いぬ なき トンネル。 【閲覧注意】最恐の心霊スポット「犬鳴トンネル」へ潜入…『犬鳴村』は実在した<写真36点>

犬鳴村の正体とは!?旧犬鳴トンネルに行ってきた!

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日本国内には実に多彩な奇妙な伝説がある。 今回はその中から一つ、「犬鳴村伝説」について紹介します。 福岡県某所にあると言われる犬鳴村。 伝説によるとその村は「外の世界から遮断され、なおかつ日本国憲法の通じない村」とされている。 その村に伝わる伝説にはこんなものがある。 「入った者は出られない」 「罠が仕掛けられている」 「罠に掛かると村人達が斧を持ち追いかけてくる」 「あるカップルの行方不明事件」 「携帯の電波は届かない」 「地図には載っていない」 「日本国憲法は通じないと書かれた看板」 実に様々な伝説、そしてそのほとんどが奇妙なものばかり。 現在は国内屈指の心霊スポットとされているがその真偽は分からない。 ただこのように実際に行ってきたとする人によってセダンや看板など噂や伝説として語り継がれている。 今回はそんな犬鳴村の伝説、その真実に迫ろうと思う。 福岡県の山奥、犬鳴村に続く道に「犬鳴峠」という場所が存在する。 その峠からさらにトンネルを進んだ所にこの犬鳴村が存在する。 そもそもの「犬鳴」とは一体どういった意味なのか。 それには諸説あるようですが、一説にはこう言われています。 「犬でも超えることが難しいほどの深い山。 その深さに思わず鳴いてしまうほどだった」。 この犬鳴村に続くトンネル、通称「犬鳴トンネル」は今では不法投棄などの問題で閉鎖されています。 そしてその入り口もコンクリートが積み上げられるなど通行不可になっており、そのせいかその場所が日本屈指の「心霊スポット」として取り上げられてきました。 噂によると、一台のセダンが乗り捨てられているとの声も。 このセダンはこの付近で行方不明になったカップルが乗っていたと考えられています。 犬鳴トンネルの入り口がコンクリートブロックで封鎖されている画像は一度は見た事があるかもしれません。 さらにこの犬鳴村は、福岡県にあるとされながら地図からもその存在を消されているといいます。 ここから実際に行ってきたとする方達の犬鳴村にまつわる伝説を細紹介していきます。 感染症患者を匿ったことで孤立化が進んだ犬鳴村。 現在では日本国憲法など国家権力が力を加えることができない「特別保護区」とされている。 それはこの村が「避け地」となったことにも由来する。 「避け地」とは現在ではあまり馴染みのない言葉です。 かつて日本全国に存在したこの「避け地」とは伝染病隔離地域とされ、日本政府から保護されてきた地です。 食料などの必要な物は定期的に運ばれ提供されていました。 しかし戦争に伴ってその地域は見捨てられたと言います。 避け地として感染症患者を匿うために、他の人間を入れないよう看板が置かれたと言われています。 現在ではこの真実は隠ぺいされてしまっています。 極秘事項として扱われ一部の人間しかしらないようです。 犬鳴村に語り継がれる伝説には必ずと言っていいほど「セダン」が登場する。 それは犬鳴トンネルに放置された一台のセダンのことを指しています。 このセダンはかつてこの地に訪れた若いカップルが乗っていたと言われているものです。 カップルはこの地でセダンを置いたまま姿を消してしまいました。 噂では近くで死体となって発見されたとも行方不明のままとも言われています。 どちらにせよ奇妙な事件です。 犬鳴村にはこのような事件の噂が後を絶ちません。 「村の中のプレハブ小屋に殺した人間の死体が積み上げられている」「面白半分で村に入り惨殺」など。 事件として取り上げられたのかは定かではないが、そんな恐ろしい噂は数知れず。 犬鳴トンネルの入り口にはそうして面白半分で入れないようにコンクリートが積み上げられています。 上で紹介した有名な画像です。 そして犬鳴村の入り口には「この先日本国憲法通用せず」と書かれた看板が。 こうして無暗に入ってくる人間を防いでいるのでしょうか。 既に上でも紹介している犬鳴村の名前の由来。 これにはもう一つの説があるのです。 その猟の最中、あまりにも犬が鳴きわめくので頭にきた男はその犬を撃ち殺した。 しかしその後ろには巨大な蛇が渦巻いていた。 犬は危険を知らせていたのだ。 男は銃を捨て犬のために僧侶となる。 それからその山は「犬鳴山」と呼ばれるようになる。 他の噂もまた江戸時代に遡ることが多いことから、犬鳴村伝説の歴史の深さを感じることができます。 それが現在まで語り継がれるのは、やはり事件か事故かそれ以上か、日本国憲法が通じない、外界と遮断するとされる何かしらの理由があるのでしょうか。 伝説自体は江戸時代から存在する。 ではその後看板しかり有名な画像のようなコンクリートはいつから存在するのか。 これまでにたくさんの挑戦者が犬鳴村へと「行ってきた」、とその体験談を報告しています。 たしかに犬鳴村は地図になく、入り口に「日本国憲法は通じない」と書かれているようです。 セダンや看板の目撃談も多くあがっており、トンネルを中心に心霊現象を体験した報告も挙がっています。 福岡県にある日本屈指の心霊スポット。 行ってきたとし報告を挙げる数が多ければ、その真偽を問う数が多くなるのも当然。 その場に行ってきた人間にしか分からないこともあるかと思います。 ここまでの行ってきたという体験談や心霊現象、伝説を読みそれでも行きたいという挑戦者がいるのもまた事実。 好奇心は知れば知るほど高くなるものです。 しかしこの犬鳴村、現在地図に書かれていない理由が存在します。 それは「ダム」の存在です。 日本屈指の心霊スポット、とはいえ犬鳴村伝説と言われてもピンとこない人もいるかもしれません。 実は福岡県では言わずと知れた心霊スポットで、誰もが知るいわくつきの場所です。 地図になり、日本国憲法が通じないと書かれた看板そしてセダンなど、犬鳴村と言うとすぐにいくつかのワードが飛び出します。 過去にテレビなどメディアで度々取り上げられているほど有名なスポットなのです。 しかし、実際にメディアで取り上げられるのは犬鳴村ではなく犬鳴峠、または犬鳴トンネル。 何故犬鳴村まで行かないのかと、心霊ファンはいつもやきもきしているようです。 その理由の一つとして挙がったのが「圧力」。 それが政府からなのかどこからなのか分からないが、何かしら圧力がかかりそれ以上の詮索をしないというのです。 確かにこれだけの「セダン」や「日本国憲法~」の看板など、現在に至るまで多くの目撃情報が後を絶たないのに疑問が残ります。 実際に犬鳴村は存在し、地図から消した上で何かしらの圧力をかける。 それは今もなお江戸時代からの風習が続く犬鳴村の存在を現しているような気になってしまいます。 数々の事件の噂、セダンや日本国憲法~の看板、地図に載らない村「犬鳴村」。 たくさんの噂や伝説は本当に実在するのでしょうか。 福岡県の鞍手郡という場所にその「犬鳴村」が実在していたことは事実のようです。 しかしながら現在はその村自体が合併することで名前を変えています。 しかし2006年の村の合併で「宮若市犬鳴」が誕生。 現在もなお犬鳴の名前が入った地名としてその名残を残しています。 ではセダンや日本国憲法~の看板などはどうなっているのでしょう。 これはおそらく、なんらかの事件もしくは事故が発生した時に犬鳴村の過去の話しと合体させ、奇妙な話にしてしまったのでしょう。 そうして噂が噂を呼び現在の心霊スポットとなったのではないでしょうか。 実際にかつて犬鳴村はあった場所はダムの底に沈んでいると言います。 実際にあったとする看板も沈んでしまっているかもしれません。 実際に存在する犬鳴村の詳細を語った文献には、酷い差別や外部との遮断による自給自足などの記述は載っていません。 江戸時代から存在することは確かながら伝説の数々は存在しないことが分かります。 福岡県のこの地域で起きた事件と犬鳴村を合わせることで、誰かが奇妙なものを作り上げたのです。 心霊スポットというものは最近人気に火が付いた、というものではありません。 この犬鳴村が長い間福岡県をはじめとしたマニアの中でも有名なのは、やはり昔からそういう伝説があったからでしょう。 そして実際にこの村と関わっているかでは定かではない事件とを結び付け、恐怖と好奇心で伝説を作り上げていってしまったのではないでしょうか。 福岡県の山奥地図には無い村、日本国憲法の通じない地域、どこかで起きた事件。 人間なら好奇心を掻き立てられるのも無理はありません。 しかし火のない所に煙は立たぬ、というように絶対に無いとは言い切れないのが都市伝説の恐ろしくも面白い所。 実際に行くのは自身の勝手ですが、くれぐれもお気を付けくださいとだけ言っておきます。

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犬鳴村 (映画)

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福岡の都市伝説としてあまりにも有名なのが 犬鳴峠。 犬鳴峠にある犬鳴トンネルの入り口にある電話ボックスには幽霊が立っている事があるとか。 電話ボックスの受話器を取るとお金を入れてないのに声が聞こえるなど、犬鳴峠に噂は尽きません。 ある人の話を紹介します。 福岡県福岡市から空港へ向かう途中に犬鳴峠はあります。 その日、大学生だった彼らはドライブへ行く事にしました。 中州でラーメンを食べ、いざドライブとなったときにどこへいく?という話題になりました。 「犬鳴峠はどうか?」 誰かが言いました。 恐がりの友達は「そんな所には行きたくない」と言いましたが場の雰囲気もあって犬鳴峠へドライブへ行く事にしまいた。 車は7人乗りで友人5人が乗車しました。 犬鳴峠へ向かう途中の道でも恐がりの友達はいやだ、いやだと言っていましたが余、私は気にしていませんでした。 犬鳴峠へ入るところに犬鳴川という川があります。 途中、犬鳴川にさしかかったところから変な空気を感じました。 胃が気持ち悪いというか、吐き気のような気分を感じ一瞬、車酔いかな?と思いましたが、今まで車を運転していて車酔いになった事はありません。 ドライバーが酔ってしまうなんてあまり聞きませんし、1時間くらいしか運転してないのでそんなに疲れているわけでもありませんでした。 これは何か変だ。 と直感的にわかりました。 他のメンバーも私と同じような空気に気づいているらしく、みんな黙り込んでいました。 「ねえ、引き返さない?」誰かが言い出しました。 私はもちろん賛成で来た道を戻る事にしました。 無言でUターンしそのまま来た道を引き返しました。 しばらく走ると、ある事に気がつきました。 来た道と違う。 なぜか、一本道を引き返したはずなのに知らない道を走っていました。 そして、目に入った光景に愕然としました。 そこには犬鳴川があったのです。 友人たちも唖然としていました、「ちょっと休もうか。 トイレとか無い?」怖がっていた友達が言いました。 途中で車を停め、トイレ休憩をする事になりました。 その時、なぜか寒気を感じました。 車の空調は変えていないのにとても寒いのです。 季節は8月。 風邪を引いたときの悪寒という感じでいやーな汗がにじみ出てきました。 そして、トイレに行きたいと言っていた友達がいつまでたっても車から出ません。 「もれるんじゃない?」冗談まじりにいうと、友人は青ざめた顔で森の中を見ていました。 なにかあるのか?そう思って森を見るたとき、今までの悪寒の正体に気がついてしまいました。 森の中から無数の青白い顔がこちらをみているのです。 それは、人間では無い事は一瞬でわかりました。 完全に生気のない20人くらいの人の顔がこちらをぼんやりとみているのです。 彼らの視線が私の悪寒の原因でしょう。 私は無言で車を発車させました。 そこから先はどうやって帰ったのかも覚えていませんがなんとか市街地まで帰ってくる事ができました。 ほっと一息ついて、友人たちと車から出て一服しました。 「いやー、予想以上にやばかったね!」 「もう2度といかんほうがいいね」 「だから言っただろ!?」というような会話をしました。 みんなホッとしている様子でした。 話している時、ふと車のボディを見ると赤いペンキみたいなものがついていました。 あれ?気づかない時に擦ったかな?と思いそれをよく見ました。 そこには赤い手形がついていました。 友達には言えず、その日はそのまま帰りました。 手形は簡単に拭き取る事ができたので、ペンキや車の塗料では無い事がすぐにわかりました。 あの日の出来事は今でも忘れられません。 あの青白い顔と赤い手形は我々への警告だったのでしょうか?.

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犬鳴山トンネル

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心霊スポットといて「犬鳴峠」は有名ですよね。 いろんなYoutuberが「 犬鳴峠行ってきた」という動画をあげていますね! 犬鳴峠の由来は諸説ありますが、以下が代表的な説です。 ・狼が谷の滝を越えられなくて鳴いた。 ・峠道があまりにきつくて犬が鳴いた。 ・古代時代に稲置の境界線にあったから。 犬鳴峠の由来はこの他にもいろいろあるのですが、公式には以下が通説になっています。 【地名】江戸時代の資料である『筑前名所図絵』によると犬鳴の地名の由来が次のように書かれています。 『犬鳴山で猟師が犬をつれて猟をしていた。 犬が激しく鳴き続けるので獲物がとれぬと、この犬を鉄砲で撃ったそうな。 ふと上を見上げると、1丈5、6尺 約5m 程の大蛇が姿をあらわした。 犬が鳴いて危険を知らせたものを、誤って撃ったことに猟師は後悔した。 猟師は鉄砲を捨てお坊さんになり、この山に犬の塔を立てたそうな。 それから犬鳴という』 犬鳴ダム 説明板より 江戸時代から伝わっている昔話が犬鳴峠の名前の由来になっているんですね。 いずれにせよ、読み方は「 いぬなきとうげ」です。 名前がすでに不気味さを醸し出していますよね。 犬鳴峠とは 福岡県久山町にある有名な心霊スポット。 ここには「犬鳴峠付近には朝鮮人村があり、そこに近づく日本人は殺された」「人が焼き殺された」「『 この先、日本国憲法通じません』と書かれた看板がある」などさまざまな伝説があり、 九州で一番アブナイとも言われるスポットです。 九州で最も危ない心霊スポットってやばそうですよね。 福岡県の犬鳴峠(トンネル)・犬鳴村は現在の地図上の場所はどこ? Wikipediaでは犬鳴峠の場所は以下のとおり。 犬鳴峠は、福岡県宮若市と同県糟屋郡久山町との境を跨いで存在している峠である。 コチラは新しい犬鳴峠、犬鳴トンネルの写真です。 ここでは事件は起こっていません。 危ないと言われているのは旧道の方です。 旧犬鳴峠、犬鳴トンネルはコチラです。 本来ここは国道〇号線と書かれるべきところ、グーグルマップにはなにも表示されていません。 また現在、 トンネル内への侵入はブロック塀があるためできません。 ブロック塀の落書きは若者のいたずらです。 旧犬鳴峠はいわくつきの場所なので、若者の好奇心を掻き立てるのでしょう。 このトンネルは閉鎖されていますが、一部内部の写真が出回っています。 ただならぬ、雰囲気が漂っていますね。 実際、1988年に知的障害の青年と以前から青年と顔見知りであった不良グループの間で事件があり、裁判にまでなっています。 あることないこと噂が広がり、現在でも肝試しに犬鳴村に行く若者は絶えません。 犬鳴峠旧道の・犬鳴村の「白いセダン」看板は嘘? 犬鳴峠旧道の・犬鳴村には以下のような噂が出回っています。 トンネルの前に「 白のセダンは迂回してください」という看板が立てられている。 入り口から少し進んだところに広場があり、ボロボロのセダンが置いてある。 またその先にある小屋には、骸が山積みにされている。 実はこの噂は完全に嘘の情報です。 トンネル前にはブロック塀があり、入れなくなっています。 犬鳴村の「日本国憲法」の看板は嘘? 犬鳴村については以下のような噂があります。 村の入り口に「 この先、日本国憲法は適用しません」という看板がある。 この噂も嘘です。 そもそも日本国憲法って国民を悪い政治から守るという側面を持っているので、村人のためにもあったほうがいいのに。 と個人的には思います(笑) 「法律適用しません」ならまだ意味がわかるのですが、、、、 ともかく、こういった看板は一切ありません。 いわくつきの場所であるので、こういった根も葉もない噂が出回るのでしょうね。 犬鳴村の村人は?犬鳴村は朝鮮人村?真実?嘘? 「犬鳴峠のほど近くに、以前は村がありました。 その村の名前は犬鳴村で、 現在はダムの底に沈んでいて、住民は別の地域に引っ越した」 という噂が流れています。 ・旧道の犬鳴トンネルには柵があり、乗り越えたところに紐と缶の仕掛けが施されていて、引っ掛かると大きな音が鳴り、斧を持った村人が駆けつける。 「村人は異常に足が速い」と続く場合もある。 ・全てのメーカーの携帯電話が「圏外」となり使用不能となる。 また近くのコンビニエンスストアにある公衆電話は警察に通じない。 犬鳴村について、Yahoo!知恵袋に質問・回答がありました。 以下、質問です。 犬鳴村の事で質問です。 2017年現在、犬鳴村の村人は生きているのでしょうか? 地図で徹底的に調べましたが、古い車?が3台停まっていました。 車は、犬鳴峠を通らないと行けないですから。 あと、 猫塚峠もあるそうですがどんな場所でしょうか? 以下、回答です。 犬鳴村と言う村はありません。 私の母親が犬鳴出身です。 犬鳴谷村は元禄四年(1691)に福岡藩庁が犬鳴に存在していた藩有林の管理と保全のために御譜代組足軽数十家に移住を命じ、篠崎文内と言う人物が庄屋兼足軽組頭に任命されたことで成立した村でしたが、明治二十二年(1889)近隣の乙野・脇田・小伏・縁山畑と合併して吉川村を発足。 犬鳴谷は吉川村の一集落となり、吉川村は昭和三十年(1955)若宮町と合併。 その後、 平成の大合併により若宮町は宮田町と合併し 宮若市を発足させました。 現在、犬鳴は宮若市犬鳴になっています。 犬鳴の住民は昭和六十一年、県営 犬鳴ダム建設のため、ほとんどの家が脇田区へ集団移転しました。 猫塚峠ではありません、猫峠です。 猫塚は宮若市と糟屋郡篠栗町の境にある峠で福岡県道92号宗像篠栗線が通過しています。 噂されるような心霊現象や怪奇現象などはあり得ないところです。 コチラは犬鳴出身の母親を持つ方からの回答ですね、 まとめると、、、 ・「 犬鳴村」という村は存在しない。 ・犬鳴谷村という村はあったが、名称変更や合併を繰り返し、最終的には平成の大合併で現在は「 宮若市」 という名称になった。 犬鳴村はいわくつきの場所のため、嘘と真実が入り混じっているようです。 それでは Have a nice day!!

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