お 彼岸 と は いつ。 お彼岸 おはぎの理由|いつ食べるの~由来までを分かりやすく|きになるきにする

お彼岸はいつ?今年は?お墓参りをしたりぼたもちを供えるのはなぜ?

お 彼岸 と は いつ

春の お彼岸(ひがん)と、秋のお彼岸、年に2回お彼岸がありますね。 お彼岸には「お墓参りに行く」という方も多いと思いますが、お彼岸だけではなく、お盆にも、お墓参りに行きますよね? お彼岸とお盆、どちらもお墓参りに行くのに何が違うのでしょう? 今回は、お彼岸の意味や、お盆との違いについて調べて行きましょう。 お彼岸とは? お彼岸とは、 雑節(ざっせつ)のひとつです。 雑節とは、二十四節気(にじゅうしせっき・1年間を24等分したもの)、五節句(ごせっく・季節の節目の行事)のほかに、季節の移り変わりをより適確につかむために設けられた特別な暦日(れきじつ・こよみで定められた日)です。 彼岸は、春分(しゅんぶん・二十四節気のひとつ)と秋分(しゅうぶん・二十四節気のひとつ)を中日とし、前後それぞれ3日間を合わせた7日間のことを指し、この期間に行う仏事を 彼岸会 ひがんえ といいます。 最初の日を「彼岸入り(ひがんいり)・彼岸の入り(ひがんのいり)」、最後の日を「彼岸明け(ひがんあけ)・彼岸の明け(ひがんのあけ)」と呼びます。 関連: 関連: 関連: 「彼岸」は仏教用語です。 仏教では、 今私たちがいる煩悩や迷いに満ちた世界を「此岸(しがん)」といいます。 この此岸にある者が六波羅蜜(ろくはらみつ・菩薩になるための方法)の修行をすることで 煩悩や悩みの海を渡って辿り着く悟りの世界を「彼岸(ひがん)」といいます。 お彼岸は、 極楽浄土に想いを馳せ、より彼岸に近づけるよう修行をする期間といわれています。 また、 彼岸は西、此岸は東にあるので、秋分と春分は太陽が真東から昇って真西へ沈むことから、彼岸(極楽浄土・あの世)と此岸(この世)が通じやすくなると考えられ、先祖供養をするようになったのだそうです。 2020年のお彼岸はいつ? 2020年のお彼岸は下記のようになります。 そのため、家族や親戚が集まってお寺や自宅でお坊さんにお経をあげてもらったり、お墓参りをして先祖への感謝の念と現世の人々の安寧を祈る行事として定着しています。 現在、日本で全国的に行われている行事の多くは、地域によって旧暦で行われたり、新暦で行われたりしています。 お盆についても、7月13日~7月16日までのところと月遅れの8月13日~8月16日までのところ、旧暦のお盆のところがあります。 ご先祖様があの世から私たちのところへ帰ってくるといわれており、私たちはご先祖様をお迎えし、供養し、再びあの世へ送り出します。 また彼岸と此岸が通じやすくなると考えられ、先祖供養が行われます。 」 どちらも先祖供養をすることに違いはありませんが、上記のような違いがあるようです。 お彼岸とお盆の違いがわかりましたね。 悟りを開いて彼岸に近づく修行をする人は、私たち一般人の中にはいないのかもしれませんが、ご先祖様に感謝し、供養する人は多くいらっしゃると思います。 今の自分があるのはご先祖様のおかげと感謝をし、今の自分がどんなふうに生きているのか、墓前で報告をするとご先祖様も喜んでくださるのではないでしょうか。 関連: - , , , ,.

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(2020年春と秋)お彼岸入りはいつ?おはぎの意味やお墓参りの知識

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2020年 秋分の日と秋のお彼岸の期間は? 秋のお彼岸は、秋分の日を中日(ちゅうにち)とし、その前後7日間がお彼岸の期間となります。 2020年の秋分の日は9月22日(火)ですので、お彼岸の期間は 9月19日から25日となります。 2020年 秋彼岸の日程 彼岸入り 9月19日(土) 秋分の日 9月22日(火・祝日) 彼岸明け 9月25日(金) なお、2020年の春のお彼岸の期間は下記の通りです。 2020年 春彼岸の日程 彼岸入り 3月17日(火) 春分の日 3月20日(金・祝日) 彼岸明け 3月23日(月) お彼岸とは? お彼岸とは、春分の日、秋分の日を中日とする前後7日間のことです。 この時期に営む仏事も総称して彼岸ということもあります。 仏教用語では、サンスクリット語で「波羅蜜多」を訳した「到彼岸」から出た言葉です。 人々が暮らすこの世「此岸(しがん)」に対し、向こう岸の世界、迷いがなく、生死を超越した悟りの境地に到達するという意味です。 お彼岸の期間は、浄土へ生まれ変わりたいと願い、布施(ふせ)、持戒(じかい)、忍辱(にんにく)、精進(しょうじん)、禅定(ぜんじょう)、智慧(ちえ)という 正しい6つの行いを実践する時とされています。 お盆が先祖の霊がこの世に戻ってくるのに対し、 お彼岸はこの世から浄土へ近づくために修行をする期間です。 ある意味、 極楽浄土にあこがれる期間と考えるとわかりやすいかもしれません。 どうして春分の日と秋分の日がお彼岸になったの? 春分の日と秋分の日は、それぞれお彼岸の中日にあたります。 この日は太陽が真東から昇り、真西に沈みます。 真西というのは、阿弥陀如来の西方極楽浄土があるとされています。 太陽が極楽浄土に向かうと考えられたことから、お彼岸になったという説が一般的です。 浄土宗や浄土真宗の根本経典である浄土三部経のひとつ、『観無量寿経』には、極楽浄土を見るための修行のひとつとして、日想という修行があります。 沈む太陽に向かって、西方浄土を思い浮かべて瞑想する方法です。 あいにく、この経典そのものには「お彼岸の中日に日想をする」とは書かれていません。 しかし、中国の浄土教の高僧、善導が記した『観無量寿経』の注釈書に 、春分、秋分の日の日想について、「阿弥陀仏の国は日没のところ(真西)にある」という記述があり、これが日本のお彼岸の基になったといわれています。 お彼岸の中日、春分の日と秋分の日は、誰が、どうやって決めるの? 法律で「祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ」と定められた秋分の日 春分の日、秋分の日は、「国民の祝日に関する法律」によって祝日と定められています。 その目的については、春分の日は「自然をたたえ、生物をいつくしむ」、そして 秋分の日は「祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ」と定められています。 しかし、これらの祝日は法律では具体的に月日が明記されておらず、それぞれ「春分日」、「秋分日」となっています。 正しい秋分の日がわかるのはいつ? 毎年、春分の日は3月20日から21日ごろ、秋分の日は9月22日から23日ごろになりますが、正確な月日は、国立天文台によって決められています。 毎年2月1日の官報(行政機関の休日にはその翌日)に、翌年の暦を日本の公式の暦「暦要項(れきようこう)」にまとめて記すことで、はじめて正確な日付がわかります。 春分の日と秋分の日の定め方 太陽の移動する黄道と、地球の赤道を延長した天の赤道の交わる点を、春分点と秋分点といいます。 太陽がこれらの点を通過する時を、春分、秋分、そしてそれらを含む日を、 「春分日」「秋分日」といいます。 さらにこれらの日が、国民の祝日に関する法律によって、それぞれ春分の日と秋分の日になるというわけです。 なお、春分の日、秋分の日はともに、昼の長さと夜の長さが同じといわれていますが、正確には昼の方が若干、長いようです。 これら春分の日、秋分の日を中日にして、前後3日間が春と秋のお彼岸になります。 どうしてお彼岸の日にお墓参りをするの? 春分、秋分は、季節の節目を表す二十四節気のひとつです。 お墓参りをはじめ、お彼岸の時期に仏事ごとが多くなる理由については、主に3つあります。 昼と夜の長さが等しく仏教の中道の思想に合うから、天地の諸神が交代する日だから、そして、太陽が浄土のある真西に沈むからという説です。 お彼岸は中道思想に合うから ひとつは、中道を大切にするという考えです。 仏教の中道というのは、偏りを持たないということです。 執着せず、正しい判断で行動するといった意味があります。 春分の日、秋分の日は、昼と夜の長さが同じということから、 中道の思想にも合うため、この日にお墓参りや法要などを行うという説です。 お彼岸は八王日に当たるから 次に、八王日に善行を行うとよいという考えがあります。 八王日とは 立春、春分、立夏、夏至、立秋、秋分、立冬、冬至のことを指します。 季節の変わり目となるこれらの日は、天地の諸神・陰陽が交代する日とされていました。 この日、閻魔大王をはじめ神々が世を巡回し、 人々の行いを記録すると考えられているため、善行を積むようにという説です。 西方浄土に生まれ変わるための行いをするのにふさわしい日だから そして、春分と秋分の日は、太陽が真東から昇り、真西に沈むからという説。 先述のように、 阿弥陀如来の極楽浄土は真西の日が沈むところにあるということから、この日、多くの人に阿弥陀如来がいるところを正しく示して、浄土に生まれ変わるための行いをしましょうというものです。 これらの仏教的な意味づけのある説のほかに、もともと日本では 季節の変わり目には、豊穣を祈るさまざまな信仰がありました。 これらが融合することで、お彼岸が死者を供養する日という意味を持つようになったと考えられています。 また、 春と秋の 過ごしやすい季節であるため、お寺などで人が集まる行事が行いやすかったという説もあります。 日本でのお彼岸の歴史 お彼岸に仏教的な行事を行うのは、世界中でも日本だけの風習といわれています。 平安時代初期から朝廷で行われ、江戸時代に年中行事化されたという歴史があります。 平安時代に記された歴史書『日本後記』によると、 806年に彼岸会が行われたという記録があるようです。 また聖徳太子の時代からともいわれています。 このほか『蜻蛉日記』や『源氏物語』、『更級日記』など平安時代を代表する、日記や物語にもお彼岸についての記述があります。 一方、 お彼岸の時期にお墓参りに行くという習わしがはじまったのは、江戸時代の中期以降といわれています。 気候もよく、江戸っ子たちにとっては格好の娯楽としての意味合いもありました。 またこのころ、 六阿弥陀参りといって、彼岸の時期に6ヵ所の阿弥陀仏をお参りするということも流行ったそうです。 地域によっては、仏教とは直接関係のない行事も行われていました。 春分の日、秋分の日、もしくはお彼岸期間中の1日を選び、午前中は東に、午後は西に歩くことで、太陽のお供をするという「日迎え」「日送り」。 お彼岸の時期に山に登る「彼岸籠り」。 また、お盆と同様に、火を焚いて先祖の霊を招くという習わしもあったそうです。 なお、仏教行事とはやや異なるかもしれませんが、中国では清の時代、王侯貴族が春分と秋分の時期に、始祖や歴代君主の祠廟の祭祀を行っていたようです。 先祖供養という意味合いでは、必ずしも日本独特の行事とはいえないかもしれません。 年忌法要と比べお彼岸のお布施は割安?お彼岸のお布施の目安 お彼岸の時期にお寺で行われる法要を彼岸会といいます。 この「彼岸会」を一般に親しみやすく呼びならわしたのが「お彼岸」ともいわれています。 このお彼岸の法要に出席する、また菩提寺などにお墓参りをする際には、お寺に対してお布施を包むのが通例です。 この時、お布施の目安は、各家庭とお寺との関係にもよりますが、 一般的にはおよそ3,000円から1万円程度といわれています。 葬儀や新盆、一周忌、三回忌といった年忌法要などと異なり、お彼岸の法要は合同法要になります。 そのため、個別に行う法要よりは、やや低めといわれています。 また、個別に法要を営むこともできます。 この場合、 お布施の目安は3万円から5万円程度となります。 お寺の都合もありますので事前に希望の日程を伝え、日を決める必要があります。 このほか、お墓に建てる卒塔婆を依頼する場合、 塔婆料として3,000円から5,000円を包みます。 また、菩提寺がないという場合には、などもあります。 初彼岸とは? また、故人が亡くなって、四十九日を過ぎてはじめて迎えるお盆を新盆、初盆というのに対し、四十九日後はじめて迎えるお彼岸を初彼岸といいます。 お墓参りに行き、仏壇にお供えをして故人を偲ぶ、またこの時期に菩提寺などで行われるお彼岸の法要に参加するなどというように、新盆、初盆のように特定の故人のために大々的に法要を営むというよりは、身内の中での行事という傾向があるようです。 お彼岸のお供え物は? お彼岸のお供えといえば、おはぎとぼた餅が定番です。 秋は萩の花が咲くことから秋のお彼岸にのお供えにはおはぎ、春は牡丹の花が咲くことから、春のお彼岸のお供えにはぼた餅、という説が一般的です。 しかし、そもそもおはぎとぼた餅の違いやその名前の由来についても、あまり明確ではありません。 例えば、秋彼岸のお供えのおはぎは、小さく、しとやかな萩(はぎ)の花をイメージして、上品で小ぶりのもの。 一方、大きくて豪華な牡丹の花をイメージしたぼた餅はおはぎより大きいという具合。 このほか、材料となるもち米とうるち米の違い、突き方の違い、つぶあんとこしあんの違いなど諸説あります。 同様に、おはぎやぼた餅は、夏には夜舟、冬には北窓と呼ばれることもあります。 これはいずれもその作り方によるものです。 餅を搗くわけではなく、蒸したお米をすりこ木でつぶして作ります。 そのため、夜の舟のように、「いつ着いたかわからない」とうことから、「着き知らず」、そして「搗き知らず」となります。 一方、「搗き知らず」から「つき知らず」となって、「月知らず」と変化したのが、北窓です。 北の窓から月が見えることはないので、そこからこの名称が生まれたというわけです。 お彼岸の時期に適した供花とは? お彼岸の時期に、お墓やお仏壇にお供えする花には、菊やカーネーションなどがあります。 白い花はもちろん、黄、紫、赤、ピンクといった明るい色合いの花も選ばれています。 選ぶ基準としては、季節の花や、故人が好きだった花、または故人をイメージさせるような花がふさわしいといえるでしょう。 しばしば、バラなどとげのある花や、香りの強すぎる花、毒のある花などは、仏花としてお供えするのにはふさわしくないといわれる場合もありますが、最近はあまり気にする方も少なくなったようです。 また、生花店でも、お彼岸の時期には お供え用に仏花のアレンジメントが多数用意されています。 色合いや花の種類なども豊富なため、ふさわしいものが選べます。 さらに、花束タイプのものだけでなく、バスケットのものも多数あります。 インターネットでの注文を受け付けているところもあります。 予算とイメージに合わせて選ぶとよいでしょう。 お彼岸とお盆を比べてみると? 今もなお、私たちの日々の暮らしの中で息づいている仏教の行事には、春と秋のお彼岸のほか、お盆もあります。 お彼岸とお盆の意味、やることなど簡単に比べてみました。 一年の中でも気候のよい、過ごしやすい時期でもありますので、お墓参りなどに行かれてはいかがでしょうか? お寺での法要に参加してみるのも、いいかもしれません。 また大切な方を亡くされてはじめてのお彼岸という場合、この時期にお墓やお仏壇などを検討する方もいらっしゃいます。 法要のお寺のご紹介、お墓やお仏壇のことまで、お葬式のアフターに関することも、ご不明なことがありましたら、「いい葬儀」にお気軽にお知らせください。 また、2020年の春のお彼岸については、をご覧ください。 いい葬儀で葬儀場・斎場を探す エリアを選択してください 北海道・東北地方 探す• 関東地方 探す• 中部地方 探す• 関西地方 探す• 中国・四国地方 探す• 九州地方・沖縄 探す• いい葬儀の鎌倉新書が運営するサービス•

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「お彼岸」2020年はいつ?意味とお盆との違いについて

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お彼岸とは|お彼岸の意味やいつ何をするか等解説 お彼岸とは春と秋にそれぞれ1週間ほどやってくる期間のことを意味すると一般に知られます。 ただ、本来の「彼岸」の意味は「あの世」を意味する言葉です。 それゆえかに咲く赤い彼岸花には不気味な話が多くあります。 今回は、お彼岸という行事について加えて、「彼岸」という言葉の意味について解説いたします。 ちなみにお彼岸の読み方は「おひがん」です。 お釈迦様が仏教の教えを説いて、そのお釈迦様の言葉を漢字に訳した昔の偉いお坊さんが、「パーラミター」という言葉を「到彼岸」と訳しました。 このパーラミターという言葉の意味は「仏様の世界に至る、悟りの境地に到る」という意味があります。 つまり、「彼岸」の意味は本来「 仏様の世界、悟りの境地、」を意味するのです。 ちなみに、仏様の世界・悟りの境地というのは、苦しみなんてものは存在しない、とても平和で楽しい世界とされ極楽浄土とも言われます。 この波羅蜜という言葉は後でもう一度出てくる、お彼岸にとても関係の深い言葉です。 本来仏様の世界は、生きている間にきちんと良いことをするなどした人のみがたどり着くことのできる世界でした。 しかし日本では仏様の世界つまり「 彼岸」はきちんと供養されたら行くことができる死後の世界、「 あの世」と言う意味を持つようになります。 彼岸があの世を意味するようになったのは、日本に古来からあった祖霊信仰、簡単に言うと、ご先祖様が見守ってくださっていてきちんと供養すると助けてくださるという考えと混ざり合った結果です。 祖霊信仰は神道と言う日本の神様をお祀りする宗教の元の姿とでも考えてください。 つまり、お彼岸は神道と仏教が混ざり合ったものなのです。 彼岸の対義語の「此岸」 彼岸には、反対の意味を持つ此岸 しがん という言葉があります。 彼岸が「あの世」なので、その反対の此岸は「この世」となります。 仏教の教えで言うと、此岸は「 欲望 に満ち溢れ苦しみばかりの世界」となります。 ちなみに岸という漢字があるのは、彼岸と此岸の間には三途の川があって、それぞれこちら側の岸で此岸、あちら側の岸で彼岸というのです。 お彼岸の期間の意味 お彼岸は7日の期間を意味する言葉ですが、この7日という期間にも意味があります。 お彼岸は春分の日と秋分の日を真ん中に前後3日ずつ、6日間を足して、7日間の期間になります。 この6日間と言うのは、彼岸に到るために行うべき6つの項目、という仏教の教えに由来しています。 お彼岸という期間は「到彼岸」という言葉に由来すると言いましたが、その彼岸に到るために自分を反省する期間と言うのがお彼岸の一つの側面なのです。 六波羅蜜についてはこちらで詳しく解説しています。 お彼岸の中日と春分の日・秋分の日 お彼岸の真ん中の日が春分の日と秋分の日になるのですが、この真ん中の日を「お彼岸の中日 ちゅうにち 」と言います。 お彼岸の期間は六波羅蜜という仏教の教えに由来するのですが、お彼岸の時期がなぜ春分の日、秋分の日前後になっているのかについては仏教由来の説と、日本の信仰由来の説と様々あります。 これらは長くなるので後半で説明いたします。 お彼岸とはいつか お彼岸がいつからいつまでになるのかは年によって変わることがあります。 これはお彼岸の基準となる春分の日と秋分の日が太陽の動きを元に決めるようになっているためです。 ちなみに春分の日が祝日である理由は、お彼岸の由来となる先祖供養を天皇が宮中に祀られる皇族の霊を祀る祭祀の春季皇霊祭があり、この祭祀の影響で祝日となっています。 春季皇霊祭もお彼岸の由来となる日本の祖霊信仰にルーツを持つ祭祀です。 春分の日についてはこちらで詳しく解説しています。 秋分の日が祝日の理由も春分の日と同じく、秋季皇霊祭という祭祀が影響して祝日となります。 秋分の日についてはこちらで詳しく解説しています。 暑さも寒さも彼岸までと言いますが、春分の日と秋分の日頃から春らしさ、秋らしさが出てきて、冬と夏から次の季節に変わり始める季節ですね。 お彼岸にすること お彼岸にすることには何があるかをご紹介します。 お彼岸のお墓参り・先祖供養 冒頭でも言いましたが、をする時期として知られます。 お墓参りに行って何か特別なことをするのかと言うと、そう言うわけではありません。 お彼岸にお坊さんを読んで法事をする家庭もあるかもしれませんが、一般的にはお彼岸は家族でご先祖様にご挨拶、感謝を述べる期間です。 お彼岸にお墓参りについてはこちらで詳しく解説しています。 仏壇のお掃除やお菓子のお供えも お彼岸の時期はお墓参りだけでなく、お仏壇のお掃除など先祖供養に関わることをする日です。 寺院などでは、合同で先祖供養の法要を行っているところもあるので寺院に行く方もいるかもしれません。 ただ、寺院によっては先に書いた通り、彼岸に到るためのが実践できているかを反省し、いつも以上に実践をしましょうという趣旨の法要を行っています。 ・ぼたもちは名前は違いますが、ほとんど同じものと考えてもらって大丈夫です。 以降おはぎと統一して解説します おはぎはお餅をあんこで包んだ和菓子ですが、このあんこの材料である小豆は赤い色をしていることから、邪鬼、魔を退けると考えられていて、江戸時代ごろからお供えするようになったそうです。 はおはぎである必要はなく、ご実家に帰省する際のお供え物・手土産として持って行くものは和菓子や洋菓子など菓子折りを持って行くことも一般的です。 このあたりは後程、お彼岸のマナーの段で簡単にご紹介します。 お彼岸のおはぎやぼたもちについてはこちらで詳しく解説していますので、ぜひご覧ください。 お彼岸の入りとお彼岸の明けにお団子をお供えする 地域によってお彼岸に行うことは差があるのですが、お彼岸にすることで有名なことの一つにお彼岸団子をお供えする風習もあります。 お彼岸の始まる日を「お彼岸の入り」と言い、お彼岸の終わる日を「お彼岸の明け」というのですが、このお彼岸の入りとお彼岸の明けにお団子をお供えするのです。 このお彼岸団子には地域性や宗派などによって諸説あるのですが、ご先祖様がやってくるのをお迎えするのにお供えし、お彼岸明けには彼岸 あの世 へのお土産にしてもらうや、彼岸に帰るまでお団子を転がしながら帰るとか様々な説があります。 ただ、一般に知られるお彼岸は、ご先祖様が帰ってくるという時期ではなく、ご先祖様のいる世界が近くなるから、ご挨拶に行くと考えるものですので、後付けなのかもしれません。 落雁もお彼岸のお供え物の定番 おはぎやお団子以外にも、お彼岸にお供えする定番の和菓子に「落雁」という花などの形をして色とりどりの砂糖菓子をお供えする風習もあります。 落雁はお彼岸に限定したお供えものではありません。 お彼岸のお供えの花は特に決まりはなし お彼岸のお供えの花は特に決まりはありません。 良くお供えのお花は個人が好きだった花や季節の花が良いと言われますが、やの時期に旬となるお花をお供えするなど、お花屋さんに相談してみるのも良いかもしれませんね。 お彼岸でお仏壇に関連して特別に行うことはない お墓参り同様、お彼岸だからと言って、家のお仏壇に対して特別行うことはありません。 普段あまりで来ていないお仏壇をお掃除したり、お彼岸の定番のおはぎをお供えしたりするなどが普段と少し違うと言えます。 寺院の彼岸に到るための法要 彼岸会 お彼岸の時期に、寺院で先祖供養ではなく、自身の生活を振り返り反省をするという彼岸会が行われます。 他の人を助けることができているか• 苦しいこと、恥ずかしいことに耐える心を養えているか• この世のを見極めて、正しいものの見方、思考ができているか などなど、六波羅蜜というとても大事な教えに触れる良い機会になっています。 お彼岸にすることのマナー お彼岸の時期に、実家に帰省したり、寺院に行ったりする時など気を付けたいマナーについて簡単にご紹介します。 お彼岸に実家へお菓子などのお供え物を持参する お彼岸の時期、実家などに帰省してお仏壇やお墓にお参りしてご先祖様に挨拶する場合、お供え物を手土産として持参することがマナーという風習があります。 この場合、おはぎやぼたもちという生菓子だと日持ちがしないためあまり適当ではないとして、小豆を使った別のお菓子を持って行くなどの対応をします。 お菓子に限らず、お彼岸のお供え物として定番なのは、• お線香やロウソク• お茶やコーヒーなどの飲み物• 相手の家にあった日用品や食品等 などなど、基本的には消耗品です。 最近ではデパートなどでお彼岸の菓子折り、その他お供え物のセットを販売しているところもありますので、それらを持参するのもいいかもしれません。 また、実家に帰れない場合、お供え物を送付して対応します。 他家へ持参又は送付をする際は、のし紙に似た掛け紙というものを付けます。 お彼岸ののし紙 掛け紙 のし紙と言うのは、以下の写真のようなものです。 これはお祝い事に利用されるものですが、お彼岸は仏事であるため、これによく似た掛け紙というものを利用します。 掛け紙は、のし紙の熨斗 のし がないもので、仏事では中央にある水引という紐も違う色のものを利用します。 熨斗 のし はこの部分のことです。 お彼岸の掛け紙の水引は仏事に利用する、黒白や黄白 関西地方 を利用します。 水引の色で黄白が関西地方で利用されるなど地域によって風習の違いがありますので、それらを事前にご確認していただくなど、注意が必要です。 お彼岸の手土産等の返礼品 お供え物をいただいた場合はその返礼品をお渡ししないで良いと考えるのが一般的です。 お彼岸のお供え物は大体身内からのものですし、高額なものはあまりないと思います。 お彼岸に限らずですが、高額だったりする場合は半分ほどの金額でお返しするのがマナーとされます。 初彼岸について 故人が亡くなってから49日を超えてから初めて迎えるお彼岸を初彼岸と言います。 初彼岸は初盆のように、特別に法事を行う必要があるかと言うと、そういうわけではありません。 お坊さんをお呼びして法事をする必要も特にはありません。 ちなみに、先ほどのお供え物のお話に関係するのですが、お供え物の表書きで49日を越えていないでお彼岸を迎える際には、「 御霊前」、49日を超えて、初彼岸を迎える際は「 御仏前」となります。 また、お坊さんを自宅にお呼びしたりして法事を行う場合はお車代をお渡しすることもマナーです。 寺院のお彼岸の法要に参加する時 お彼岸の時期に寺院で行っている法要 彼岸会 に参加をする場合について簡単に解説します。 寺院でお彼岸の時期にお行う彼岸会という法要は、宗派によって先祖供養のものであったり、先述のの反省などを行う会となっていますが、いずれにしても法要であり、お布施をお渡しするなどのマナーがあります。 ちなみに、彼岸会などの法要の服装は喪服などの改まったものである必要はないとされ、カジュアル過ぎない服装で良いとされます。 一応参加する寺院にご確認いただくのが良いかと思います。 お布施の金額等について お布施をいくら包むかについてですが、寺院に行き合同で行われる法要に参加する場合は、一般的に3000円~1万円を包むと言われます。 個人で法要を頼む際には、3万円前後~5万円を包むのが一般的とされます。 ちなみに、お布施の金額は上記はあくまで一般的と言われるもので、無理な金額をお渡しするものではありません。 ちなみに、お布施をお渡しする場合の不祝儀袋の表書きには、「お布施」と書くのが一般的です。 お布施と書く代わりに、回向料や供養料なども利用されます。 お彼岸にしてはいけないこと お彼岸にしてはいけないことは特にありません。 ただ、お墓参りの後に神社にお参りをするのが良くないといわれたりしますが、仏事と神事は重ねないという考え方があります。 神道では人の死を忌むのでこのように言われます。 お彼岸の時期に神社に行ってはいけないわけではありませんが、お墓参りの後についで参りで神社に参拝などはよくありません。 お彼岸にまつわる様々な話 お彼岸の由来についてのより詳しいお話や、お彼岸の時期にまつわることについてご紹介いたします。 春分の日と秋分の日に共通する太陽の動き、それは真東から太陽が昇り、真西に太陽が沈むということです。 彼岸という仏様の世界は、お釈迦様がされた時 亡くなられた時 顔を西に向けていたことから、西にあると考えられていました。 彼岸を極楽浄土と言うとも言いましたが、他にも西方浄土と言われるのはこのためです。 春分の日と秋分の日は太陽が真西に沈むことから、彼岸 あの世 と此岸 この世 が近くなると考えられたり、彼岸のことを思って彼岸に到るために六波羅蜜の修行にいそしむ良い時期と考えられるようになるのです。 この考えは、聖徳太子の時代からあったと言われます。 文献で確認できるのは聖徳太子より後になります 聖徳太子の命によって日本で初めて建立された官寺の四天王寺の西門は、春分の日と秋分の日は太陽が真西に沈むことを眺めることができ、この時代からお彼岸の時期に彼岸に思いを馳せるということがあったのかもしれません。 四天王寺の最寄り駅の「四天王寺前夕陽丘駅」という名前にも残っていますが、この地域はその昔海辺も近く夕日が瀬戸内海に沈む景色が見れたそうです。 ちなみに、この真西に沈む太陽に彼岸の思いを馳せるという考え、修行法を「日想観」と言い、真言宗を開いた空海が日本では初めて行ったと言われます。 また、春分の日と秋分の日は太陽が出ている時間とそうでない時間、つまり昼と夜の長さが同一になるため、仏教の大事な教えの「中道」に通じることがあるということから彼岸に至るための修行を見なおす良い時期とも考えられます。 春に田植えや畑を耕すなどの農耕の準備をし、秋に実った作物を収穫します。 農耕の準備をする春には、一年が豊作でありますようにとご先祖様、田の神様などにお供え物をして祈ります。 収穫をする秋には、一年の収穫をご先祖様、田の神様などにお供え物を捧げて感謝します。 この風習が仏教と混じり、をすることや、をお供えすることにつながるのです。 また、お彼岸の由来には諸説ありますが、日本の太陽を信仰する「日願」という信仰が由来となったという説もあります。 お彼岸と彼岸花の関係 秋のお彼岸の時期に一斉に咲く独特な形をした彼岸花には地獄花や死人花という別名もあります。 彼岸花は毒を持っている植物でもあるため、昔の人は触らないように様々な迷信を伝えたと言われます。 また、彼岸花の毒を利用して、墓地の周りに植えて死体をもグラなどが荒らさないようにしました。 そのため墓地の近くにたくさん生えていることもあるため、不気味な迷信などもあります。 ちなみに、彼岸花の別名に「曼珠沙華」という名前があるのですが、これは天界に咲く花という意味があります。 彼岸花はの良い名前も、縁起の悪い名前も両方を持っているのです。 お彼岸とお盆 先祖を供養する行事と言えば、お盆が日本ではお彼岸以上に有名ですが、お盆とお彼岸は少しニュアンスが違います。 お盆という行事は、先祖の霊がやってきてその霊をお迎えし供養すると考えます。 それゆえ迎え火や精霊馬という、先祖の霊を迎える種々の飾りなどがあるのですが、お彼岸は先祖の霊がやってくるという考えではありません。 お彼岸にお墓参り等をする意味 お彼岸にお墓参りをするのは、お盆とは違いご先祖様がいるあの世の彼岸がこの世の此岸と近くなると考えて、その時期にご先祖様にご挨拶に行く、供養に行くと良いからお墓参りに行こうとなったのです。 迎えるという意味のお盆とは若干意味が違います。 ちなみに、お彼岸というものは仏教が広まった国でも日本にだけ見られる独自の風習です。 お盆は仏教由来の行事と言われますが、ご先祖様を祀る仏教行事として日本ほど盛大に行う国はあまりないそうです。 お盆にはよく先祖の霊が帰ってきてや、海や川などの水辺にはたくさんの霊がいるから行ってはいけないという話を聞いたことがあるかもしれませんが、お彼岸はあまりそういう話は聞きませんね。

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