剣豪 宮本 武蔵 が 書い た 兵法 の 極意 書 は。 宮本武蔵を5分で知る!五輪書や身長180cmについて│れきし上の人物.com

【大人の教養・日本美術の時間】日本スター絵師列伝 vol.8 宮本武蔵

剣豪 宮本 武蔵 が 書い た 兵法 の 極意 書 は

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剣豪「宮本武蔵」が書いた兵法の極意書は?

剣豪 宮本 武蔵 が 書い た 兵法 の 極意 書 は

宮本武蔵は、『五輪書』(ごりんのしょ)や吉川英治の小説『宮本武蔵』が多くの言語に翻訳されており、海外でも有名である。 しかし小説や映画、漫画などで描かれる真剣勝負に生きた浪人・剣豪のイメージは、武蔵没後130年に書かれた伝記によるフィクションである。 それに対して学問的な研究で明らかになった武蔵の実像をまず紹介する。 そして武蔵の思想を『五輪書』の5巻の内容に即して論じる。 戦国末期から江戸初期に生きた武士 宮本武蔵は、若い時に剣術論を著し、それを2度作り変えて最晩年に『五輪書』を著した。 大名に宛てた自筆の書状2通と、彼が描いたことが確かな十数点の水墨画、自作の木刀や刀の鍔(つば)などが遺(のこ)っている。 養子や弟子が記した資料や彼が関係した諸藩の史料もあるので、それらを総合した研究によって、武蔵の生涯はほぼ明らかになっている。 武蔵は1582年に生まれ、1645年に没した。 日本各地で合戦が続いた後、全国統一される時代に生まれ、江戸幕府が確立する時代に没した。 その人生は4つの時期に分けられる。 それは、日本社会の急激な変動とも連動しているので、時代と合わせて示すと以下のようになる。 日本社会が統一されて近世的な秩序が形成される時代。 関が原合戦後、徳川幕府が誕生したが、前政権の勢力との間で不穏な時代。 この時期に養子の伊織は藩の家老になる。 大坂の陣で合戦が終結して、幕藩体制が確立する時代。 合戦を知らない若い将軍や大名に世代交代した時代。 「宮本武蔵座像」(熊本県立美術館蔵)。 江戸時代に描かれたもので、作者不詳 「武士の道」を貫いた生涯 武蔵は自らを「生国播磨の武士」と『五輪書』で名乗る。 養子の伊織が残した資料によると、姫路城近くの播磨の武士の家に生まれたが、統一過程で敗れた家だったので、少年期に岡山の武士・宮本無二斎の養子となった。 「天下無双」の名を室町将軍から賜った武芸者の無二斎の下で、少年期から剣術を鍛錬し、13歳で初めて勝負して名のある武芸者に勝った。 1600年の関が原合戦の後、21歳で都に上って天下の兵法者と勝負して勝ったという。 調べてみると、武蔵は24歳の時に28カ条の剣術書『兵道鏡』を著し、「天下一」を称して円明流を樹立していた。 その後武蔵は全国に武者修行して、29歳までに行った60度以上の命がけの勝負に全て勝ったという。 最後の勝負が有名な小次郎との勝負だが、約束の時間に遅れたというのは作り話で、無人島で同時に会して、三尺余の長い刀を遣(つか)う小次郎を、それを上回る長さの大木刀で打ち倒したようだ。 武蔵は30歳を超えてから「なおも深き道理」を追求して、50歳の頃に道に達したと『五輪書』に書く。 この間のことを調べてみると、34歳となる1615年、大坂夏の陣に徳川方の大名の下で参陣した記録がある。 2年後、姫路城に入った姫路藩の客分となる。 家臣ではなく、客分としての自由を持ち、藩主の嫡男などに剣術を指導していた。 この時期から剣術の理論を追求し、水墨画も描き始めた。 宮本武蔵の描いた水墨画「枯木鳴鵙図(こぼくめいげきず)」。 重要文化財()。 『五輪書』の中で、武蔵は書画などの諸芸に関わることも兵法を鍛錬する手段であると述べている 9年後、藩主の嫡男が病死したので、かつて城下町を建設するのに協力した隣の明石藩に養子の伊織を仕えさせ、武蔵もこの藩の客分となった。 伊織は5年後に20歳で藩の家老になるが、養父の武蔵の功績も合わせての出世と思われる。 翌年、明石藩が九州の小倉へ領地替えとなり、武蔵たちも移住した。 5年後、九州島原で起こった大規模な反乱に九州の諸藩が鎮圧に動員されたが、伊織は小倉藩の軍勢の司令官として活躍し、後に藩の筆頭家老となる。 1640年、武蔵は59歳で九州の熊本藩の客分となる。 翌年藩主に35カ条の剣術書を呈上したが、翌月藩主は没した。 2年後、武蔵は若い藩主や家老などのために『五輪書』を書き始め、1年半後、死の1週間前に完成させた。 『五輪書』は、武蔵が生涯をかけて摑(つか)んだ、剣術鍛錬を核とした武士の生き方を説いた書である。 二天は宮本武蔵の号で、その伝記の体裁をとる。 巌流島の決闘を詳しく書くが、その叙述を分析すると、それまでの伝承・逸話の名場面を取り入れ、書き換えたフィクションと断定される。 「普遍的な道理」を追求した武蔵 『五輪書』では、兵法の道を地・水・火・風・空の5巻(五輪)に分けて体系的に論じている。 「地の巻」は、武士の道の大枠を示す。 武士には個々の武士と万人を統率する大将がいる。 剣術の鍛練で戦い方を知り、合戦にも通じるように考えよ。 いかなるところでも役立つように稽古せよ。 武士は常時二刀を差しており、合戦で戦うことも考えて、二刀を持って稽古すればよい。 剣だけでなく、鑓(やり)・長刀(なぎなた)、弓、鉄砲の特性を知って有効に戦え。 大将は部下の力量を判断して適材適所に配置せよ。 武士の道を行うには、邪(よこしま)なことを思わず、鍛錬することが根本。 諸芸にふれて視野を広げ、諸職の道を知って社会のあり様を知るが、諸事の損得を弁(わきま)え、主体的に判断せよ。 目に見えぬ所を考え、わずかなことにも気をつけよ。 役に立たぬことはせず、自分の道の鍛練に専念せよ。 これらは、全ての道の追求に通じる教えであろう。 「水の巻」は、核となる剣術の理論を述べる。 まず術の基礎として、心の持ち方、身構え、目付きを論じるが、隙なく即座に動けるよう日常生活から鍛練せよ。 太刀は上・中・下段、左脇、右脇の五方の構えがあるが、敵を切りやすいように構えよ。 太刀は構えから最も振りやすく切ることができる「太刀の道」を追求せよ。 その感覚を磨くために五方の構えからの形を稽古せよ。 決められたやり方の稽古ではなく、その都度敵を最も切りやすく構え、より良い太刀の道の感覚を研ぎ澄ませよ。 「今日は昨日の我に勝ち、明日は下手に勝ち、後は上手に勝つ」と思い、「千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を練とすべし」。 より良い技を目指して日々稽古し、それを何十年と積み重ねていくことが鍛錬なのである。 「火の巻」は、戦い方の理論を書く。 まず戦う場の光線の方向や足場、障害物などを見て取り、それらの条件を自分には有利に、敵には不利になるようにして戦う。 敵を知って、強い所を発揮させず、弱い所を攻める。 敵の技を抑えるが、敵が打とうとするところを見抜いて敵が打てば打ち返せる構えをして、敵に打ち出させない。 敵を動かし逆を取って崩していく。 心理的にも敵をいらいらさせ、惑わせ、動揺させて、敵に崩れが見えた一瞬に攻めて勝つ。 大勢と戦う時も自分から動いて主導権を握り、敵が重なるところを切る。 2度通用しなければ3度目は攻めを変える。 細心にして大胆に攻め、最後まで油断せず勝ち切れ。 「風の巻」は、他流の誤りを批判し、正しい道理を確認する。 いつでも通用する理を追求せよ。 構えや稽古の外形にとらわれず、その都度の敵に対して最も有効な構えをし、太刀の道に即して遣う。 秘伝を否定し、決まった教え方にとらわれず、学ぶ者が理解し体得しやすいように教えよ。 学ぶ者の理解力を考えて、正しい道を教えて、その者の癖や思い込みを捨てさせ、その者自身がおのずと武士の真の生き方となり、疑いない心にするのが自分の教え方である。 「空の巻」は、道の修練の仕方と究極のあり様を示す。 さまざまな誤りも、思い込みによるので、「空」を思い取って常に己を見つめ直すことが大事である。 常により良い技を求めて、技とともに身も心も鍛練を続けていけば、やがて少しの曇りもなく迷いの晴れたる所に達する。 それこそ「実(まこと)の空」である。 武蔵は、若い時期に命懸けの実戦勝負に勝ち抜いたが、より普遍的な道理を追求して、全てのことに対し無駄なく、合理的なあり様を絶えず追求していた。 道を極めた果てに後世に遺した『五輪書』は、具体的な稽古の心得に基づきつつ、武士としての真の生き方を示し、400年近くたった今日でも普遍的な武道の真髄を伝えている。 バナー画像=直弟子による『五輪書』5巻の写本(武蔵自筆の原本は不明)(永青文庫蔵).

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宮本武蔵

剣豪 宮本 武蔵 が 書い た 兵法 の 極意 書 は

無敗の剣聖、宮本武蔵。 彼が晩年に著した本書は、「勝つこと」を徹底して追求した不朽の兵法書。 わかりやすい現代語訳として提供する。 本書は、剣聖・宮本武蔵の代表的著作「五輪書」を、現代の読者でもすらすら読めるよう、かつ原文の息づかいを損なわないよう、工夫を凝らした現代語訳である。 /原著者・宮本武蔵は、生涯、六十数度に及ぶ真剣勝負に一度として敗れなかった。 その「不敗の哲学」を後世に伝える本書は、いかにして場を支配し、敵を支配し、己を支配するかを説く兵法実践の書である。 強さ、弱さ、ためらい、含みなど人間心理を隅まで見透かし、100%の確率で勝利を得ることをめざす。 そのため欧米の企業経営者にも、「不敗のルールブック」として広く支持・愛読されているという。 /武蔵の言葉は、粗野に感じるほど飾り気がなく、徹頭徹尾論理的でクールだ。 そして、勝つことの目的、生きることの意義とは何かを、時代を越えてわれわれに問いかけてくる。 現代日本人が再読すべき、不朽の名著である。 今、「五輪書」をどのように読めばいいのか。 一般的には、剣豪、宮本武蔵に興味をもち、その非凡な生き方から、何らかの人生の指針を学ぶため、手に取られる方が多いと思う。 かたや、歴史小説ファンであれば、ノンフィクションの剣技の醍醐味を味わうという読み方もできる。 水の巻「多敵の位」のくだりなど、単身大軍の中に飛び込み、斬りまくる武蔵の凄惨な姿が彷彿とされ、手に汗握るリアリティが感じられる。 ビジネスマン諸氏であれば、火の巻、「枕をおさえる」「渡を越す」「気色を読む」「陰を動かす」「角にさわる」等々、珠玉の各章に、ビジネスミーティングや営業、交渉のさまざまな局面で応用できる、高度な心理的対人折衝スキルを見出すことができるだろう。 武蔵自ら、道を行う鉄則として「役に立たないことはやらないこと」と言い切る。 生涯、剣一筋にのしあがろうとしたリアリストが、現代では想像もつかない実戦の修羅場の中から、冷徹な視野ですくいとった「勝つ」ためのエッセンスが本書には凝縮されている。 徹底的な兵法実践の書ではあるが、読み進めるうちに、道をたずねる老僧のような静謐な境地が開けてくるのはなぜだろうか。 内容(「BOOK」データベースより) 火の巻 二刀一流の兵法では、戦を火に見立て、戦や勝負についての事柄を火の巻として当巻に書きあらわす。 まず、世の中誰も彼もが兵法の技を小さく小さく理解し、あるものは指先の動き、手首からほんの三寸五寸の技を使い、またあるものは扇をもって、肘から先のスピードで勝負を競い、または竹刀打ちのわずかな速さの技を覚え、手足を器用に使っては、わずかな技の速さの習得にかかりきっている。 わが兵法においては、度重なる勝負に一命をかけて立合い、生死にわかれ、刀の道を覚え、敵の打つ太刀の強弱を知り、正しい太刀筋の道をわきまえ、ただ敵を打ち倒すための鍛錬を行っているので、小さなことや弱いことは、考えもつかない。 ことに鎧・兜で身を固める戦での技に、小さなことなど頭を掠めもしない。 さらにいえば命がけの勝負で、自分ひとりで五人十人の敵とも戦い、これに勝つ道理を確立することがわが道の兵法である。 よって一人で十人に勝つ方法も、千人で一万人に勝つ方法も何の差別もない。 よく考慮して見なさい。 とはいいながら普段の稽古で、千人一万人を集めこのやり方を試して見ることはできない。 一人で太刀を取ったとしても、個々の敵の知略を推し量り、敵の強弱と剣法を見抜き、兵法から生まれる智恵を持って鍛錬すれば、一万人にも勝てる境地を究め、この道の達者ともなれるのだ。 当兵法のまっすぐな正しい道を、自分をおいて世界中の誰が体得し究めるものかと確信して、朝鍛夕錬し己を磨きぬけば、やがて自在の境地と無双の力量を得、神通力を得るまでにもなれる。 これが武士として、法を行う気構えである。 一 場の問題 戦いに有利な場を見分けること。 立つ位置において太陽を背負うことが大事である。 太陽を自分の背後にして構えるのだ。 もし、所により太陽を後にできなければ、右横に太陽が来るように位置取りをする。 室内でも明かりを後、または右横とすべきは同様だ。 自分の後はつまらないように、左は大きく開けておき右横はつめて構えたいものだ。 夜間においても敵が見える場所では、火を後ろにし灯りを右横にすること、日中と同様に考えて構えなさい。 敵を見下ろすといい、やや高いところに位置取るようにしよう。 座敷では上座方向が高くなっている。 さて、戦いが始まったら、敵を自分の左側の方へと追い回すのだ。 そして、難所が敵の後ろに来るように向きに構わず、常に難所へと敵を追いかけることが大事だ。 難所では敵に場を見せずといって、敵が顔を振って回りを確認できないように、間断なく攻め立てるように。 室内においても敷居・鴨居・戸障子・縁などまたは柱などの方向へ敵を追い詰める場合も、場を見せずということが同様に大事である。 敵を追いかけるどの方向であっても、足場の悪いところや脇に障害物のあるところなど、場の利を自分にひきつけて場の勝利を得ることに専念するのだ。 よく研究し、また鍛錬するように。 一 枕をおさえる 枕をおさえるということは、頭をあげさせないという意味である。 兵法勝負の道に限って他人に自分を動かされて、後に付かされることはよくない。 どんな場合も敵を自在に操りたいものだ。 それで敵もそうしたいと思い、自分も同じ気持ちなのだが、他人の出方を読めない限りこれは難しい。 兵法では敵が打つのを止め、突くのを抑え、組み付くのをもぎ離すという手がある。 枕をおさえるという手は、兵法の正道を会得して敵にかかるならば、敵のどのような意図をも、敵がやり始めないうちから予測して、例えば敵が打つという、打つの「う」の字の頭を抑え、その後をさせないようにすることをいう。 意図のしょっぱな、枕をおさえるのだ。 敵がかかるという「か」の字をおさえ、とぶという「と」の字の頭をおさえ、切るという「き」の字の頭をおさえる。 みな同じである。 敵が技をしかけてきた場合、どうでもいいことは敵の自由にさせておき、重要なことはこちらがおさえ、敵にはさせないようにすること、これが兵法の専売特許だ。 ただ敵のすることをおさえよう、おさえようとして後手に回ってしまってはいけない。 まず自分自身どんな場合も、道にのっとって技を繰り出す〓うちに、敵も技をしかけようとする、そのしょっぱなを見抜いておさえ、どの技も殺し敵を自由にあしらえることが、兵法の達者であり鍛錬の賜物といえるのだ。 枕をおさえるということをよくよく研究して見るように。 一 渡を越す 渡を越すということが大事だ。 海を渡る場合に瀬戸という場所がある。 または四十里五十里にもおよぶ長い海原を越える場所を渡という。 人の世を渡っていく場合にも一生のうちには渡を越す、つまり難所を乗り切らねばならない場面も多々あるだろう。 航海においてどこが渡にあたるかを知り、船の性能を把握し船出の吉凶を占い、友舟が出なくてもその時々の潮の流れを知り、時には帆風に頼り、時には追い風を受けて、もし風向きが変わっても二里三里程度であれば櫓をこいででも港に着くのだと思い、船を乗りこなして渡を越すのである。 このように人の世を渡る場合も、一大決心をして渡を越えなくてはならない場合がある。 兵法において戦いの中で渡を越すことが重要である。 敵の実力を見抜き自分の能力も冷静に判断して、兵法のセオリーにのっとって渡を越すことは、よい船頭が船路を乗り切るのと同じことだ。 渡を越えてしまえば安心だ。 渡を越すということは敵に劣勢をもたらし、自分が先行しほとんど勝ったも同然となることである。 合戦の兵法にも一対一の勝負にも渡を越すという意味は重要だ。 よく研究すること。 一 気色を読む 気色を読むということは、集団の兵法では敵陣の盛衰を知り、相手方の集団心理を見抜き、戦況を検分し、敵兵全体の気色をよく読んだ上で、自軍のどのような攻撃で、兵法の理に適い確実に勝てるかをわきまえて、先手を取って戦うことである。 また、一対一の兵法においても、敵の流派を熟知し、パーソナリティをよく把握して長所短所を見抜き、敵の意表をつく戦術でもって今調子付いているか不調か、またその間のリズムの交代パターンを捉えて先手を取ることが大事だ。 物事の表面に現れる気色というものは、直感をよく働かせれば必ず見えるものだ。 兵法を自在に操れる境地に達すれば、敵の心理がよく見えて勝つ方法が多くなるはずだ。 工夫しなさい。 一 剣を踏む 剣を踏むということは、兵法専用に使われる用語である。 まず集団での兵法において、弓・鉄砲で敵方が攻撃してくる場合、敵はまず弓・鉄砲で撃ちかけてきて、その後切り込んでくるわけだから、こちらも同時に弓をつがい鉄砲に火薬を込めたりし、その後かかろうとすればタイミングが遅れて、敵陣に押し入ることが出来ない。 弓・鉄砲を敵が撃ち込んでくるその真っ最中に、敵陣に飛び込むのだ。 早く斬り込んでしまえば敵は矢もつげないし鉄砲を撃つひまもない。 敵がしかけてきたらそれをまともに受けて、その上から敵を踏みつけて勝つ戦術である。 また、一対一の兵法でも、敵が打ち出した太刀の後を受けて打ち込めば、どたばたとした打ち合いとなり、いたずらに長引くばかりである。 敵の打ち出す太刀を足で踏みつける気持ちで、打ち出しの時点で競い勝ち、二の太刀を敵が出せないようにしてしまうのだ。 踏むといったのは何も足だけではない。 身体でも踏み心でも踏み、もちろん太刀でも踏み、二度目の攻撃を封じ込めてしまうようにするのだ。 これが物事の先手を取るという心だ。 敵の攻撃と全く同時にというわけではない。 即座に後を抑えるという心だ。 よく研究して見なさい。 一 崩れを知る 崩れというものは、物事によくある。 何家が崩れる、身が崩れる。 敵が崩れるのも時のめぐりあわせで、拍子が狂って崩れるのだ。 集団の兵法でも敵が崩れる拍子を見抜き、そのタイミングをはずさず追い立てることが重要だ。 崩れるタイミングを見逃せば、また盛り返してしまう。 一対一の勝負でも戦いの最中に、敵の拍子が狂って崩れ目が出てくるのだ。 その瞬間を見逃せばまた立ち直り、新たに攻撃してくるので勝負にけりがつかない。 その崩れ目を捉え敵が体勢を立て直せないよう、確実に追い立てることが大事だ。 追いかけることは直接的で強い攻撃となる。 敵が立ち直れないよう、打ち放すのだ。 打ち放すということをよく考えてほしい。 離れないということは、とかくぐずぐずしがちなのだ。 工夫して見なさい。 一 敵になる 敵になるということは、自分自身を敵の立場に置き換えて考えて見ることである。 世間の例から、強盗が侵入先に立て籠もった場合など、犯人を強く恐ろしいものと考えがちである。 ひとたび強盗の身になって考え直すと、世の中の人すべてを敵に回し、逃げ込んで、にっちもさっちもいかなくなっている気持ちなのである。 立て籠もるのは雉、取り囲むのは鷹なのだ。 よく考えて見なさい。 集団の兵法でも敵を過大評価して、とかく慎重になりがちだ。 よい軍を率い兵法の戦略を熟知し、敵の攻略法がわかっているのなら何も心配はいらない。 一対一の兵法でも敵の身になって考えよ。 兵法を会得し剣の術理にも明るく、この道の達人であれば、敵はきっとかなわないと思っているはずだ。 考慮しなさい。 一 四手を離す 四手を離すとは、敵も自分も同じ状況になり、互いににらみ合って、戦いが膠着してしまっているとき、張り合う心をさらりと捨てて、別の方法で戦局を打開することをいう。 集団の兵法でも四手の状態になれば、戦線が膠着し兵力も損傷するものだ。 一時も早く考え直し、敵の意表をつくような方法で事態を打開することが最優先課題だ。 また一対一の兵法でも四手になっていると思ったら、即座に発想を転換し、敵の状況を見極めて、全く別の手段で思い切って出ることが肝心だ。 よくわきまえなさい。 一 陰を動かす 陰を動かすということは、敵の心中が読めないときにとる手である。 集団の兵法でどうしても敵状が見えない時など、自軍より強く攻撃を開始する振りをして見せ、敵の手の内を見るものだ。 手の内が見えてしまえば、それに応じた手段で勝つのはたやすいだろう。 また一対一の兵法でも、敵が太刀を後に構えたり、脇に構えたりして意図が読めない時、こちらから不意に打ち込む様子を見せれば、敵が本当に使おうとしていた動きが太刀に表れるものである。 事露見すれば、その太刀筋に対応して確実に勝てることがわかる。 ただこのとき油断して、攻撃の拍子がずれないようにしなくてはならない。 よく稽古すること。 一 移らせる 移らせるということは、いろんなものにある。 眠気も移るし、あくびも移る。 時間の経ち方も移るものだ。 集団の兵法で敵が浮き足立ち、決戦を急いでいる様子が見えたとき、全くこれを無視していかにもゆったりと構えてみせる。 敵もそれでは、と感じ気勢がゆるむものである。 この移ったと思われた瞬間、自軍より空の境地で激しく急襲し勝利を得るのだ。 一対一の兵法でも、わざと身体も心もリラックスして見せ、敵が受けてゆるむや否や、強く激しく先手を仕掛けて勝つことが大事だ。 また酔わせるといって、これと似たようなことがある。 ひとつは退屈の心、ひとつは落ち着かなさ、ひとつは弱気。 よく考えてみるように。 一 むかつかせる むかつかせるということはいろいろある。 ひとつにはきわどいという感覚。 ふたつめは無理、無茶。 みっつめは予期せぬこと。 よく考えなさい。 集団の兵法では敵にむかつかせることが大事だ。 敵が予想もしなかった局面で激しくしかけ方針も立たないうちに手段を講じ、先手をとって勝つことが大事だ。 また一対一の兵法でも序盤は余裕を見せておき、急転して急襲するのだ。 敵の心の動揺、心理状態に応じて息をもつかせず、その機を逃さず勝ちに行くことが肝心だ。 よく検討して見なさい。 一 まじる 混じるということは、敵と自分が向かい合い互いに強く牽制しあい、埒が明かないと思ったとき、そのまま敵とあえて混じり合ってしまうのだ。 混じり合ううちにチャンスを見つけて勝つことが大事だ。 大軍でも小軍でも敵味方はっきり分かれ向き合っていたら、双方張り合って勝敗がつかなくなってしまう。 こんなときは敵軍に混入し、どちらが敵だか味方だかわからなくしてしまえ。 混戦時の戦術に従って勝つ方法がわかっているので、こちらが勝つことは必至だ。 よく研究して見なさい。 一 角にさわる 角にさわるという意味は、どんなものでも強く重いものを動かす場合、まともには動かしにくいということである。 集団の兵法では敵の軍容を見て、強兵を配備した戦陣の先端の角に目をつけるのだ。 すべての物事は角が損なわれると全体がそれにつれて損なわれるものだ。 いろいろと損なわれている部分でも、特に角を、角をと狙って勝利を得ることがコツだ。 一対一の兵法では敵の身体の角を傷つけ、身体全体を弱らせ、崩れるようになったらもう勝てる。 これらをよく検討して、必勝ポイントを見極めることが大切だ。 一 うろたえさせる うろたえさせるということは、敵が平常心を保てないようにすることである。 集団の兵法では、戦場で敵軍の心理を分析し、当兵法の作戦を応用し敵の注意力をあちらこちらに分散させ、ああではないかこうではないかと疑心暗鬼に陥らせ、遅いと思わせ早いと思わせ、敵がうろたえたと思うタイミングをはずさず、確実に勝利を得る方法である。 また一対一の勝負では時機を捉えていろいろな技をしかけ、打つと見せ突くと見せ入ると見せては敵がうろたえる気配を察し、自在にあしらって勝つのだ。 これが戦いのコツである。 よく研究しなさい。 一 ひしぐ ひしぐということは、敵が弱いと見たら自分はより強いと思い、圧し潰すという感覚である。 集団の兵法では敵が小勢と見抜いた時、または大軍であっても浮き足立ち弱気になっていると見透かせば、これを圧し潰す。 はなからかさにかかり、ぺちゃんこに圧し潰すのである。 圧し潰し方が半端だとぶり返すことがある。 拳の中でぐしゃりと握り潰すのだ。 一対一の兵法では敵として不足なもの、戦いのリズムが取れないもの、逃げ腰のものなどは、一呼吸も間を与えず目も合わせず一気に叩き潰してしまうことが大切だ。 立ち直れないようにしてしまうことが一番だ。 よく研究して見なさい。 一 山海の替え 山海の心とは同じ相手との戦いで、同じことを何度も繰り返すのは愚策である、ということだ。 同じ失敗はまあ二回くらいは仕方がないとして、三回やるのはバカである。 敵に策を仕掛けて一回目は効かなかったとしよう。 これをもう一回やって見たとしても、最初程度の効果すらも望めないだろう。 この場合全く別の手を不意に仕掛けそれでもダメなら、また違う手を出して見る。 そういうわけで敵が山だと予想したら、海を出し、海と思ったら山を出す。 これが兵法の本道だ。 自分なりによく研究すること。 一 生まれ変わる 生まれ変わるとは、自分と敵が戦い混戦模様に陥り、決着が付かない時、それまでの経緯を忘れ、物事が生まれ変わったように、新しく生まれたリズムで勝利を得ることだ。 生まれ変わるとは、常時敵と自分が不協和音を出していると感じたとき即座に心を一新し、全く別の方策で勝つことだ。 集団の兵法でも生まれ変わるという戦術を認識しておきたいものだ。 兵法の方法論を応用すればすぐさま理解できるだろう。 よく考えて見なさい。 著者について いままでありそうでなかった、いや、本当は有名な古典籍なら、どれについても一冊は普通にあってもよかったタイプの本。 現代人にもさーっと読み通せるように、シンプルに現代語訳しただけの古典。 こういうものにはなかなかお目にかかれない。 普通は、注釈やら何やら周りにいろいろついている、はたまた、翻訳するにしても「訳者による着色済み」というのが普通だ。 確かに、その古典を読んで得た知識を即何かに役立てたいと思うなら、識者の注釈つきで理解するほうが道は早そうだ。 一度で用がすむように思う。 でも、その前段階、つまり「とにかくなんて書いてあるのか知りたい」、「余計な補足知識に目移りしないで、まずはあらすじを知りたい、しかもあまり時間をかけずに…」という欲求だってあるはずだ。 そういうシンプルな要求に応える本だと思う。 もちろん歴史・古典の専門家からすればあまり必要のないことかもしれないし、だったら原典で読めば、という声も聞こえそうだ。 が、原典を読むには時間がない、そんな気力はちょっと……というごくごく一般向けには、このレベルの情報もあったら非常に有難い。 「タイトルだけは知っている」レベルの古典が、面白い・面白くないは別として、少なくとも「あらすじくらいは目を通したことがある」ものに近づくわけだし、とっつきにくいという理由だけで、面白いもの・役立つものが歴史の中に埋もれていくことに比べれば、何の調理もしていないことなど、かえって良心的な気さえする一冊。

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