殺 りん。 ラシン

#犬夜叉 #りん 嫉妬の匂い

殺 りん

りんを囚えたのは金の瞳。 甘く囁くように口づけられ、殺生丸のすべてを受け入れたあの日から、りんの暮らしは一変した。 決めたのは殺生丸自身。 殺生丸が口に出さなくても、りんは誰よりも、殺生丸がりんと引きかえに、望んでいない荷を負ったことを知っていた。 「本当にいいの?」 「ねぇ、殺生丸さま、いいの?」 指と指をからめ、殺生丸の胸に顔を埋め、謝った。 たかが、人間の娘。 しかし、迎えに行ったあの時から決めていた。 少し前に、結ばれた報告もかね村を訪れたときは、殺生丸自身が連れて行った。 庵から煙がなびき、駆けまわる子どもたちの声が聞こえる。 にぎやかさが懐かしい。 楓に頼まれた薬草を携えてきた。 楓は、いまはかごめがかわって看てくれている。 「そういえば、この先にいい温泉を見つけたのよ。 行かない?」 「えっ、温泉ですか?」 かごめの湯好きは有名だ。 かごめの国では、人は毎日湯に入るのだという。 普段、妖怪の世界で暮らすりんが、人と話す機会はない。 寡黙すぎる殺生丸は話し相手にはならず、話しかけるばかりでつまらない。 かごめや珊瑚たちと久しぶりに話せることは楽しかった。 「殺生丸、いないんでしょ? 泊まっていけば?」 「あ…はい。 でも……」 村に行くとは言ってきた。 殺生丸は遅くなるとも聞いていた。 でも泊まるとは言っていない。 「明日、帰れば?」 「うん…そうですよね…。 えっと、あの………ねぇ、邪見さま、いい?」 たびたびは来られないし、残りたい。 でも、一人では、何も決められない。 安全になったとはいえ、殺生丸がりんを残して出かけるようになったのはごく最近のことなのだ。 話を振られた邪見も困っていた。 主の機嫌が、悪くなるのはどちらだろう。 りんを村に残すこと。 または、 りんの望みを叶えないこと。 誰よりも殺生丸を理解している邪見でさえ、りんに関しては、殺生丸の行動は、常に邪見の推測の範囲を超える。 といって、期待を込めて見つめるりんに、反対もしずらい。 「朝早く帰るから……。 ねっ?」 りんは楽観的に願い出た。 「わぁーーー。 気持ちいいーー」 木立に囲まれ滾々と湯が吹きあがる温泉は、見晴らしのいい場所にあった。 「楓さまも連れてきてあげればよかった…」 りんは、頑なに断った楓を置いてきたことに後悔する。 「大丈夫よ。 楓ばあちゃんは、私たちが、連れて来るもの」 楓を泣かせ、許しを請うた日は、いまは遠い。 弥勒が後を押してくれた。 皆がいたから、思い切れた。 季節がめぐった野山は、すがすがしい空気に包まれている。 かごめ、珊瑚、りんの三人は、語らいながら温泉の湯を存分に楽しんだ。 かごめと珊瑚は、艶が増したりんの白い肌に目を向ける。 「りんちゃん、また、きれいになったみたい」 子を産みすっかり円熟した二人には、初々しく匂い立つようなりんの輝きが、眩しい。 「殺生丸とはうまくいってるの?」 りんは、明るくほほ笑んで、頷いた。 「意地悪なことしない?」 「えっっっ…!?」 鋭く飛ぶ質問に答えを窮する。 経験のないりんに対し、殺生丸はそうではない。 そもそも生きている年数が圧倒的に違うのだ。 「……あの…」 なんと答えればいいのだろう。 優しいといえば、優しいのだけれど…。 首筋に残った、かすかな痣をかごめが見つけりんに問い詰める。 「これ、殺生丸がつけたの?」 りんさえ気づいていない痣。 りんは覚えていない。 見まわしても体にはほかにはない。 「ふーん、優しいんだ…」 思わず下を向いたりんに、容赦のないからかいの声が、楽しそうに飛んだ。 冬に村に寄った時には、進まない二人の関係を訝って、かごめは殺生丸を問い詰めたのだ。 妖の深い想いを知ったのはその後だった。 殺生丸と離れるのは寂しい。 でも、家を出てから、一度も村には泊まっていない。 何年も暮らしてきた家でぐっすり眠れるのは楽しみだった。 翻弄されることもない。 「子どもたちがいない湯あみなんて久しぶり。 気持ちいい」 「うん、本当」 三人は湯からはとうにあがり、岩に腰掛けて暮れゆく夕日を眺めながら涼んでいた。 「りんちゃん?」 一人空を見上げ、いきなりりんが駆けだしていく。 木立に囲まれた湯の向こうに、殺生丸が降り立つ姿が見える。 かごめと珊瑚は、二人で顔を見合わせた。 「帰らないんじゃなかったの?」 「わざわざ迎えにきたとか…?」 思わぬ殺生丸の来訪に、邪見があわてて出迎える。 「って、殺生丸さまっっ。 あのっ、申し訳ありませんっっ。 りんが、どうしても残りたいと申しましたものでっっ…」 「……」 殺生丸の配下から連絡がいったに違いない。 蛇に睨まれた蛙のように、ひれ伏しながら、報告する邪見の姿は気の毒だった。 「私が勧めたのよ。 たまには、実家に泊まるのもいいでしょう?」 見かねてかごめが声をかける。 「一緒に泊まっていく? お義兄さん」 「……」 冷やかな視線を送る殺生丸に、かごめは、怯んだ。 しかし、りんはさすがに臆することはない。 「ねぇ、明日までここにいてもいい? もっとお話したいし…。 殺生丸さまも泊まる?」 邪見が、りんを諌めようと、後ろで手をばたつかせている。 殺生丸は、ちらりとりんを見て息を吐き出した。 「……いらん。 おまえだけ残るがいい」 「ほんとっ?」 殺生丸の姿を見たときから、迎えに来たものと思っていた。 思わぬ許可に、りんの顔が輝く。 「かごめさま、泊まってもいいって」 しかし、心配そうに見ている二人に報告しようと歩き出した時、りんは、殺生丸の強い腕に阻まれた。 「……?……なぁに…?」 振り向いて見上げた金の双眸に、嫌な予感がした。 りんについた守りの力は強く、いまは安全だ。 りん一人残しても問題はない。 反対するつもりはなかった。 当然、自分は留まるつもりはない。 (…ふん) りんが長年過ごした村を出て、まだ一年も経っていない。 殺生丸が積年の想いを遂げたのは、ついこの前のことだというのに…。 ただでさえ短い人間の一生。 一日たりと無駄にする気は、殺生丸にはさらさらない。 (第一、望んだのはおまえだ。 二度と離すなと) 殺生丸の導きだした結論は単純だった。 強い視線を受け、りんの居心地は悪くなる一方だった。 息を吸い込み、無理にでもほほ笑もうと、顔を上げると、間近に殺生丸の顔があった。 息遣いを感じ、りんはすっかりうろたえた。 「ちょっ……、ちょっと、殺生丸さまっ……?」 「ここに泊まりたいのだろう?」 「そうだけど…、でも…」 抜け出そうとしても、りんの体は、殺生丸の腕の中にしっかり捕えられていて、身動きできない。 意志を持った殺生丸の行動に、りんは慌てふためいた。 (……止めはせん。 が、それには…) (……何年待ったと思っているのだ) 「ねぇ、殺生丸さま、皆、見てるし〜〜」 言葉は何も返ってこない。 「朝早く、帰るから…」 「……」 「……〜んっっっ!」 緩められることのない腕からは、もがいても抜け出せそうにない。 殺生丸の手が優雅に動き、りんの帯を解いたとき、りんのささやかな望みはすっかり消え失せていた。 「うわぁぁああああ。 待って。 帰る! 帰りますっ。 「あれ、りんはどうしたのです?」 「殺生丸が連れて帰った…」 「ほぉ…それは、それは…」 弥勒が去ったのを確かめてから、かごめと珊瑚は声を顰めて話しはじめた。 思い出すだけで、二人の顔はほてってくるようだ。 「ねぇ。 もしりんが、帰るって言わなかったらどうなっていたと思う?」 「それは…あのまま、いっちゃったんじゃない…? 殺生丸に、やめる気なんて、なさそうだったもの」 「殺生丸って、全然気にならないんだね…」 「…うん。 なんか、もう一日も手放せないって感じだった……」 「りんも苦労するねぇ…」 かごめと珊瑚は、二人が飛び去った空を眺めて、溜息をついた。 二人を隔てる障害はもう何もない。 願ったのは、人間の娘。 そしてそれは、妖の隠された深い想いと重なった。 分かれて浮かぶ雲二つ、風になびき、まじり、まじわり一つとなった。 結ばれた雲は、流されても離れることなく、 恥じらい染まる肌のようにほんのり茜色に色づきながら、空の果てへと、たゆたっていった。

次の

里帰り

殺 りん

今日の宗介はなんだかおかしかった。 いつもはこちらが日の傾きを気にするくらい喋っているのに、 花を拾ってりんに差し出すと、足早に村へと戻って行った。 茸を拾いにきたのではなかったのかな。 でもおかげで、白燿丸が起きる前には帰れるかも。 足早に草原を横切って、りんは歩をすすめた。 [chapter:嫉妬 後編] 「阿吽?」 阿吽を待たせている森の入口、 ひときわ大きな木の陰に近づくと りんはかすかな違和感を覚えた。 りんが近付いても阿吽はこちらを見ない。 こちらからは見えない、木の陰に向って 頭を動かしているようだった。 どうしたの、と手を伸ばしかけた瞬間、 りんは強い力に腰を引き寄せられ 言葉を呑み込んだ。 再び花がはらはらと落ちた。 「……何をしていた?」 思わず身を固くして 肩をすくめるようにしたりんの耳元で 低いが良く通る声がした。 背後から抱きすくめられ、金色に輝く瞳を間近に見上げる形となったりんが あっと声をあげる。 「殺生丸様!」 お出かけではなかったの?と嬉しそうに問うてくるりんに、 殺生丸は 答えになっていないと さらに眉をひそめる。 再び問うことはせず じっとりんを見つめ返してやる。 「あ…えと…おかえりなさい。 」 そうではなく。 「…他にも云うことがあるのだろう。 」 [newpage] 従順な僕(しもべ)がこの場にいたなら、主の鋭利な視線を敏感に感じ取り 大量の冷や汗を流しつつ、主の真意を噛み砕いてりんに説明しただろう。 しかしながら、この場に 緑色の老妖怪はいない。 りんは、殺生丸が纏わせている、ただならぬ雰囲気には気づかず、 そうそう、と思い出したように破顔する。 「いまね、白燿丸がお昼寝しててね。 起きた時にお花に囲まれてたら、喜ぶだろうなと思って。 ここ、ずっと前に殺生丸さまがお月見で連れて来てくれたでしょう? この山ね、色んな花が咲いていて…」 りんが気に入っている場所なんだよと言いかけて、 りんは最後まで言葉を紡ぐことができなかった。 いつの間にか りんの前に回り込んだ殺生丸が りんの手首をつかみ、高く引き上げて背後の木に押し付け、 その勢いのままに唇をふさいだからである。 「…っ!?……っ」 深いくちづけは、意図をもってりんの舌を絡めとり りんの呼吸すら危うくさせる。 「……ふ……っ」 体を反らせようにも、木の幹と殺生丸の体に挟まれて 逃れることができない。 あまりの苦しさに、捕えられていない左手の拳で 殺生丸の肩をもがくように叩く。 少ない隙間から繰り出したわずかな抵抗は 殺生丸の右手に阻まれ、握っていた拳は 殺生丸の掌でやすやすとひらかれ、絡めとられた。 「……んっ…んーーっ」 絡めた掌を、りんの耳元の高さまで引き上げ、 すでに捉えてある右手と同様に木の幹に押し付けてから ようやく殺生丸は塞いでいた唇を解放した。 [newpage] 「っ…は……………。 」 りんはうっすらと涙を浮かべた、うるんだ瞳をわずかにひらき、 呼吸を整えている。 苦しげなりんの姿に、 柔らかく抱き寄せたくなる殺生丸を押しとどめるのは りんの右の手首に残る、りん以外のものの臭い。 ……不愉快極まりない。 耳元で絡め取っている、りんの左手よりもさらに高く。 りんの腕が真上に伸びる高さで右手首をとらえ、 鼻先から遠ざけるようにしても… あざ笑うかのようにまとわりつく不快な臭いに 殺生丸は苛立ちを抑えきれずにいた。 「せっ…しょう、まる さま?」 りんの瞳が不安げに殺生丸の瞳をのぞきこむ。 呼吸は整ったらしかった。 「…肝要なことを言わぬ舌なら 引き抜いてもよかろう?」 「肝要なこと…?」 さすがに殺生丸が不機嫌であることを悟り、 だが理由が思い当たらないのか りんは逡巡しているようであった。 隠すつもりもなく、ただ本当に思い当たらないのであろう。 あの、人間の男がりんをどのように想っているのかも。 …無防備すぎるのだ。 殺生丸は浅く息を吐いた。 あの男をこの手で切り裂いたとて こういう輩は次々に湧いてくるに違いない。 無防備すぎるりんに対して、言いたいことは山のようにあるが、 うまく言葉にする術は持ち合わせていない。 何か言いかけて りんが唇をわずかに開く。 殺生丸は再びその唇を己の唇で塞いだ。 今度は甘く。 浅く深く。 どうせつまらぬことしか紡がないのであろう。 それならば、その香で紛わせてもらおうか。 昨夜の情交を思い出させるようなくちづけに 甘いしびれがりんの頭上を走る。 「…ん……ぅ…」 瞳をとじて応じるりんの姿を金色の瞳がとらえる。 甘い吐息と。 誘うように薫るりんの香が、殺生丸の殺気を沈めかけていた。 [newpage] 惜しむように唇を離れ。 もう一度軽くかすめたそれが、 流れるような動きでりんの首筋に潜り込む。 「!!…ぅ…あ……っや…」 こんなところで、と抗議の声をあげようとするりんに構わず ゆっくりと耳元まで舌を這わせる。 「このまま…ここで組み敷かれたいか…?」 「だ……っだめだよ。 やだ…」 耳元で囁かれ、甘くしびれ出した身体を振り切るように、 りんは全力で首を横に振った。 「ならば…もうここへは来るな。 」 「え…?」 ……まだ分からぬかと、りんの耳たぶに軽く歯をたて 耳の中心にかけて軽く舌を這わせる。 「!!」 びくりと体を震わせ、再び強張る肩口へ 殺生丸は高く掲げ持っていた、りんの右手を引き寄せた。 「この臭い。 覚えがあるのだろう?」 りんはやっと、殺生丸の不機嫌の理由を探しあてた。 「…あ…宗介。 ちがうの、お花が落ちてね。 それで…。 」 りんに怪我をさせようとしたのではないと 慌てて説明しようとしたが、その説明もまたわずかに的を外していて。 殺生丸はもはや聞く耳をもたず、早々に言を遮った。 「…このまま進むか、しばらくここを訪れないか。 選んでもらおう。 」 言いながらりんの帯に手をかけ、 シュッと音を立てて引っ張り上げた殺生丸の右手を りんの左手が必死で抑え込む。 「わっ…わかりましたっ。 わかったよ、もう、しばらく来ないから…っ。 」 残念なことだとうそぶいて、殺生丸はあっさりと右手の帯を離した。 ホッとした様子で帯を手繰り寄せ、 気が変わらないうちにと 慌てて帯を整えようとするりんの姿を 殺生丸の金色の双眸が静かにとらえていた。 りんが妖以外の… 人とのわずかな関わりに心安らぐならばと 多くは見過ごし黙認してきたが。 触れることは我慢ならない。 いかなる理由があろうとも だ。 言葉にできぬ思いを内に秘め 掴んだままのりんの右手を口元に引き寄せて 殺生丸は何事かをつぶやいた。 そしてそのまま… 帯を整えるのに必要な りんの右手を解放する前に。 ゆっくりと指と手首を舐め上げて 不快な臭いを絡め取ることを 殺生丸は忘れなかった。 [newpage] 山の麓に待たせてある、愛馬のもとに向いながら、 宗介はふと空を見上げた。 りんのあたたかな気配が遠ざかるような気がしたからだ。 もうひとつ、りんの横に大きな気配があるような気がして 宗介はぞくりと背筋を凍らせた。 視界には何もうつらない。 ただ雲ひとつない蒼い空があるばかり。 ふと「菖蒲色」という言葉が浮かぶ。 深い紫のその色は、高貴で誇り高く、 近づいただけで すぱりときれそうで。 宗介は りんとの距離がますます開くのを感じていた。 完 [newpage] あとがきです。 妄想は膨らむのですが、表現するには 知識も語彙も、足りなさすぎました。 殺生丸とりんが好きーって気持ちだけで書いた うまれて初めての小説なので、意味がわからないとこもある…かも。 おかしなところがあれば お手数ですがご指摘ください。。 今回の「嫉妬」は 子どもがいてもラブラブであってほしいなー との思いからうまれたお話です。 (そもそも子どもがいる設定が苦手だったという方はごめんなさいです。 ) あと、お母さんになってだいぶ落ち着いたけど やっぱり、りんらしいって思える部分があればいいなぁ って思いながら書きました。 殺生丸さまは、勝手に動いて下さいました 笑 完全にあて馬くんだった 宗介は オーラが見えるお人で、 りんと殺生丸のオーラを想像するのが楽しかったです。 りんと宗介のやりとりは もう2ページ分くらいあったのですが もったりしすぎて、ごっそりお蔵入りしました。 それでもダラダラと長くなった、稚拙な文章を 最後まで読んで下さいまして、ありがとうございました。

次の

犬夜叉ワイド版特典CD 殺りんプロポーズ!? 感想 : Topsy

殺 りん

りんを囚えたのは金の瞳。 甘く囁くように口づけられ、殺生丸のすべてを受け入れたあの日から、りんの暮らしは一変した。 決めたのは殺生丸自身。 殺生丸が口に出さなくても、りんは誰よりも、殺生丸がりんと引きかえに、望んでいない荷を負ったことを知っていた。 「本当にいいの?」 「ねぇ、殺生丸さま、いいの?」 指と指をからめ、殺生丸の胸に顔を埋め、謝った。 たかが、人間の娘。 しかし、迎えに行ったあの時から決めていた。 少し前に、結ばれた報告もかね村を訪れたときは、殺生丸自身が連れて行った。 庵から煙がなびき、駆けまわる子どもたちの声が聞こえる。 にぎやかさが懐かしい。 楓に頼まれた薬草を携えてきた。 楓は、いまはかごめがかわって看てくれている。 「そういえば、この先にいい温泉を見つけたのよ。 行かない?」 「えっ、温泉ですか?」 かごめの湯好きは有名だ。 かごめの国では、人は毎日湯に入るのだという。 普段、妖怪の世界で暮らすりんが、人と話す機会はない。 寡黙すぎる殺生丸は話し相手にはならず、話しかけるばかりでつまらない。 かごめや珊瑚たちと久しぶりに話せることは楽しかった。 「殺生丸、いないんでしょ? 泊まっていけば?」 「あ…はい。 でも……」 村に行くとは言ってきた。 殺生丸は遅くなるとも聞いていた。 でも泊まるとは言っていない。 「明日、帰れば?」 「うん…そうですよね…。 えっと、あの………ねぇ、邪見さま、いい?」 たびたびは来られないし、残りたい。 でも、一人では、何も決められない。 安全になったとはいえ、殺生丸がりんを残して出かけるようになったのはごく最近のことなのだ。 話を振られた邪見も困っていた。 主の機嫌が、悪くなるのはどちらだろう。 りんを村に残すこと。 または、 りんの望みを叶えないこと。 誰よりも殺生丸を理解している邪見でさえ、りんに関しては、殺生丸の行動は、常に邪見の推測の範囲を超える。 といって、期待を込めて見つめるりんに、反対もしずらい。 「朝早く帰るから……。 ねっ?」 りんは楽観的に願い出た。 「わぁーーー。 気持ちいいーー」 木立に囲まれ滾々と湯が吹きあがる温泉は、見晴らしのいい場所にあった。 「楓さまも連れてきてあげればよかった…」 りんは、頑なに断った楓を置いてきたことに後悔する。 「大丈夫よ。 楓ばあちゃんは、私たちが、連れて来るもの」 楓を泣かせ、許しを請うた日は、いまは遠い。 弥勒が後を押してくれた。 皆がいたから、思い切れた。 季節がめぐった野山は、すがすがしい空気に包まれている。 かごめ、珊瑚、りんの三人は、語らいながら温泉の湯を存分に楽しんだ。 かごめと珊瑚は、艶が増したりんの白い肌に目を向ける。 「りんちゃん、また、きれいになったみたい」 子を産みすっかり円熟した二人には、初々しく匂い立つようなりんの輝きが、眩しい。 「殺生丸とはうまくいってるの?」 りんは、明るくほほ笑んで、頷いた。 「意地悪なことしない?」 「えっっっ…!?」 鋭く飛ぶ質問に答えを窮する。 経験のないりんに対し、殺生丸はそうではない。 そもそも生きている年数が圧倒的に違うのだ。 「……あの…」 なんと答えればいいのだろう。 優しいといえば、優しいのだけれど…。 首筋に残った、かすかな痣をかごめが見つけりんに問い詰める。 「これ、殺生丸がつけたの?」 りんさえ気づいていない痣。 りんは覚えていない。 見まわしても体にはほかにはない。 「ふーん、優しいんだ…」 思わず下を向いたりんに、容赦のないからかいの声が、楽しそうに飛んだ。 冬に村に寄った時には、進まない二人の関係を訝って、かごめは殺生丸を問い詰めたのだ。 妖の深い想いを知ったのはその後だった。 殺生丸と離れるのは寂しい。 でも、家を出てから、一度も村には泊まっていない。 何年も暮らしてきた家でぐっすり眠れるのは楽しみだった。 翻弄されることもない。 「子どもたちがいない湯あみなんて久しぶり。 気持ちいい」 「うん、本当」 三人は湯からはとうにあがり、岩に腰掛けて暮れゆく夕日を眺めながら涼んでいた。 「りんちゃん?」 一人空を見上げ、いきなりりんが駆けだしていく。 木立に囲まれた湯の向こうに、殺生丸が降り立つ姿が見える。 かごめと珊瑚は、二人で顔を見合わせた。 「帰らないんじゃなかったの?」 「わざわざ迎えにきたとか…?」 思わぬ殺生丸の来訪に、邪見があわてて出迎える。 「って、殺生丸さまっっ。 あのっ、申し訳ありませんっっ。 りんが、どうしても残りたいと申しましたものでっっ…」 「……」 殺生丸の配下から連絡がいったに違いない。 蛇に睨まれた蛙のように、ひれ伏しながら、報告する邪見の姿は気の毒だった。 「私が勧めたのよ。 たまには、実家に泊まるのもいいでしょう?」 見かねてかごめが声をかける。 「一緒に泊まっていく? お義兄さん」 「……」 冷やかな視線を送る殺生丸に、かごめは、怯んだ。 しかし、りんはさすがに臆することはない。 「ねぇ、明日までここにいてもいい? もっとお話したいし…。 殺生丸さまも泊まる?」 邪見が、りんを諌めようと、後ろで手をばたつかせている。 殺生丸は、ちらりとりんを見て息を吐き出した。 「……いらん。 おまえだけ残るがいい」 「ほんとっ?」 殺生丸の姿を見たときから、迎えに来たものと思っていた。 思わぬ許可に、りんの顔が輝く。 「かごめさま、泊まってもいいって」 しかし、心配そうに見ている二人に報告しようと歩き出した時、りんは、殺生丸の強い腕に阻まれた。 「……?……なぁに…?」 振り向いて見上げた金の双眸に、嫌な予感がした。 りんについた守りの力は強く、いまは安全だ。 りん一人残しても問題はない。 反対するつもりはなかった。 当然、自分は留まるつもりはない。 (…ふん) りんが長年過ごした村を出て、まだ一年も経っていない。 殺生丸が積年の想いを遂げたのは、ついこの前のことだというのに…。 ただでさえ短い人間の一生。 一日たりと無駄にする気は、殺生丸にはさらさらない。 (第一、望んだのはおまえだ。 二度と離すなと) 殺生丸の導きだした結論は単純だった。 強い視線を受け、りんの居心地は悪くなる一方だった。 息を吸い込み、無理にでもほほ笑もうと、顔を上げると、間近に殺生丸の顔があった。 息遣いを感じ、りんはすっかりうろたえた。 「ちょっ……、ちょっと、殺生丸さまっ……?」 「ここに泊まりたいのだろう?」 「そうだけど…、でも…」 抜け出そうとしても、りんの体は、殺生丸の腕の中にしっかり捕えられていて、身動きできない。 意志を持った殺生丸の行動に、りんは慌てふためいた。 (……止めはせん。 が、それには…) (……何年待ったと思っているのだ) 「ねぇ、殺生丸さま、皆、見てるし〜〜」 言葉は何も返ってこない。 「朝早く、帰るから…」 「……」 「……〜んっっっ!」 緩められることのない腕からは、もがいても抜け出せそうにない。 殺生丸の手が優雅に動き、りんの帯を解いたとき、りんのささやかな望みはすっかり消え失せていた。 「うわぁぁああああ。 待って。 帰る! 帰りますっ。 「あれ、りんはどうしたのです?」 「殺生丸が連れて帰った…」 「ほぉ…それは、それは…」 弥勒が去ったのを確かめてから、かごめと珊瑚は声を顰めて話しはじめた。 思い出すだけで、二人の顔はほてってくるようだ。 「ねぇ。 もしりんが、帰るって言わなかったらどうなっていたと思う?」 「それは…あのまま、いっちゃったんじゃない…? 殺生丸に、やめる気なんて、なさそうだったもの」 「殺生丸って、全然気にならないんだね…」 「…うん。 なんか、もう一日も手放せないって感じだった……」 「りんも苦労するねぇ…」 かごめと珊瑚は、二人が飛び去った空を眺めて、溜息をついた。 二人を隔てる障害はもう何もない。 願ったのは、人間の娘。 そしてそれは、妖の隠された深い想いと重なった。 分かれて浮かぶ雲二つ、風になびき、まじり、まじわり一つとなった。 結ばれた雲は、流されても離れることなく、 恥じらい染まる肌のようにほんのり茜色に色づきながら、空の果てへと、たゆたっていった。

次の