数字 で あそぼ。 数字であそぼ。 14話・15話 3巻 ネタバレ注意

数字であそぼ。(1) (フラワーコミックスα)

数字 で あそぼ

小川洋子の『博士の愛した数式』はやや不幸な事に情緒的、文系的に消費されました。 数学というものが長い長い思考によって成立するにもかかわらず、一日で記憶を失ってなお数学者でいられるのかという、数学がちょっとでもわかる人からみた違和感もありました。 これは、違います。 情け容赦なく、本物の数学に一歩踏み込んでいます。 「数学とは逆ピラミッド」とまでずばり断言。 それでいて、とてもわかりやすいし、おもしろい。 絹田村子の作品は多くの人からすすめられるのですが、今まではどうしてもなじめなかったのですが、これは別でした。 もしかしたら理系の学問という、とっかかりが自分には近づきやすかっただけかもしれませんが。 なお、ここで描かれた吉田大学のモデルとなった京大の理学部数学科では、数学的センスのない学生に無理に数学をすすめるどころか、本人が希望しても全力で止めてくるという事実はお知らせしておきます。 念のため。 京大理学部数学科の先生お二人と雑談をする機会を得た。 こんなマンガがあるのはご存じないと思いますが、と話を振ってみたところ、さすがにご存じだった。 何でも事務室で大変人気だという話で、たとえば早乙女先生のモデルは誰だろうと話題になっているそうだ(ついでながら、映画「 HELLO WORLD 」の千古先生も同じようなタイプだ)。 さらに言うと。 誰か実際の学生からの情報提供がないとこんな作品は書けないので、それは一体誰なのだろうという話題にまでなっていると聞いた。 ある程度知っている人は内幕ものとして楽しめるし(ゆるさの質が昔と違ってきているなあ)、部外者にとっては一種の異世界ものとして楽しいのではないか。 本当にマンガの世界は広いなあ。 数学を題材にした漫画であるのだが自分は数学に全く興味がなく、何故この漫画を読みたいと思ったのか全く解らないのだが、何となくこの漫画は面白いのではないかという予感がして、購入をしてみたのである。 その後、数学の授業は学力別に振り分けられ、当然のように底辺クラスに行くことになったのだが、そこで自分は授業の内容を全て無視し、好き勝手に数学の教科書を読み解いていたら何故か次から次へと理解ができるようになり、するすると学力がアップして、次のテストで学年でもトップ20に入る90点台を獲得したのだが、その後何故かまた急速に数学が理解できなくなっていき、次のテストで40点台まで落ちて、それっきり上がることはなかった。 あれが一体何だったのかは未だによくわからない。 高校時代の数学の授業内容も一切記憶になく、大学にも行っていない自分にとってあまり縁のない世界の物語のようだが、しかし、本作はなんとなく面白いのだ。 この微妙なだらっとした、登場人物たちに漂う倦怠感が。 なんか色々どうでもよさげな彼らの生活と、自分の今の気分がしっくりはまる感じがする。 大学を留年したことを隠したまま実家に帰るときにも何の緊張感も無い。 登場する女性はなぜか鹿肉に固執する。 意味はよく解らない。 しかし、このオフビート感が、妙に心地よく感じる。 学生のモラトリアムってこんな感じなのかしら。 押見修造が延々とこのモラトリアムからの脱却をテーマに漫画を描き続けているが、これを読むといいじゃん別に脱却なんかしなくてもすーっとダラダラしていれば…とも思うのである。 この感覚を数学に絡めて気の利いた言葉でも言えたらいいのだが、あいにく自分は頭が悪いのでそれも出来ず、だらだらと本作を心地よい倦怠の中で読み耽るのだった。

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数字であそぼ。 最新刊(次は5巻)の発売日をメールでお知らせ【コミックの発売日を通知するベルアラート】

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数字であそぼ。 ・第20話のネタバレ 東川湯にて湯船につかりながら一週間歩き回った疲れを癒しています。 四国全部歩いたのかと聞かれ、車で半分ほど巡ったと伝えました。 そして怪体な目にあったと話を始めます。 その場所は高知だったと語り始めます。 ぼんやり運転をしていたら道に迷ってしまい奥さんと言い争いをしますが、 その時に一人。 歩いている人を見つけました。 その人に道を聞くために声を掛けました。 その人は親切に教えてくれました。 一本道をずっと行って2つ目の分岐を左にいけば合流します。 と いくらまっすぐ走ってもその道はきません。 不審に思う奥さんをよそにまた通行人が見えます。 そして話かけようとしますが、奥さんは声を荒らげます。 あの人さっきの人じゃないですか? そんな訳ないと否定しますが、奥さんは同じ服をきているといってました。 そんな奥さんの話を無視してその人に話しかけます。 でも、その子は顔が同じでさっきと同じこと言ってました。 奥さんはたまらずもう戻ろうと訴えかけます。 そして後ろに引き返したのにその人は前に立っていました。 二人はそのままその人をみないで道を引き返したと話してましたが、 ナイターの時間になってしまいそこでその人の話は終わってしまいました。 その人の話は気になるので次会ったときに聞こうと思いながら 帰り道を歩いていると突然話しかけられました。 ここは北白川ですか?と話しかけます。 この辺は田中町です。 と答えますがその人は方向音痴みたいだったので 仕方なくついていく事にしました。 観光ですか?と質問してみると 家族を捜しているとのことで あまり深く追求しないほうがいいと思い聞かないようにしました。 そして見晴らしのいいところに案内をしここなら家族を捜せると説明したところ、 その人はこう呟きました。 墓地に行きたいんです。 お墓参りにきたんですか?とたずねると違うと答えます。 そこに家があると伝えます。 一緒に来て欲しいと頼まれますが、謝りながらその場から逃げ出しました。 もしかして東川湯であんな話をきいたからと走っていると 目の前にさっきの人が立っていて ここは北白川ですか?そこにある墓地に行きたいんです。 と同じ質問をされ恐怖のあまり叫びます。 自分の家と逆方向にきてしまった為、知り合いの北方の家にいきます。 電話もでなくピンポーンをしても返事はありません。 みーつけた。 するとドアが開き北方が出るとつかさず助けを呼びます。 オバケがいると指をさした二人は、北方の妹で双子でした。 そして二人はここまでくるのが大変だったと話をします。 すると東川湯のお遍路さんの話が出てきてさっきの話かとピンときます。 そして双子は銭湯に行く事になりました。 そして双子がいなくなった途端に部屋は静かになりました。 正直にオバケだと思ったと北方に伝えると、精神不安定だと心配されました。 数学科ならせめてバナッハ・タルスキーのパラドクスを思いつくべきではと告げられます。 球を分割してそれらをうまく組み合わせすることで元の球と同じ大きさの球を 2つ作ることができます。 手品のようだと感心してしまいました。 1つの球から同じ大きさの球2つなんで元の球より体積が明らかに増えるじゃないか。 ここでルベーク積分が出てくるんだ。 ルベーク積分ができる世界と体積が直観に従う世界はとても近い。 ルベーク積分はいかに完成されているものかを説明してました。 そしてルベークはこの理論を博士論文で出している事。 二人はルベークの凄さに関心していました。 すると ドンッと大きな声が聞こえました。 そこには双子の妹が泣きながら立っていました。 事情をきくと、二人は東川湯にたどりついたらおじさんが飛び出してきて あの時の狸といわれ悪霊退散といわれながら塩を投げつけられたそうです。 その話を聞いた北方は大笑いをし、その後双子と言い争いをしたそうです。

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楽しく数学アレルギーに立ち向かう!『数字であそぼ。』

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高校1年生が「数学五輪国内予選」で書くようなレベルです。 虫bの大きさは、具体的に「球形と仮定して、その直径は」とすれば、N95 マスクで COVID-19 つまり虫b を防止できない理由になります。 N95 マスクの網の目は 0. つまりコロナウイルスは N95 マスクをスイスイ通り抜けるという証明になります。 そもそも日本語で数学を記述すること自体に「専門用語の壁」があるのではと考えます。 数学にしても物理にしても化学にしても生物学・医学にしても、高校時代から英語などの西欧語で学んでいれば、方言の違いに悩むことなんか全くない。 物理だとディラックの量子力学の文庫本 ちくま学芸文庫 は非常に優れた翻訳書だけど また和算の話はナンセンス。 あんなものを小学6年で教える意味はない。 時間の無駄だ。 数学史のトピックスとして教えるのは意味があるが 他の方も 163ページのミスを指摘されてますね。 数学史の話にすべきことは「一筆書き」の話とか、「数独」のヒントになっている「魔方陣」の作り方にも言えるのだけど 後者は既に13世紀にアラビアの数学者たちがほぼ証明を完成してる。 あぁ、楽しかったです。 3巻も最高でした。 独断と偏見ですが ・大学で数学を履修歴がある方(そこで挫折,or感動した事ある方) ・京都の某大学で青春を過ごしたことがある方 ・「決してマネをしないでください」「はじめアルゴリズム」「天地明察」等を楽しんだ方 上記以外の人を、本気で置いていくつもりの本作品。 でも、とても惹きつけられます。 数学課にこんな人いるいる…数学用語と日常語との乖離あるある…全てが、た、楽しいっ。

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