高田誠 桜井誠。 — 売国有罪~売国自民党の不都合な真実〜

[mixi]桜井こと高田誠会長の一千万円横領疑惑

高田誠 桜井誠

桜井誠とは、• 「()」元。 「」の、「e」の。 の挿絵画。 童話「長くつ下の」など、児童書や絵本の挿絵を多く残している。 ・「」に登場する。 概要 桜井誠 基本 本名 居住地 生年日 役職 党首 本名はで、桜井誠は。 元々は" Doron"を名乗って「」()を中心に活動する一介のに過ぎなかったが、「不思議のの」のやへの出演、本の執筆などを経て次第に台頭。 にを結成。 的な思想を持つ・の排斥を訴える過な言動で一部のの心を掴んだ。 史の専門を自称しているが、学術的な実績はで、それどころか も籍も読むことができない。 はを除籍、をしている。 「桜井誠」という名前はに出版した初の著書「流 実践」で名乗ったであり、本名は ( )。 また「ジェャン」への出演時には「」という名前を名乗っていたが、によるとこれは番組側が用意した名前だったという。 経歴 活動家になるまで 生まれ。 子庭で育つ。 下にがいる。 後はの学費を稼ぐために就職。 役所の臨時勤務職員として働いた。 "Doronpa"の登場 は遅くともには" "というを、中央日報ので活動に勤しんでいたことが確認されている。 頃にはの「EN 」()に移り、これ以後" Doron"ので活動するようになった。 翌からは「Go 」のにも進出している。 当時のは雄弁なーとして知られ、も一存在していたものの、おおむね好意的に評価されていた。 にはなどでの文をまとめた「不思議のの」や「生」を開設しており、こちらも好評を博した。 こうして徐々に名を高めていたに大きな転機が訪れる。 、の「ジェャン」にとして招待され、で論を打つ機会にたのである。 また同から定期的にの番組で起用されるなど、次第にひとかどのとされるようになっていった。 東亜細亜問題研究会時代 頃、は右系団体「 問題研究会」(より「 」に称)を設立、に就任する。 同年には同団体の催でウム「するの」を開催し、約人の聴衆を集めた。 その後も定期的にウム・講演会・勉強会などを開催し、集まったの同士たちとの結び付きを強めていった。 また同年から配信を始めていたのに会のを起用し、にはらと分担執筆したを出版している。 自身もこの頃から執筆活動に勤しむようになり、に初の著書「流 実践」を出版。 これを機に「桜井誠」のを使い始める。 以後も断続的に執筆活動を続け、遊舎やから計6冊の著書を出版したほか、の「論」や遊舎の、の右系向け論壇誌「」などにたびたび寄稿している。 在特会結成後 に「 」( )を旗揚げしに就任。 的思想を持つ様々な勢に対する・宣等の集団示威行動を・実行し、弁舌をって敵対者をしく口撃し、参加者を盛り上げていった。 またこれらの活動の様子を収めたをやにしたことで一躍有となり、一部のの一人へと上り詰めると共に、「」のとして多くの追随者を生みだしていくことになった。 他方で、会員や参加者らの活動が違法行為となるが増加。 にされ、自宅を宅捜索されるなどの不利益を被ったほか、には自らが左系勢への暴行容疑でされ、2日間勾留された(実際は口論だけだった為、嫌疑不十分で不起訴)。 またが児童を不法占拠したために起こった事件の民事訴訟でに約0万円の賠償が命じられた際には、控訴供託の一部を自で支払うなど的なも受けた。 在特会除籍後 、はを辞任し、を除籍した。 その後の活動は• 団体「」の立ち上げ• 、「」をし、に立補(約11万票で惨敗) とからを志向するようになり、上記のの後は「」を結党し同の党首として活動している。 エピソード• とが好物で、でを傾けることも多い。 気味であることからに勤しんでいるが、リンドもあって失敗している。 が「をリンドさせよう」「のリンド成功万歳」という表題の懇親会を開いたことも(最近は痩せてきており、参加者が「の秘は?」と聞くと「を1時間すると1キロ痩せます」との事)。 「太」という名前のを飼っている。 訴訟 「」にもあるように過な発言・を行いがちであることから、対立する的立場を持つ人々からは非難されることも多く、また逆に自らがそういった人々を非難することも多い。 そういったそれぞれの非難がした結果、訴訟沙汰となったことが複数回ある。 これらの訴訟の結果は、「どういった言動が法廷においてとされるのか」「を行った人物への非難は、どの程度までが通念上許されうるのか」などを示す、重要な判例となっている。 2014年~2017年 VS. 李信恵 、でありャーストの「」が、の発言等で名誉を傷つけられたとして、らに対して訴訟を起こした。 訴えによれば、はに対して「 立てば,座ればどて,姿はドクダミ」「 の生えた,世にもめいでございますのでね」「 が撒き散らしている虚言」「結果としてへの嫌悪感がより広がっているように思います」「 みなさん,のね,でしてね」「 が嫌いで嫌いで仕方ないは,そののです」「 みたいな顔をしてこっち睨むんじゃないよ」「 の顔の方がよっぽど怖いよ,たれが」「 の」といった容姿や人格を貶めるような発言を執拗に繰り返したとのことであり、裁判所はにこれらの言動をおよび侮辱と認め、らにへの賠償を命じた。 さらにこの裁判では、がに対して「 弱い者が好き」「 あれだけ人のを利用できるのは才」などと発言していたことや、がの活動を「 嫌がらせ」と表現していたことなどからからのに対する反訴も行われていた。 しかし裁判所の下した判決文では、のこれらの発言に関して、 これらの発言は,被告Y2が に対する意識を世間に植え付けるため宣活動等を行っているというを基礎とした原告の意見ないし論評にあたるところ, 上記基礎がであることは被告Y2自身が認めるところである。 そして,原告の上記発言は,被告らによるに対する排斥活動がいわゆる等としてとなっていることに関する意見ないし論評であって,共の利に関するに係り,かつ,その的が専ら益を図る的にあったと認められる上,その表現内容が人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評の範囲をするとはいえないから,いわゆる 正な論評として違法性が阻却されるというべきである。 という判断が表明され、側の発言の違法性は認められなかった。 らは控訴したが、に高裁は「容姿を貶める表現が使われ、との複合に当たる」とも表明して一審の地裁の判断を支持。 さらにらはこの高裁判決を不として上告を試みたが、にはが上告を棄却。 らの敗訴が確定した。 2016年~2018年 VS. 有田芳生 、の「」が自らのにてについて以下のようなを行った。 「 存在そのものが=煽動そのもの」「 に寄生して生活を営んでいる」などという非常にしい非難を含むこのに対して、は名誉を毀損されたとして訴訟を起こした。 しかしその後、地裁ではが・新などでをする発言をしたことを挙げて「の導的、中心的役割を果たし、的にがあった」と。 氏のの違法性を否定しての訴えを退けた。 は控訴したが、には高裁においても以下のようなかなり刺的な判決文が出され、の訴えが退けられた。 本件のうち,本件発言1は,大要「 控訴人の存在が=煽動そのものです。 」 との記載であり,本件発言2は,本件発言1に続けて, 「 に寄生して生活を営んでいるのですから論外です。 」との記載であること (中略) 本件発言1及び本件発言2の記載は,控訴人がこれまでや行動の活動を通じて 及びに対するやを扇動する言動を繰り返しており,同 や的扇動の中心的ないし徴的存在であり,同や的扇動による収入に依拠して生活を営んでいるものであるとのを摘示しているものと解することができる。 (中略) 本件発言1について,その発言が前提とするの重要な部分について であると認められる。 また,本件発言2についても,控訴人がその生活を営むに際しての収入及び収入額について詳らかでない点はあるものの,控訴人において,その収入の大部分が「」などの著作物の印税によることを自認しているところ,同著作物は控訴人の言論活動において中核を占めるものであって,や的扇動と関係がないとはいえないから,結局のところ,その発言が前提とするの重要な部分について であると認められる(また,仮に,そうでないとしても,被控訴人において であると信ずるにつき相当な理由があると認められる。 はこの高裁判決を不として上告を試みたが、同年中にはその上告を棄却したため、の敗訴が確定した。 外部リンク• - 旧()• ー 脚注• しかし人が悪い、そのが悪い、が悪い、偽が悪いとしてその行為を続け法ができた。 もしになれても暴言や非な行為で大衆の支持を失って支持者と共に民が悪いと言いながら消えていくと思う。 よりも自分自身と戦わなければいけない。 このままだとは詰んでいる。 しかしニッチ戦略としては彼は組織を維持し正しくは得れるのかもしれない。 ただそのためにチンピラのように喚き迷惑行為をしをあげを、純な人を騙し続けているのであればそれは許すことはできない。 3991 ななしのよっしん.

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安田浩一は桜井誠の「母親」をどう描いたか?そこには通俗的な左翼倫理主義者の傲慢な差別意識はないのか?桜井誠の母親は、北九州の盛り場の片隅でスナックを経営していた。(続く)

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メールやレポート 学生 は、次の「メールフォーム」から送信してください。 は、の母親が経営していたというスナックを探し出し、今は別の人が経営している店舗まで取材している。 まことに見上げた取材力と調査力だが、しかし、そこに現場主義の限界と欠陥も明かである。 現場主義にこだわる人は、取材対象にこだわり過ぎるあまり、その背後にあるもっと本質的なものへの探究心を見失うからである。 目前に現れた現実の風景や人間に振り回されるからである。 は北九州で取材して、炭鉱町の栄枯盛衰を表面的にしか描いていいない。 その背後に隠れた問題に、目を向けていない。 が、何故、在日韓国・の問題、いわゆる「在日問題」や「」を執拗に告発しているのか、という問題を、十分に分析・解明していない。 北九州に、「村」があったとか、「学校」があったとか、表面的な知識を披露するだけだ。 北九州は炭鉱町であったが、それだけではない。 そこは「炭鉱労働者」の町だった。 強制連行 徴用 されてきた炭鉱夫。 それを雇い、過酷な労働を強いて、莫大な利益を上げていたのがの一族 麻生炭鉱 であり、NHK会長の籾井某の一族 籾井炭鉱 だった。 言い換えれば、「在日朝鮮・韓国人問題」の原点の一つが、ここにある。 は、という貧しい少年に固執するあまり、の背後の闇の部分を見ていない。 《私は高校時代の高田が住んでいた八幡西区の住宅街を訪ねた。 学校からさほど離れた場所ではない。 高田の実家は、すでに人手に渡っていた。 この土地に係累は残っていない。 は大分前から家を離れ、スナックを経営していた母親は13年に亡くなっていた。 高田が東京に出てむしぱらくは彼の弟夫婦が住んでいたというが、現在は県内の別の場所へ転居している。 近隣住民の多くが、高田のことを覚えていた。 ただし返ってくるのは「目立たない」「おとなしそう子」といった通り一遍の言葉でしかない。 高田家とわずかに交流を持っていたという主婦だけが、こめかみに指を当てながら、彼に関する記憶を無理やりに絞り出してくれた。 》 『ネットと愛国』 は、何故、「在日」や「」に執拗にこだわるのか?何故、在日問題に敏感なのか?そして同時に、の「在日」論や「」論は、それなりの説得力と影響力を持つのか?の『ネットと愛国』は、を批判するだけで、の内部の思想心理、つまり「思想の生理学」の分析がない。 何故、が現在のになったのか、の問いがない。 その思想の生理学の分析・解明がない代わりに、周辺情報や暴露情報を集めていくだけだ。 《朝鮮高校の最寄り駅であるから二駅ーーjr近くの飲み屋街を私は歩いた。 13年前に亡くなった高田の母親は、その一角にある雑居ビルのなかで、スナック『たそがれ』のママをしていた。 『たそがれ』のあった場所には当然ながら他のの店が入り、高田の母親を知っている者はそこにはいなかった。 》 《ママや近所の人のの話など総合すると、地元でアルト生活を送っていた高田が上京したのは1997年、彼が20代半ばのときだったという。 町工場や古い住宅が軒を連ねる東京の下町で、高田は家賃3万5000円のアパートを借り、警備員の仕事に就いている。 「無口で目立たない男」だった高田が、カリスマ「」として世間から注目を集めるようになるのは、それから10年の月日を要する。 》 私は、以上の文章を読んで、生理的嫌悪感と激しい怒りと不快感を感じた。 書き写しながら、私は、自分の母親のことを思っていた。 母親とその職業。 誰にも触れられたくないし、また触れたくもない存在の秘部である。 は、の社会的信用をなくすために、の母親の職業を持ち出している。 土足で踏み込んでいる。 文体に愛情がない。 無能な左翼ライターの大衆蔑視の文体である。 私は、「私はである」と思った。 さて、とは何か。 「お前は、何処の馬の骨だよ」「の母親とは何者か?」と思った。 の悲しみと喜び、そして屈辱と怒り、それは平均な日本人の悲しみと喜び、そして屈辱と怒りであろう。 の背後には、や左翼文化人、東京のインテリ等がいるだろうが、の背後にも、無数の「名もなく、貧しい日本人」がいるだろう。 《高田は高校卒業後、しばらくは地元でアルト生活を送っていたという。 その後、今から15年ほど前に東京へ移った。 》 私は、の文体に、差別的な倫理主義者の視線と文体を感じる。 場末でスナックを経営経営してママを勤めていたというの母親のこと。 高卒後、定職もなくアルト生活 、そして上京。 東京の下町の貧しいアパートに住み着く。 そして、何年かののちに、「」の「」として注目される。 ふと、作家のやのことを思い出した。 も、高卒で上京、大学進学を諦め、アルト生活を続けながら、同人雑誌で小説修業に励む。 《自分からは本名や経歴を一切明かさず、正体が謎に包まれていることも、なおさら彼の゛神格化゛に力を貸している。 しかし、昔の級友たちが語る「高田」は饒舌どころか、その存在すら疑われるあやふやな印象しか残していない。 当時の高田が外国人の排斥を主張した場面など誰の記憶にもになく、むしろ彼自身が「排斥」されていたのではないかんと思わせるような人物像しか浮かび上がってこない。 》 《実家のあった地域は、九州でも有数の集住地区に隣接している。 地元の人によると、この近くには1950年代まで「朝鮮部落」と呼ばれる小屋の並ぶ一帯があったという。 その後、の建設によって街路は整備され「混在化」も進んだが、現在でもが多く住む場所として知られている。 九州にただ一つある朝鮮高校も至近距離だ。 》 とは違って、私は、「米田」という「」幹部が語ったという次の文章にこだわる。 は、軽く聞き流しているが、ここに本質的な問題の指摘と分析がある。 《そこで米田は一呼吸置くと、私を正面に見据えたうえで一気呵成にまくしたてた。 「我々は一種のを闘っているんですよ。 我々の主張は特権批判であり、そしてエリート批判なんです。 」(中略) 「だいたい、左翼なんて、みんな社会のエリートじゃないですか。 かつての運動だって、エリートの運動にすぎませんよ。 あの時代、大学生ってだけで特権階級ですよ。 差別だ何だのと我々に突っかかってくるなんかも十分にエリート。 あんなに恵まれている人たちはいない。 そして言うまでもなくマスコミもね。 そんなエリートたちが在日を庇護してきた。 だから彼らは「」には目もくれない。 》 「」や「」は、左翼エリートという特権階級を批判しているのだ。 階級の人間たちとの「」を闘っているのだ。 は、「」や「」を批判・冒涜することによって、左翼エリートという特権階級に迎合し、媚びを売っているのだ。 あわよくば、自分も、左翼エリートという特権階級に仲間入りしたいと。 戦後日本で、「左翼」が、「左翼エリートという特権階級」を形成してきたことを指摘し、批判・攻撃したのは、やだった。 の「批判」の思想は、やの「戦後左翼批判」につながっている。 だから、強いのだ。 メルマガ『週刊・』 月500円 でお読みください。 安倍政権の正体を知りたければ、これを読むべし。 最近の日本の「保守」は「エセ保守」ばかり。 有料『週刊・』 月500円 でお読みください。

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メールやレポート 学生 は、次の「メールフォーム」から送信してください。 は、の母親が経営していたというスナックを探し出し、今は別の人が経営している店舗まで取材している。 まことに見上げた取材力と調査力だが、しかし、そこに現場主義の限界と欠陥も明かである。 現場主義にこだわる人は、取材対象にこだわり過ぎるあまり、その背後にあるもっと本質的なものへの探究心を見失うからである。 目前に現れた現実の風景や人間に振り回されるからである。 は北九州で取材して、炭鉱町の栄枯盛衰を表面的にしか描いていいない。 その背後に隠れた問題に、目を向けていない。 が、何故、在日韓国・の問題、いわゆる「在日問題」や「」を執拗に告発しているのか、という問題を、十分に分析・解明していない。 北九州に、「村」があったとか、「学校」があったとか、表面的な知識を披露するだけだ。 北九州は炭鉱町であったが、それだけではない。 そこは「炭鉱労働者」の町だった。 強制連行 徴用 されてきた炭鉱夫。 それを雇い、過酷な労働を強いて、莫大な利益を上げていたのがの一族 麻生炭鉱 であり、NHK会長の籾井某の一族 籾井炭鉱 だった。 言い換えれば、「在日朝鮮・韓国人問題」の原点の一つが、ここにある。 は、という貧しい少年に固執するあまり、の背後の闇の部分を見ていない。 《私は高校時代の高田が住んでいた八幡西区の住宅街を訪ねた。 学校からさほど離れた場所ではない。 高田の実家は、すでに人手に渡っていた。 この土地に係累は残っていない。 は大分前から家を離れ、スナックを経営していた母親は13年に亡くなっていた。 高田が東京に出てむしぱらくは彼の弟夫婦が住んでいたというが、現在は県内の別の場所へ転居している。 近隣住民の多くが、高田のことを覚えていた。 ただし返ってくるのは「目立たない」「おとなしそう子」といった通り一遍の言葉でしかない。 高田家とわずかに交流を持っていたという主婦だけが、こめかみに指を当てながら、彼に関する記憶を無理やりに絞り出してくれた。 》 『ネットと愛国』 は、何故、「在日」や「」に執拗にこだわるのか?何故、在日問題に敏感なのか?そして同時に、の「在日」論や「」論は、それなりの説得力と影響力を持つのか?の『ネットと愛国』は、を批判するだけで、の内部の思想心理、つまり「思想の生理学」の分析がない。 何故、が現在のになったのか、の問いがない。 その思想の生理学の分析・解明がない代わりに、周辺情報や暴露情報を集めていくだけだ。 《朝鮮高校の最寄り駅であるから二駅ーーjr近くの飲み屋街を私は歩いた。 13年前に亡くなった高田の母親は、その一角にある雑居ビルのなかで、スナック『たそがれ』のママをしていた。 『たそがれ』のあった場所には当然ながら他のの店が入り、高田の母親を知っている者はそこにはいなかった。 》 《ママや近所の人のの話など総合すると、地元でアルト生活を送っていた高田が上京したのは1997年、彼が20代半ばのときだったという。 町工場や古い住宅が軒を連ねる東京の下町で、高田は家賃3万5000円のアパートを借り、警備員の仕事に就いている。 「無口で目立たない男」だった高田が、カリスマ「」として世間から注目を集めるようになるのは、それから10年の月日を要する。 》 私は、以上の文章を読んで、生理的嫌悪感と激しい怒りと不快感を感じた。 書き写しながら、私は、自分の母親のことを思っていた。 母親とその職業。 誰にも触れられたくないし、また触れたくもない存在の秘部である。 は、の社会的信用をなくすために、の母親の職業を持ち出している。 土足で踏み込んでいる。 文体に愛情がない。 無能な左翼ライターの大衆蔑視の文体である。 私は、「私はである」と思った。 さて、とは何か。 「お前は、何処の馬の骨だよ」「の母親とは何者か?」と思った。 の悲しみと喜び、そして屈辱と怒り、それは平均な日本人の悲しみと喜び、そして屈辱と怒りであろう。 の背後には、や左翼文化人、東京のインテリ等がいるだろうが、の背後にも、無数の「名もなく、貧しい日本人」がいるだろう。 《高田は高校卒業後、しばらくは地元でアルト生活を送っていたという。 その後、今から15年ほど前に東京へ移った。 》 私は、の文体に、差別的な倫理主義者の視線と文体を感じる。 場末でスナックを経営経営してママを勤めていたというの母親のこと。 高卒後、定職もなくアルト生活 、そして上京。 東京の下町の貧しいアパートに住み着く。 そして、何年かののちに、「」の「」として注目される。 ふと、作家のやのことを思い出した。 も、高卒で上京、大学進学を諦め、アルト生活を続けながら、同人雑誌で小説修業に励む。 《自分からは本名や経歴を一切明かさず、正体が謎に包まれていることも、なおさら彼の゛神格化゛に力を貸している。 しかし、昔の級友たちが語る「高田」は饒舌どころか、その存在すら疑われるあやふやな印象しか残していない。 当時の高田が外国人の排斥を主張した場面など誰の記憶にもになく、むしろ彼自身が「排斥」されていたのではないかんと思わせるような人物像しか浮かび上がってこない。 》 《実家のあった地域は、九州でも有数の集住地区に隣接している。 地元の人によると、この近くには1950年代まで「朝鮮部落」と呼ばれる小屋の並ぶ一帯があったという。 その後、の建設によって街路は整備され「混在化」も進んだが、現在でもが多く住む場所として知られている。 九州にただ一つある朝鮮高校も至近距離だ。 》 とは違って、私は、「米田」という「」幹部が語ったという次の文章にこだわる。 は、軽く聞き流しているが、ここに本質的な問題の指摘と分析がある。 《そこで米田は一呼吸置くと、私を正面に見据えたうえで一気呵成にまくしたてた。 「我々は一種のを闘っているんですよ。 我々の主張は特権批判であり、そしてエリート批判なんです。 」(中略) 「だいたい、左翼なんて、みんな社会のエリートじゃないですか。 かつての運動だって、エリートの運動にすぎませんよ。 あの時代、大学生ってだけで特権階級ですよ。 差別だ何だのと我々に突っかかってくるなんかも十分にエリート。 あんなに恵まれている人たちはいない。 そして言うまでもなくマスコミもね。 そんなエリートたちが在日を庇護してきた。 だから彼らは「」には目もくれない。 》 「」や「」は、左翼エリートという特権階級を批判しているのだ。 階級の人間たちとの「」を闘っているのだ。 は、「」や「」を批判・冒涜することによって、左翼エリートという特権階級に迎合し、媚びを売っているのだ。 あわよくば、自分も、左翼エリートという特権階級に仲間入りしたいと。 戦後日本で、「左翼」が、「左翼エリートという特権階級」を形成してきたことを指摘し、批判・攻撃したのは、やだった。 の「批判」の思想は、やの「戦後左翼批判」につながっている。 だから、強いのだ。 メルマガ『週刊・』 月500円 でお読みください。 安倍政権の正体を知りたければ、これを読むべし。 最近の日本の「保守」は「エセ保守」ばかり。 有料『週刊・』 月500円 でお読みください。

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