコスト削減で工夫している」という。 宮城県登米市の専業農家、佐藤瑛彦さん(34)も「河川の取水制限もなく、水の不安はなくなった」とし、例年同様に中旬から田植えを始める考えだ。 低気圧 頻繁に通過相次ぎ「史上最多」 気象庁によると、4月の1カ月間雨量が全国最多だった地点は三重・尾鷲の581ミリ(平年比2倍)で、観測史上最多だった3地点は東京296・5ミリ(同2・4倍)、兵庫・豊岡223ミリ(同2・2倍)、山形・新庄181ミリ(同1・9倍)。 この他、200ミリを超えたのは、高知・清水321・5ミリ、岩手・大船渡294ミリ、静岡248・5ミリ、横浜244・5ミリ、千葉221ミリ、松江219ミリ、京都・舞鶴203ミリなど計16地点だった。 記録的な多雨となったのは、日本列島付近を低気圧と高気圧が交互に通過し、大荒れの天気が続いたため。 一方で、高気圧の通過に伴い日照時間も記録的な長さとなり、千葉、静岡、愛知、高知、鹿児島など東、.

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自粛で労力不安も… 水不足回避し田植え大丈夫 少雪の懸念一転、4月は多雨(日本農業新聞)

栗田慎一 日本農業新聞

略歴 [ ] 出身。 父は元の(出身)。 母トシ子は元東京府会議長(出身)三女。 、、、卒業。 同大学大学院博士課程退学 [ ]。 専任講師、(現奈良県立大学)助教授、(〜)を経て、教授在任中、客員教授(〜)も務める。 7月、明治大学教授を辞任。 大学総合研究所を設立、(非正規大学 ) 開学。 官邸HPにも大学開学が経歴として記載されている。 嘱託教授、客員教授、客員教授、衆議院議員2期をへて、2011年有明教育芸術短期大学第二代学長兼理事(~2015年)。 同年春叙勲。 NPO法人理事。 名誉会長。 NPO法人元会長。 人物 [ ] 雑誌『』3月号をきっかけに論壇にデビューし、その後、いわゆる「ニューアカ()」ブームの先鋒をつとめた。 という言葉を作り出したり、議論の技術を向上させるを普及するため『』に出演するなど、積極的にマスコミに顔を出すとともに、、ら多くのタレント、文化人、学者と分野を超えて交流し、多数の対談・共著を出版した。 テレビ出演をするきっかけになったのはであるという。 の弟分である高名なのから突如電話を受け、それがきっかけで「物語」を執筆したり、過去にはとしてプロデュースの下シングル『平成若者大音頭』(1992年6月3日発売)を発表するなど幅広く活動する。 1999年10月頃、になった。 朝起きると左半身が動かなくなり、日課のウォーキング中で道が分からなくなる、病院に行こうとタクシーに乗るも、呂律が回らず運転手に行き先が伝わらない等の症状が出た。 栗本も一命は取り留めたものの左半身麻痺となってしまい、リハビリに励むも中々上手くいかなかった。 ある日、リハビリで左手を動かそうとすると右手が動く事に気付いた栗本は箱の真ん中に鏡を置き、箱の中に右手を入れ、鏡で右手を映しながら動かし、それと同時に妻が左手を同じ様に動かすという、鏡に映った右手を左手だと栗本の脳に錯覚させるというの「ミラーボックス」によるリハビリ法を試した結果、2ヵ月後には症状が良くなり、現在はゴルフや車の運転が出来るほどに回復した。 また栗本は文学にも造詣が深く、『』という文芸評論や、小説の実作「反少女」「敵意」「紐育の少女(がモデル) 」「白雨の少女」がある。 2012年6月9日、東京都の路上で乗用車を運転中、衝突事故を起こしていたことが、2012年6月15日にによって報じられた。 栗本の明大時代の教え子にタレントのや元野球選手のがいる。 学説・思想 [ ] 指導教授はの。 栗本は、経済史を研究するなかでその枠を超えてカールを祖とする実在派に辿り着き 、カールの弟子であるに師事する。 栗本は経済人類学の研究成果を踏まえ、近代以前の社会をであるとしたうえで非市場社会における財の生産、贈与、交換、廃棄等の経済活動の根底には、習俗によって規定されている人びとの行為に当人たちには意識されていない行為の動因があり、経済活動はその結果ないし機能にすぎないとする。 そのうえで、近代社会である市場社会においても上掲の事情は基本的には変わりがないとして、経済活動を人びとの合理的な利益追求であるとする従来のの常識に180度の転回を迫った。 栗本はその研究対象を広義の経済学の枠を超えて法社会学に広げて 、社会規範として人びとに行為を強制・禁止する習俗についての研究を進める一方 、その他方で人びとの行為・行動の動因となっているものを明らかにするためには、の問題を避けることはできないとして、ないし生命論等の議論をも踏まえたうえで、経済人類学を基礎として、経済学、、を包括した統一的理論の構築を目指した。 また、大学の講義等において前衛芸術家のにも言及し、モースやバタイユやと、1930年代のパリで直接交流のあった岡本のことを偉大な思想家として評価した最初の言論人である。 栗本は上掲のとおり学問の枠を超えた過激な見解を主張していたが、それでも当時はの見解をあげたうえで個別の学者・学説への批判を慎重に避けていた。 ところが、突如やら個別の学者を名指しして批判を始め、「危険な学者」と自称するようになった。 このように態度を一転させた理由は、学者がマスコミ進出によって大学教授という地位だけでなく、わずかばかりの知名度や収入を得てそれを守るために汲々とし、お互いに学問的な批判や議論を避けているとの不満と、山口や、らはその方向性を突き詰めれば社会システムを包括的にとらえる超統一的理論へと至るステップを準備するはずなのであるが、その作業をしていないかあるいはしていても極めて不徹底であることへの苛立ちにあったといえる。 栗本はその後、自身の理論を更に徹底させて上掲のいわゆる社会科学にとどまらず、すべての学問を包括的にとらえる超々統一的理論の構築を目指して、の科学哲学であるの理論を承継・発展させて、、の研究を進めて、、の研究の成果を取り込んだ後掲『意味と生命-暗黙知理論から生命の量子論へ』を上梓した。 さらにその後、等の脳内伝達物質にいち早く注目し、等のに関する経済学説を紹介したうえで、その原因がからのが関係していると主張するなど多くの著作を発表している。 社会的活動 [ ] この節はなが全く示されていないか、不十分です。 して記事の信頼性向上にご協力ください。 ( 2013年1月) ニューアカブーム以降、では審査員を務めるなど多彩な活動でに知られるようになった。 に明治大学で事件(替え玉が発覚した20人の受験生の中に後のがいた)が発覚すると、栗本も大学の腐敗と学生の怠惰に抗議すると表明して突如教授を辞任、マスコミ活動のためにに所属した。 7月には、に自身が生まれ育った世田谷区とで構成ので慶應経済学部同級生代表幹事の結成間もないのを受けてで出馬し、当選し後に正式に新生党入党。 小沢側近の一人として活動した。 しかし、で支持したが敗北しとなり12月のの結党には参加せず、小沢と袂を分かった後はメディアで「ただの馬鹿」呼ばわりして話題となった。 所属を経て、自身の慶應・経済学部同級生のや自身の小学校の5年先輩のが属する及びへ。 世田谷には清和会現職が居たため、国会議員を引退した清和会副会長経験者のやの地盤を継承。 にも、自民党現職として及びからし、新進党新人のや現職のなどを破り再選された(松原VS宇佐美は史上初の出身者同士の定数1公選での激突、両候補は重複せず、松原が次点)。 9月、からに任命されポスト橋本のでは小泉推薦人。 4月のではだった候補の選対本部長をつとめ清和会を離脱したがと共闘した事に抗議し離反し石原支持。 (盗聴法)にとともに採決の際に反対し、単独で離党届をだす。 田中眞紀子はそのまま自民党に残ったが、栗本の離党届は受理されず除名処分となる(その時点のは清和会会長)。 率いるに参加する。 同年の10月29日に脳梗塞で倒れた。 脳梗塞で倒れる前日の記者会見ではろれつが回らなかったり症状が出ていたという。 左半身麻痺という後遺症が発症したが、自ら考案したリハビリ(右半身を鏡で見せて左半身を鏡で隠すといった方法)ののち、左半身麻痺が解消し復帰している。 では、成立時のだったと同じ選挙区()から自由連合公認・突破党推薦で重複立候補するが有効投票総数の1割未満で没収、最下位落選し、政界からも去った。 近年は大学の教壇に立つかたわらで、自身が経験した脳梗塞に関する仕事も精力的に行っている。 著書『かくして日は昇る』ではの自治についても大きな関心を示した。 引退後でかつての盟友・小泉に対し「頭も悪いが性格も悪い。 」等と痛烈な人格批判を行い物議を醸したが、小泉サイドからの抗議などはなかった。 北海道知事出馬への意向 [ ] の出馬の可能性が話題になっていた1990年末から1991年初めころ、栗本も道知事への出馬を考えていた。 舛添の「(当時存在しなかった)北海道本拠地のプロ野球チームを作るべき」というアイディアに賛意を表していた。 」などと問い詰めていたが、これには何も返答しなかった。 その直後、上記にもあるとおり地方自治を論じた『かくして日は昇る』という本を緊急出版した。 今まで地方自治について積極的に語らなかった栗本(当時の『』などでもを頑なに全面肯定していた)が、突如として北海道自治に関心を示し「もし私が道知事であったなら」などという仮定で政策提言している。 その後、西部邁(北海道出身)との共著(対論)「立ち腐れる日本」でもと道知事へのオファーがあったことを語り、西部から「貴方なら僕も応援するけどな」との賛意を得た。 家族・親族 [ ] 栗本家 [ ] 父・ ( (現)、)• 父・ (裁判官) 45年()生 - 4年()11月没• 母・ トシ子(人(元東京府会議長)三女 著書 [ ] 単著 [ ]• 『経済人類学』(、)• 『』(、)のち角川文庫• 『法・社会・習俗 法社会学序説』(、)• 『光の都市 闇の都市』(青土社、1981年)• 『 人間は、どういう生物か』(カッパサイエンス、1981年)• 『ブダペスト物語 現代思想の源流をたずねて』(、1982年)• 『経済人類学の眼』 青土社 1982年5月• 『ホモ・パンツたちへ』 情報センター出版局 1982年8月• 『血と薔薇のフォークロア』 リブロポート 1982年6月• 『東京の血は、どお-んと騒ぐ 冒険者たちの黙示録』 情報センター出版局 1983 のち角川文庫• 『都市は、発狂する そして、ヒトはどこに行くのか』 光文社〈カッパ・サイエンス〉 1983年6月• 『大衆文化論 若者よ、目ざめるな』 白夜書房 1984年5月 のち光文社文庫• 『』(光文社文庫オリジナル、1984年)• 『読書原論』 角川書店 1985年1月• 『 血も凍る「現代思想」の総批評』(光文社カッパサイエンス、1985年)• 『反少女』 角川書店 1985年11月• 『毒入り教授より愛をこめて 愚の眼・鷹の眼』 1986年4月 光文社文庫• 『教授のインテリジェント・テニス教室 技術と精神をきたえる! 』 角川書店 1986年7月• 』光文社 1988年1月• 『 「快感」は、ヒトをどこへ連れていくのか』(光文社、)• 『意味と生命-暗黙知理論から生命の量子論へ』(青土社、)• 『さぁ、クルマで出かけよう ヒトの生命・身体を発見する旅へ』光文社カッパ・サイエンス 1989年6月• 『ニッポンの終焉 2001年への最後の選択』(現代書林、)のち講談社文庫• 『縄文式頭脳革命』 講談社 1989年11月 のち文庫• 『五月のテニスボール』 六興出版 1990年10月• 『幻想としての文明』(、)• 『危ない現実 「正義」が思想を殺すとき』 学習研究社 1991年7月• 『 21世紀を読む』(東洋経済新報社、)• 『明大教授辞職始末』 講談社 1992年8月• 『パンツを脱いだロシア人 国家と民族の「現在」を問う』 光文社カッパ・サイエンス 1992年8月• 『クリシンの明日は無罪!! 』 メディアファクトリー 1992年7月• 『成り行き大国ニッポン 大転換期・日本をどう新生させるのか』(、1993)• 『教科書では教えない日本政治 栗本慎一郎の政治人類学』 東洋経済新報社 1997年2月• 『自民党の研究 あなたも、この「集団」から逃げられない』 光文社カッパ・ブックス 1999年10月• 『現代政治の秘密と構造』 東洋経済新報社 1999年12月• 『脳にマラカスの雨が降る 脳梗塞からの生還』 光文社カッパ・ブックス 2000年6月• 『栗本慎一郎の脳梗塞になったらあなたはどうする-予防・闘病・完全復活のガイド』(、)• 『脳梗塞、糖尿病を救うミミズの酵素 秘密は血管を浄化するミミズの酵素にあった! 』 たちばな出版 2001年4月• 『血栓を溶かし梗塞を予防しよう 驚異の酵素の発見』 東京農大出版会 2001年3月• 『-ヒトは、どうして生きていくのか』(、)• 『シリウスの都 飛鳥 日本古代王権の経済人類学的研究』(たちばな出版、2005年)• 『純個人的小泉純一郎論』(イプシロン出版企画、)• 『シルクロードの経済人類学 日本とキルギスを繋ぐ文化の謎』(東京農業大学出版会、)• 『ゆがめられた地球文明の歴史 「パンツをはいたサル」に起きた世界史の真実』(技術評論社、)• 『栗本慎一郎最終講義 歴史学は生命論である』(武久出版 )• 『【増補版】パンツをはいたサル』(現代書館; 増補版) 共著・対談・鼎談 [ ]• 『経済人類学』(・編)「講座西洋経済史5巻」(同文舘出版、1979年)• 『闇の都市-血と交換』、朝日出版社、。 (・・・・・)『法社会学研究』(三嶺書房、1985年)• (・・・)『創発の暗黙知-マイケル・ポランニー その哲学と科学』(青玄社、)• (・・・・山口昌男)『いまヨーロッパが崩壊する』(光文社、1994年)• (阿部謹也・山口昌男・・)『経済人類学を学ぶ』(、)• (河上倫逸・・山口昌男)『「正気」が「狂気」を生んだ-日本が知らないもうひとつのヨーロッパ(上)-』(光文社、1995年)• (樺山紘一・・)『ユダヤがイスラムを生んだ-日本が知らないもうひとつのヨーロッパ(下)-』(光文社、1995年)• (・)『「保守革命」宣言-アンチ・リベラルへの選択』(現代書林、)• )』 漫画原作 [ ]• 明治は近大に勝てるか? 画:(『大衆文化論 若者よ目覚めるな』所収) 訳書 [ ]• 『・の恐怖』(、1994年) 外国語に翻訳された著作 [ ]• 『經濟人类学』 (北京:商务印书馆、1997年)• 関連図書 [ ]• 『快感進化論』(現代書館、) 学問的後継者 [ ]• :著書名の「快感進化論」自体が栗本の造語であり、栗本自身が解説文を寄せている。 :誌上で栗本学派を自称した。 のプロフィールでは、好きな本の中に、M・ポランニーの『個人的知識』と並んで、『パンツをはいたサルを』を挙げている。 出演テレビ番組 [ ]• (フジテレビ)• (フジテレビ)• :審査員• () 記者役 出演ラジオ番組 [ ]• 『栗本慎一郎の社会と芸術を語る』()パーソナリティー(10月から) 映画出演 [ ]• 『』(大学教授役) Vシネマ [ ]• 『首相官邸の女』主演・監督(政治部記者役) 関連項目 [ ]• - 神経生理学者 「」「特集・ニューロフィロソフィー」で対談。 脚注 [ ] []• 朝日新聞1988年10月3日号13面読書欄書評委員紹介欄。 、、らと。 同年10月10日にはの『食と文化の謎』の書評を担当。 には博士課程「修了」とある。 元で者のがに問い合わせたところ栗自大は正式な大学ではなかったことが発覚した旨が、に書かれた。 高校生国際美術展• 「東京の血はどおーんと騒ぐ」文庫版 による解説• 上掲『講座西洋経済史5巻』257頁• 上掲『経済人類学』3〜16頁• ただし、に誘われてに行った頃は「法のこと、知らなかった」と、『』17ページで言っている。 上掲『法・社会・習俗』、『法社会学研究』• 上掲『経済人類学』3〜16頁• 上掲『パンツをはいたサル』。 詳細は『現代思想1982年2月号特集バタイユ』• 上掲『法・社会・習俗』42、43頁• 上掲『鉄の処女』• 上掲『大転換の予兆』56頁• 現在はが存在している。 本件のEXテレビ放映日が90年末であり、「かくして日は昇る」 が91年3月発売であることが奥付より証明できる。 は4月に実施。 「立ち腐れる日本」(光文社)75頁「男が女を、『女』が日本を駄目にした」の章• 『大日本司法大観』(編纂兼発行者 沖邑良彦 1940年 174頁)• 外部リンク [ ]• 学職 先代: 学長 第2代: - 次代:.

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