ユーラシア 大陸 地図。 アフロ・ユーラシア大陸

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ユーラシア 大陸 地図

1.概要 独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 平朝彦、以下「JAMSTEC」)地球深部ダイナミクス研究分野の吉田晶樹主任研究員と浜野洋三特任上席研究員は、スーパーコンピューターを用いた三次元全球内のマントル対流の計算機シミュレーション()によって、約2億年前から始まった超大陸パンゲア()の分裂から現在までの大陸移動の様子と、地表からは観測できない地球内部の流れの様子を再現することに世界で初めて成功しました。 本研究のために開発したマントル対流のシミュレーションモデルは、従来のモデルとは異なり、大陸がマントル対流の動きで自由に変形しながら移動できるもので、過去の地球上に存在した大陸の挙動を正確に再現できる画期的なものです。 これによって、アルフレッド・ウェゲナー()の「大陸移動説」以来、100年間の謎であった超大陸の分裂と、その後の大陸移動の主要な原動力が、大陸直下のマントルの流れ(マントル対流)であることが明らかとなりました。 この結果は、過去にJAMSTECが実施した大規模地下構造調査に基づく観測結果()を強く裏付けるものです。 本研究のシミュレーション結果は、大陸を駆動させるマントルの流れのパターンが、超大陸の熱遮蔽効果()による上部マントルの高温異常と、大陸・海洋境界に発達するマントルのコールドプルーム()によって決まっていることを示しています。 パンゲア分裂以降の大陸移動の歴史で最もよく知られたイベントは、パンゲアの南半分を構成していたゴンドワナ大陸から分裂したインド亜大陸()がテーチス海()を高速で北上し、北半球でユーラシア大陸に衝突した後、ヒマラヤ・チベット山塊を誕生させたことです。 本研究のシミュレーション結果では、このインド亜大陸の高速北進も忠実に再現され、その原動力が、パンゲア分裂直後にテーチス海北部に発達するコールドプルームであったことが明らかになりました。 ヒマラヤ・チベット山塊はアジアにモンスーンという気候システムをもたらしただけでなく、最近1000万年間の地球規模の寒冷化にも寄与しています。 今回、インド亜大陸の高速北進とヒマラヤ・チベット山塊形成の原動力が分かったことは、現在の地球における気候システムの起源の解明に向けても、重要な進展をもたらすと考えられます。 なお、本研究は、日本学術振興会科研費23340132(基盤研究(B))の一環として実施されたものです。 本成果は、英国「Nature」姉妹誌の「Scientific Reports」(電子版)に2015年2月12日(日本時間)付けで掲載される予定です。 タイトル: Pangea breakup and northward drift of the Indian subcontinent reproduced by a numerical model of mantle convection 著者:吉田晶樹 1、浜野洋三 1 所属:1. 海洋研究開発機構 2.背景 地球上にかつて存在していた超大陸「パンゲア」は約2億年前に分裂を開始しました。 パンゲアが分裂し、現在の地球の六大陸が形成される過程で顕著なイベントの一つは、パンゲアの南半分を構成していたゴンドワナ大陸()の一部であったインド亜大陸がテーチス海を高速で北上してユーラシア大陸に衝突し、現在もなお北上を続けていることです。 この衝突によってかつてはテーチス海の海底であった場所が隆起し、「世界の屋根」と呼ばれるヒマラヤ山脈とチベット高原が形成され、周辺の東アジアの地震や地殻変動を引き起こしています。 一方で、インド亜大陸の衝突によって生じたヒマラヤ山脈・チベット高原の隆起は、アジアモンスーン気候の成立に寄与し、新第三紀以降の地球規模の寒冷化をもたらしています。 このように現在の地球の活動に多大な影響を与えているインド亜大陸の北上は、現代地球科学において重大な関心事ですが、その原因は未だ解明されていませんでした。 JAMSTECでは、地球深部探査船「ちきゅう」等による海洋掘削を実施することによって新たな地球内部の動態解明を目指していますが、大陸移動と密接な関係がある地球表層及びマントルの大規模循環の長期的変動やその原動力をより詳しく理解するためには、地球内部で起こっている対流運動の計算機シミュレーションを実施し、海洋掘削で得られた地球表層のさまざまな地球科学的情報を補完することが必要不可欠です。 現在の固体地球科学では、マントル深部のダイナミックな活動を物理的に理解する上で、マントル対流の計算機シミュレーションは重要な一翼を担っています。 しかしながら、これまで、吉田主任研究員を含め世界の研究グループが行ってきた計算機シミュレーションでは、計算機能力や計算手法の制限により、大陸を簡単な形状を持つ剛体的な「板」のようにモデル化したり、実際の地球のマントルとかけ離れた物性パラメーターで計算したりするなど、実際の地球で起こってきた大陸移動を再現するには程遠く、また、大陸移動の原動力を特定するには至りませんでした。 3.成果 本研究では、JAMSTECが所有するスーパーコンピューター(SGI ICE X)を用いて、精密な地質学的・古地磁気学的データによって復元された2億年前の超大陸パンゲアの形状データと、実際のマントルの物性パラメーターを考慮した三次元全球内のマントル対流の大規模計算機シミュレーションを世界で初めて実施し、2億年前から現在までの大陸移動の様子を調べました。 本研究で用いたシミュレーションモデルでは、独自の手法を用いることにより、パンゲアを構成する各大陸ブロックはマントル対流の力で自由に変形しながら移動できるようにモデル化されています。 特に、パンゲアの分裂は超大陸の熱遮蔽効果によるパンゲア直下のマントルの高温異常が大きく寄与することが分かりました。 これはパンゲアの下に溜まった熱を「裂け目」を作ることによりマントルから地表へ吐き出す必要があるためです。 また、パンゲアの一部であったインド亜大陸の高速北進の主要な原動力は、パンゲア分裂直後からテーチス海北部に発達するコールドプルームであることが明らかになりました()。 そのコールドプルームは、パンゲア直下のマントルの高温異常、及び、パンゲアの下(現在のアフリカ大陸の下)のマントル深部に元々存在していた大規模なホットプルーム()に励起されるマントルの大規模な流れによって、テーチス海北部のローラシア大陸()の縁(大陸・海洋境界)に自発的に形成されます()。 ちなみに地震波トモグラフィー()の手法で画像化された現在のマントルの三次元地震波速度構造分布から、このコールドプルームに起因すると思われる地震波高速度領域(低温領域)が現在もなおマントルの奥深くに存在することが確認されています()。 沈み込み帯を持たないインド亜大陸が、ユーラシア大陸に衝突後、現在もなお北上を続けていることは、大陸移動の原動力がこのコールドプルームである何よりの証拠です。 プレートに働くさまざまな力について定量的に議論されるようになった1970年代半ば以降、大陸・海洋プレートの移動の主要な原動力は、マントル中に沈み込む海洋プレートの「スラブ引っ張り力」であると考えられてきました(上)が、本研究のシミュレーション結果によって、大陸移動の主要な原動力が、スラブ引っ張り力ではなく、大陸直下のマントルの流れ(マントル対流)であることが明らかになりました(下)。 JAMSTECでは2014年に、小平秀一・地震津波海域観測研究開発センター長らの研究グループが、北海道南東沖の太平洋プレート上において、地下構造探査システム、及び海底地震計を用いて地殻と上部マントルの大規模構造調査を実施した結果、海洋プレートが生成され拡大する場所で、プレートがマントル対流によって駆動されて移動していることを証明する構造(断層)があることを発見しました(Kodaira et al. , 2014, Nature Geosci. )()。 本研究のシミュレーション結果は、この観測事実に基づく新しいプレート運動の原動力の考え方を強く裏付けるものであり、海洋プレートが生成される場所だけではなく、海洋プレート全体がマントル対流によって駆動されている可能性を示唆します。 ドイツの気象学者であったアルフレッド・ウェゲナーは、1915年に『大陸と海洋の起源』という1冊の著作で「大陸移動説」を発表しました。 本研究により、ウェゲナーの「大陸移動説」の完成からちょうど100年、つまり現代地球科学の幕開けから100年という節目の年に、超大陸パンゲアの分裂、それ以降の大西洋の拡大、そして現在の地球の大陸配置が、マントルの熱対流運動を支配する物理法則()のみによって再現されることが計算機シミュレーションによって世界で初めて実証できたことになります。 4.今後の展望 大陸の離合集散は、地球表層のプレート運動や地球内部のマントル対流の振る舞いと密接な関係があります。 これが実際の地球環境下でのマントル対流の計算機シミュレーションによって再現されたことは、地球内部活動の実態解明に向けた今後の研究進展に重要な貢献をなす研究成果です。 また、大陸の離合集散は、地球の歴史において地球表層環境や生命進化にも多大な影響を及ぼしてきたと考えられるため、固体地球科学の周辺分野に存在するさまざまな未解決問題を解くための突破口となる可能性を秘めた研究成果でもあります。 今後は、シミュレーションモデルをさらに高度化させ、現在の地球の大陸配置をより正確に再現するために必要なパンゲア時代のマントル深部のより詳細な温度構造(例えば、パンゲアの縁辺に発達していたと考えられる沈み込み帯からマントル深部に沈み込んだ低温の海洋プレートの分布など)を特定することが期待されます。 また、将来的には、パンゲア分裂以降の地球史における大イベントの1つである、約4300万年前に起こった太平洋プレートの運動方向の急変の原因など、マントル対流に起因するさまざまな固体地球科学現象のメカニズムの解明にも繋がるものと考えられます。 本研究のシミュレーション結果とKodaira et al. 2014 の地下構造調査の結果により、大陸移動とプレート運動の主要な原動力の考え方が40年ぶりに見直されようとしています。 今後も、地球深部掘削や地下構造調査、地震波トモグラフィーなど、異なる固体地球科学的研究手法を扱っている研究グループと連携・情報交換をして、大陸移動とプレート運動の原動力やメカニズム、及び、それらによってもたらされるさまざまな地学現象(プレートの生成や沈み込み、造山運動、地震・火山噴火活動)のメカニズムをより深く理解するための統合的な地球モデルを構築していく予定です。 マントル対流の計算機シミュレーションでは、初期条件となる温度場だけを与えることによって対流が開始するので、マントル対流の基礎方程式()に基づいて計算を進めることで、決まった時間間隔毎の温度場と流れ場が同時に得られる。 現在では、詳細な地質学的証拠などから、パンゲアは約3億年前ごろに形成され、約2億年前から分裂を開始したことが分かっている。 パンゲアの北半分はローラシア大陸(現在のユーラシア、北アメリカ大陸)、南半分はゴンドワナ大陸(現在のアフリカ、南アメリカ、南極、オーストラリアの各大陸及びインド亜大陸)と呼ばれる。 ちなみに、ウェゲナーは、パンゲアが形成されていた時代には、インド亜大陸はユーラシア大陸と陸続きで繋がっていたと考えていた。 インド亜大陸が南半球から北上したことが分かったのは、1950年代以降になってインド洋の海底の地磁気縞模様が確認されてからである。 1912年に地質学会で初めて「大陸移動説」を発表し、1915年に『大陸と海洋の起源』(初版)という一冊の本で「大陸移動説」を完成させた。 ウェゲナーはこの本の改訂を重ね、1922に発行された第3版で初めて、3億年前の超大陸を「パンゲア」と命名した。 1930年にグリーンランド探検中に遭難死した。 1982年にカリフォルニア工科大学のDon L. Anderson博士によって初めて提唱され(Anderson, 1982, Nature)、1999年に吉田主任研究員ら(当時広島大学)が行った三次元全球内のマントル対流の計算機シミュレーションで初めて確認された(Yoshida et al. , 1999, Geophys. Res. Lett. 補足資料の参照。 地球表層の沈み込み帯から沈み込んでいる途中の海洋プレートや、地球表層から切り離された海洋プレートがもとになっている。 単位はパスカル秒(Pa s)で、値が大きいほど物質が固いことを意味する。 水の粘性率が10 -3 Pa s、水飴の粘性率が10 3 Pa sに対し、岩石でできているマントルの標準的な粘性率は10 21 Pa sという巨大な値になる。 コア(地球中心核)とマントルとの境界から発生することが多い。 現在の地球では、アフリカ下と南太平洋下のマントル深部に大規模かつ動的に安定なホットプルームが存在する。 本研究のシミュレーション結果から、アフリカ下のホットプルームは2億年前から存在していたことが示唆される。 一般的に地震波が低速度(高速度)で通過する領域は周りよりも温度が高い(低い)。 これらを基礎方程式、あるいは、支配方程式と呼ぶ。

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定義とその適用 [ ] 慣習的に、「大陸とは有意な水域で切り離された、充分に広く、連続的で、おのおのが独立していると認識される陸地」と言える。 しかし、一般に言われる7つの大陸は必ずしもで分断された離散的な状態にあるわけではない。 広さも恣意的な判断に基づき、最大の島の面積は2,166,086km 2であり、大陸に分類されるオーストラリアの面積7,617,930km 2と比較した際に大陸とはみなされない理由は明確に説明されていない。 また、おのおのの独立という点では理想的な基準を満たすためにやの存在は考慮されず、南北アメリカはでつながっているために合わせて1つの大陸とする考えがあるなど、定義上の矛盾もある。 アジア・ヨーロッパ・アフリカも自然な地形では分断されておらず、このうちアジアとヨーロッパは地峡さえない状態でつながっており、定義から大きく逸脱している。 と大陸の関係では、大陸は1つ以上の主要な大洋と接しており、逆に大洋は大陸やさまざまな地理的基準によっておのおのが区分されている。 大陸の範囲 [ ] 大陸を指す最も狭義の概念は切れ目がない 主要な陸地ということになる。 この考え方では、海岸線が大陸の淵となり、やが自国と対して使う「大陸(the Continent)」はを意味する が、などの島を含まないこと、同様な意味でなどから見た や、のが「オーストラリア大陸」に加えない事象が例になる。 またのや領土を挟むを除いたの48を「」(continental United States)と呼称することもこの用法に当たる。 やの見地からは、海面下の水深が浅い領域である大陸棚 とそこにある島々(大陸島)も連続した陸地として扱われ、構造的に大陸の境界内に入る。 な構図から勘案すると、大陸という概念は大陸棚のような地形的境界を越える可能性がある。 たとえば、この考え方でははヨーロッパ大陸の、はアフリカ大陸の一部と受け取ることができる。 これをさらに拡大すると、オーストラリア大陸がなど全諸島を含み込んだまでに至る。 その結果、地球上のすべての地域はもれなくいずれかの大陸に含まれることになる。 大陸の区分 [ ] 各大陸が水域によって区分されているという理想的な基準は、歴史的そして現実的には当てはまっていないと見なされている。 この基準に合致するものは、かろうじてオーストラリア大陸と南極大陸のみである。 いくつかの大陸は完全に独立した陸塊ではなく「そこそこの大きさの地面」 と認識されている。 アジアとアフリカはでつながり、南北アメリカの間にはパナマ地峡がある。 どちらのも大陸と比べれば非常に狭いもので、しかも人工の(と)によって両大陸は切り離されていると言うこともできる。 一方、ユーラシア大陸をアジアとヨーロッパに分ける考えは異例であり、そこには水域は何もない。 この点からユーラシア大陸を含む6大陸という数え方が生まれている。 この地理的な考えはヨーロッパとアジアをまたぐではユーラシア主義思想とも結びつけられ 、でもこの考えが主流である。 それに対し2つの大陸に分ける考えはの残滓もあり、「物理的、文化的そして歴史的な多様性では、やはヨーロッパの個別国ではなく全体に匹敵する。 もしと比類するならば、インド全体ではなくその中の一州、たとえばを並べる方が完全ではないとしてもより適切である」 という意見もあるが、歴史的また文化的な理由からヨーロッパではユーラシアを2大陸に分ける考えが本流である。 陸峡を挟む南北アメリカ大陸はユーラシアよりも明瞭に区分されるが、それでも以前はまとめて1つの大陸として認識されており、以前のアメリカ合衆国でも支配的だった。 現在でもにこの概念が残っている。 この、アメリカ大陸を1つとみなす考えは、やおよび諸国の概念から来ている。 しかし19世紀ごろ、アメリカ合衆国との混同を避けるために使われ始めた(Americas)という言葉に見られる複数形から示唆されるように、このころにはは2つの大陸で成り立っているという認識が広まった。 この区分はのに使われており、大陸を表す環は南極を除き5つがデザインされている。 もし大陸の定義を離散的な陸塊とし、接触する場所がある陸地はまとめて考えるとするならば、アジア・アフリカ・ヨーロッパはという呼称のように1つの大陸と見なさなければならなくなる。 この場合、南北アメリカもひとつと数えられ、地球の大陸は4つとなる。 さらに、のによってが起こっていた時期を考えれば、より広い範囲でを介したで大陸はつながっていた。 この時期、ニューギニアはオーストラリア大陸の一部であり、アメリカ大陸とアフロ・ユーラシア大陸はを通じて連なっていた。 など大陸周辺の島もことごとく大陸と一体化していた。 この時代に冒頭の大陸と定義できる陸地は3つだけだった。 大陸の数 [ ] 大陸をどう数えるかについては複数の方法がある。 区分法• アジア• アフリカ• 北アメリカ• 南アメリカ• ヨーロッパ• オーストラリア 以下の表で、7大陸法で区分したそれぞれの大陸の面積と人口についての統計を示す。 70 30,370,000 20. 30 42,330,000 28. 0 24,490,000 16. 0 17,840,000 12. 8 13,720,000 9. 00007 10,180,000 6. 7 9,008,500 5. 6 全大陸の面積は総計148,647,000km 2であり、地球表面(510,065,600 km 2)の29. 最高地点と最低地点 [ ] 「」も参照 以下の表で、7大陸法で区分したそれぞれの大陸の最高標高地点(最高峰)と最低標高地点を示す。 露出した地点に限れば、北アメリカの場合(-86メートル)、南極大陸ではベストフォードヒルズ(-50メートル)の湖が該当する。 ヨーロッパとアジアの地質学的境界をパラテーチス海の名残りであるに求める意見もある。 これに則るとがあるはアジアの領域に入り、そのためヨーロッパ最高標高地点はグライアンアルプスの(4,810メートル)となる。 その他の大陸 [ ] 現在知られている大陸とは別に、別な観点に立った大陸と呼ぶ対象もある。 地質学的記録を遡ったことにより、と呼ばれる、単一のや大陸塊をしのぐ大きさを誇った陸地が、かつての地球上に存在したと考えることが今日では妥当とされるようになった。 これらには、、 、 、 ()、、 そして などがこれに当たる。 理論上、現在のユーラシア大陸もこれに該当する。 おもな太古の大陸 未来に予想される超大陸• 亜大陸 大陸の一部を指してと呼称する用例もある。 特に、異なるプレートに乗る陸地が大陸と接続しているような場合に用いられ、やが顕著な例に当たる。 北東部にあるグリーンランドは、大陸と接続こそしていないが亜大陸と認識される場合もある。 南北アメリカ大陸を単一の大陸と見なす場合、ふたつの亜大陸がつながっているという見方もある。 微小大陸 微小大陸(: microcontinent)とは、大陸地殻としては海中に没しているものの、比較的水深の浅い場所に広い面積を持つ領域であり、これを単純に水没した大陸とする見方がある。 ニュージーランドから付近の海域にあるは典型的な例で、ほかに南部のもこれに当たる。 大陸断片 大陸断片()とは、かつては大陸と一体だった大地が断裂して島状になった地形を指し、これを比較的小さな大陸ととらえた用語である。 はこの例に当たる最大の島で、「第8の大陸」と呼称されることもある。 、の伝説や、・などが例に挙げられる。 概念の歴史 [ ] 初期の大陸概念 [ ] 中世ヨーロッパの。 の3人の息子たちが治めた3つの大陸が記されている。 最初の大陸区分は、の船員たちが名づけた「アジア」と「ヨーロッパ」だった。 ただしこれは単純に、、、およびの両岸のことを指していた。 当初は海岸のみを指していたこれらの言葉は、のちに広大な背景地にまで及ぶようになった。 しかし、これらの区分はせいぜい航海によってたどりつけた土地までの範囲に留まり、「その限界を超えて、決して分割が叶わないユーラシアを仕切るためのいかなる説得力を持つ地理的な特徴を内陸部に見出すことは、ギリシアの地理学者たちの手に余った」と評されている。 次に古代ギリシアの思想家たちは、アフリカ(当時はリビアと呼ばれていた)が果たしてアジアの一部なのか、それとも異なる場所なのかを議論し、そこが異なる3番目の土地だという考えが優勢となった。 ギリシア的観点に立つと、エーゲ海は世界の中心であり、東にアジア、西と北にヨーロッパ、そして南にアフリカが位置した。 大陸間の境界は明瞭されなかった。 早くから、ヨーロッパとアジアは黒海からを流れる(当時はファシス河と呼ばれた)に沿って分けられた。 その後、この線は黒海を起点に、を通ってのを遡上する形と変化した。 アジアとアフリカの境界はに置かれた。 しかし紀元前5世紀の は、これではがアジアとリビア(アフリカ)に分断されてしまうため反対し、同地はあくまでアジアだとの主張の元に境界をエジプトの西側国境線に置いた。 また彼は、実質的に陸続きのこの3地域をわざわざ分けることに疑問を呈し 、この論争は2500年後の現在でも取り沙汰される。 紀元前3世紀のは、地理学者たちが主張するナイル川やドン川で区分される大陸部分に着目し、川で区分される大陸を「島」、地峡で分けられる大陸を「半島」と考えた。 彼以後の地理学者たちは、アジアをヨーロッパの区分をカスピ海と黒海の間の地峡に、アジアとアフリカの区分を地中海沿岸のバルダビル湖()河口からの間に置いた。 からの間、をアジアとアフリカの境界に置く地理学者はわずかで、ほとんどは依然としてナイル川もしくはエジプトの西境を基準に置いていた。 中世には世界はの形式で描かれ、Tが3つの大陸を分割する水域として表現されるようになったが、18世紀中ごろまで境界をエジプトとリビアの間(Great Catabathmus)に求める流儀はしぶとく残っていた。 ヨーロッパのアメリカ大陸到達 [ ] がを航海しに到達した1492年は、ヨーロッパ人のアメリカ大陸探査の口火となった。 ただし、コロンブス自身は4度アメリカへ渡ったにもかかわらず、彼はそこがアジアの一部だと生涯信じていた。 1501年、とゴンサロ・コエーリョが、彼らがインディアスと考えていた地を南下しへ抜ける海路を目指していた。 海岸を航海する一行は、この地が当時考えられていたアジアよりもはるかに南に伸び、その広さも大陸と呼ぶにふさわしい規模であることを確認した。 ヨーロッパへの帰路、探検の報告はヴェスプッチの名前で『Mundus Novus』(「新世界」の意)という名で1502年または1503年に出版された。 これには別人の加筆も疑われている が、ヴェスプッチの言葉「私は南の地に大陸を発見した。 そこには、私たちのヨーロッパやアジア、アフリカと比べてもよりたくさんの人々や動物たちが息づいている」 という言葉で明白な通り、彼はその大陸を既知の3大陸と区別している。 ヴァルトゼーミュラー1507年作の世界地図『Universalis Cosmographia』。 初めてアメリカ大陸をアジアと分けて示した。 数年後にはオリヴェリアーナ()の地図(1504 - 1505年ごろ)のように「新世界」を南アメリカと名づけた地図は作成されたが、まだ北アメリカはアジアとつながっていた。 しかし1507年にが出版した地図『Universalis Cosmographia』では、新大陸が水域でアジアと分けられた。 この地図に添えられた付録冊子『宇宙誌入門()』でヴァルトゼーミュラーは、地球の陸地は4つに分けられ、ヨーロッパ、アジア、アフリカに次ぐ4番目の大陸をヴェスプッチのファーストネームにちなんで「アメリカ」と名づけたと記している。 英語continent [ ] 1500年代から、名詞「continent」は terra continensを語源とし 、連続している大地(continent land)の意味から派生する形で生まれた。 しかし当初は「接続または連続した土地」以外にも「本土」の意味にも使われ 、必ずしも広大な陸地を意味していなかった。 1600年代、・・に対する「本土」また1745年にはを指して「本土」として使われた例がある。 やラテン語の翻訳では「continent」は世界を3分したパーツとして訳されたが、この本来の意味に忠実な形で用いられることは無かった。 一方で「continent」は連続する大地の一部を指して用いられることもあり、他方ではヘロドトスの提言を再評価する地理学者たちは、実質的に一つの広大な陸地をわざわざ別の大陸に分ける必要がないと主張した。 1600年代中ごろ、ピーター・ヘイリンは著書『Cosmographie』にて「大陸は広大な面積を持つ陸地を指し、必ずしも他の土地と海で隔てられなければならないわけではない。 ヨーロッパ、アジア、アフリカは完全に大陸だ」と筆した。 1727年にが書いた『サイクロペディア、または諸芸諸学の百科事典』には、「世界は基本的に2つの超大陸に分けることができる。 とだ」という記述がある。 エマニュエル・ボーエン(Emanuel Bowen)は1752年製作の地図において、大陸を「広く乾燥した充分な面積を持つ土地であり、多くの国が国境を接してつながり、水域によって分断されない」と定義し、ヨーロッパ・アジア・アフリカは合わせて1つの大陸であり、また別にアメリカがあるとした。 しかし、ヨーロッパの伝統的な考えから、ヨーロッパとアジア・アフリカは世界を構成するパーツでありながらそれぞれが大陸とする見方に固執した。 複数の大陸概念 [ ] 18世紀末ころには、地理学者の中に南北アメリカを別な大陸と見なし、世界を5つに区分する考えを持つ者が現れだしたが、19世紀にも依然4大陸の概念が一般的だった。 ヨーロッパ人によるオーストラリア発見は1606年だったが、当初そこはアジアの一部と見なされていた。 これを独立した大陸とし世界を6大陸とする考えが一部の地理学者から提案されたのは18世紀末のことであった。 も依然あいまいな表現に止まる 中、1813年にサミュエル・バトラーが「地理学者の中には別な大陸名をつけて権威づけるものがいる、広大な面積を持つ島」とオーストラリアを記した。 と名づけられたとして1000年以上前から存在を予言されていた南極大陸は1820年に発見され、1838年に行われたアメリカ合衆国の探検調査にてが最後の大陸と特定した。 1849年には大陸として確認されたが、ほとんどの地図には記載されず、これは以後にようやく反映された。 19世紀中ごろから、アメリカ合衆国で発行される地図はヨーロッパのそれと異なり、南北アメリカを別の大陸と扱うものがだんだんと増え、二次世界大戦以降の1950年代にはほとんどがそのようになり 、現代的なやの理解と一致した。 これに南極が加わり7大陸の概念が確立した。 ただし、には南北アメリカ大陸をまとめる考えが根強く、またアジアとヨーロッパをユーラシア大陸とみなす概念も依然残っている。 地質学 [ ] この記事の内容の信頼性について。 確認のための文献やをご存じの方はご提示ください。 、記事の信頼性を高めるためにご協力をお願いします。 議論はを参照してください。 ( 2007年9月) 地質学は、地理学と異なる「大陸」の定義下でこの用語を使う。 それによれば、や、広くはの岩盤で構成された部分を大陸とする。 より厳密に定義されたものでは、15億年から38億年前のに安定した「盾」状の地殻部分である(安定陸塊)を指す意見もある。 クラトンそのものは、古代の山岳帯が初期のや大陸衝突帯またはプレートテクトニクスの上昇部分での活動帯で造られ、これが集まったものであり、その表面は形成されたばかりの薄いが覆っている。 地質学で言う大陸は、その周辺をある程度活発な造山帯・海溝またはや海底プレートに形成されたや積もったなどが付着した「付加体」 で周辺を覆われている。 縁辺部の外側は地球のプレート配置によって、大陸棚や質のが広がるか、もしくはほかの大陸地殻と隣り合っている状態にある。 大陸地殻の周辺は必ずしも水域ではない。 地質学的な時間スケールで見れば、大陸地殻はやがて海洋地殻の下にもぐりこむか、大陸地殻同士が衝突するかの結末を迎える。 現在の地球地殻は、他の時代に比べて陸地部分が多く「(標高が)高く乾いた」変則的な状態にあると言える。 大陸や海洋の下に潜む地球のプレート群 大陸を例えて、より重い玄武岩質の海洋地殻とは異なり、大陸地殻にへばりついた「いかだ」のようなもので、プレートテクトニクスが起こす沈み込みで破壊されることを免れているという言及もある。 この仮説は、大陸クラトンを構成する岩石の年代が非常に古いことを説明できる。 この定義では、東ヨーロッパやインドなどといった地域は、古代の独立した箇所(やインドクラトンなど)であった事から他のユーラシア大陸とは異なる大陸塊と言える。 これらの大陸塊とユーラシアの境界が、やなどの新しい造山帯である。 大陸地殻には、クラトンに至らない多くの微小大陸がある。 ゴンドワナやジーランドなど古の大陸の断片にあたるニュージーランドや・マダガスカルなど、またはマスカレン海台北部やなどがこれに当たる。 の諸島は花崗岩質だが、ほとんどの大陸は花崗岩と玄武岩質の表層を持っている。 ただし、このような線引きで島と微小大陸を区別できない。 たとえば、ケルゲレン海台はゴンドワナ大陸の分裂に関与したと考えられるため微小大陸に相当するが、その地質はおもに火成岩であり 微小大陸ではないアイスランドやハワイ諸島と同じである。 ブリテン諸島、の一部、は過去同じ大陸の一部分であり、内海(イアペタス海)が広がって分断された。 これらも大陸断片にあたる。 は、大陸を定義する別の方法を提案する。 今日、ヨーロッパをアジアの大部分を合わせユーラシア大陸としているが、これをを基準に見るとインド、アラビア半島、そしてロシア東部は除外される。 インドはを中央に含みを北端とする単独のプレートである。 南北アメリカは比較的近年の火山活動によって形成された陸峡で繋がった、プレート的には別々の大陸となる。 そして北米はの端にグリーンランドを、そして西の境界でアジア(ロシア)東部を含むことになる。 ただし、地質学者たちはこのプレート配置を取り上げてアジア東部の一部を北アメリカに加えるといったような主張はしていない。 通常「大陸」は地理的な意味にて用いられ、大陸岩石やプレート境界といった定義はあくまで補充的に適宜用いられるに過ぎない。 画像 [ ]• (2009年). 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【地理分野】世界の6大陸について!形の特徴と名前の由来!ユーラシアはヨーロッパ+アジア?アフリカは色々な説があり?

ユーラシア 大陸 地図

1.概要 独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 平朝彦、以下「JAMSTEC」)地球深部ダイナミクス研究分野の吉田晶樹主任研究員と浜野洋三特任上席研究員は、スーパーコンピューターを用いた三次元全球内のマントル対流の計算機シミュレーション()によって、約2億年前から始まった超大陸パンゲア()の分裂から現在までの大陸移動の様子と、地表からは観測できない地球内部の流れの様子を再現することに世界で初めて成功しました。 本研究のために開発したマントル対流のシミュレーションモデルは、従来のモデルとは異なり、大陸がマントル対流の動きで自由に変形しながら移動できるもので、過去の地球上に存在した大陸の挙動を正確に再現できる画期的なものです。 これによって、アルフレッド・ウェゲナー()の「大陸移動説」以来、100年間の謎であった超大陸の分裂と、その後の大陸移動の主要な原動力が、大陸直下のマントルの流れ(マントル対流)であることが明らかとなりました。 この結果は、過去にJAMSTECが実施した大規模地下構造調査に基づく観測結果()を強く裏付けるものです。 本研究のシミュレーション結果は、大陸を駆動させるマントルの流れのパターンが、超大陸の熱遮蔽効果()による上部マントルの高温異常と、大陸・海洋境界に発達するマントルのコールドプルーム()によって決まっていることを示しています。 パンゲア分裂以降の大陸移動の歴史で最もよく知られたイベントは、パンゲアの南半分を構成していたゴンドワナ大陸から分裂したインド亜大陸()がテーチス海()を高速で北上し、北半球でユーラシア大陸に衝突した後、ヒマラヤ・チベット山塊を誕生させたことです。 本研究のシミュレーション結果では、このインド亜大陸の高速北進も忠実に再現され、その原動力が、パンゲア分裂直後にテーチス海北部に発達するコールドプルームであったことが明らかになりました。 ヒマラヤ・チベット山塊はアジアにモンスーンという気候システムをもたらしただけでなく、最近1000万年間の地球規模の寒冷化にも寄与しています。 今回、インド亜大陸の高速北進とヒマラヤ・チベット山塊形成の原動力が分かったことは、現在の地球における気候システムの起源の解明に向けても、重要な進展をもたらすと考えられます。 なお、本研究は、日本学術振興会科研費23340132(基盤研究(B))の一環として実施されたものです。 本成果は、英国「Nature」姉妹誌の「Scientific Reports」(電子版)に2015年2月12日(日本時間)付けで掲載される予定です。 タイトル: Pangea breakup and northward drift of the Indian subcontinent reproduced by a numerical model of mantle convection 著者:吉田晶樹 1、浜野洋三 1 所属:1. 海洋研究開発機構 2.背景 地球上にかつて存在していた超大陸「パンゲア」は約2億年前に分裂を開始しました。 パンゲアが分裂し、現在の地球の六大陸が形成される過程で顕著なイベントの一つは、パンゲアの南半分を構成していたゴンドワナ大陸()の一部であったインド亜大陸がテーチス海を高速で北上してユーラシア大陸に衝突し、現在もなお北上を続けていることです。 この衝突によってかつてはテーチス海の海底であった場所が隆起し、「世界の屋根」と呼ばれるヒマラヤ山脈とチベット高原が形成され、周辺の東アジアの地震や地殻変動を引き起こしています。 一方で、インド亜大陸の衝突によって生じたヒマラヤ山脈・チベット高原の隆起は、アジアモンスーン気候の成立に寄与し、新第三紀以降の地球規模の寒冷化をもたらしています。 このように現在の地球の活動に多大な影響を与えているインド亜大陸の北上は、現代地球科学において重大な関心事ですが、その原因は未だ解明されていませんでした。 JAMSTECでは、地球深部探査船「ちきゅう」等による海洋掘削を実施することによって新たな地球内部の動態解明を目指していますが、大陸移動と密接な関係がある地球表層及びマントルの大規模循環の長期的変動やその原動力をより詳しく理解するためには、地球内部で起こっている対流運動の計算機シミュレーションを実施し、海洋掘削で得られた地球表層のさまざまな地球科学的情報を補完することが必要不可欠です。 現在の固体地球科学では、マントル深部のダイナミックな活動を物理的に理解する上で、マントル対流の計算機シミュレーションは重要な一翼を担っています。 しかしながら、これまで、吉田主任研究員を含め世界の研究グループが行ってきた計算機シミュレーションでは、計算機能力や計算手法の制限により、大陸を簡単な形状を持つ剛体的な「板」のようにモデル化したり、実際の地球のマントルとかけ離れた物性パラメーターで計算したりするなど、実際の地球で起こってきた大陸移動を再現するには程遠く、また、大陸移動の原動力を特定するには至りませんでした。 3.成果 本研究では、JAMSTECが所有するスーパーコンピューター(SGI ICE X)を用いて、精密な地質学的・古地磁気学的データによって復元された2億年前の超大陸パンゲアの形状データと、実際のマントルの物性パラメーターを考慮した三次元全球内のマントル対流の大規模計算機シミュレーションを世界で初めて実施し、2億年前から現在までの大陸移動の様子を調べました。 本研究で用いたシミュレーションモデルでは、独自の手法を用いることにより、パンゲアを構成する各大陸ブロックはマントル対流の力で自由に変形しながら移動できるようにモデル化されています。 特に、パンゲアの分裂は超大陸の熱遮蔽効果によるパンゲア直下のマントルの高温異常が大きく寄与することが分かりました。 これはパンゲアの下に溜まった熱を「裂け目」を作ることによりマントルから地表へ吐き出す必要があるためです。 また、パンゲアの一部であったインド亜大陸の高速北進の主要な原動力は、パンゲア分裂直後からテーチス海北部に発達するコールドプルームであることが明らかになりました()。 そのコールドプルームは、パンゲア直下のマントルの高温異常、及び、パンゲアの下(現在のアフリカ大陸の下)のマントル深部に元々存在していた大規模なホットプルーム()に励起されるマントルの大規模な流れによって、テーチス海北部のローラシア大陸()の縁(大陸・海洋境界)に自発的に形成されます()。 ちなみに地震波トモグラフィー()の手法で画像化された現在のマントルの三次元地震波速度構造分布から、このコールドプルームに起因すると思われる地震波高速度領域(低温領域)が現在もなおマントルの奥深くに存在することが確認されています()。 沈み込み帯を持たないインド亜大陸が、ユーラシア大陸に衝突後、現在もなお北上を続けていることは、大陸移動の原動力がこのコールドプルームである何よりの証拠です。 プレートに働くさまざまな力について定量的に議論されるようになった1970年代半ば以降、大陸・海洋プレートの移動の主要な原動力は、マントル中に沈み込む海洋プレートの「スラブ引っ張り力」であると考えられてきました(上)が、本研究のシミュレーション結果によって、大陸移動の主要な原動力が、スラブ引っ張り力ではなく、大陸直下のマントルの流れ(マントル対流)であることが明らかになりました(下)。 JAMSTECでは2014年に、小平秀一・地震津波海域観測研究開発センター長らの研究グループが、北海道南東沖の太平洋プレート上において、地下構造探査システム、及び海底地震計を用いて地殻と上部マントルの大規模構造調査を実施した結果、海洋プレートが生成され拡大する場所で、プレートがマントル対流によって駆動されて移動していることを証明する構造(断層)があることを発見しました(Kodaira et al. , 2014, Nature Geosci. )()。 本研究のシミュレーション結果は、この観測事実に基づく新しいプレート運動の原動力の考え方を強く裏付けるものであり、海洋プレートが生成される場所だけではなく、海洋プレート全体がマントル対流によって駆動されている可能性を示唆します。 ドイツの気象学者であったアルフレッド・ウェゲナーは、1915年に『大陸と海洋の起源』という1冊の著作で「大陸移動説」を発表しました。 本研究により、ウェゲナーの「大陸移動説」の完成からちょうど100年、つまり現代地球科学の幕開けから100年という節目の年に、超大陸パンゲアの分裂、それ以降の大西洋の拡大、そして現在の地球の大陸配置が、マントルの熱対流運動を支配する物理法則()のみによって再現されることが計算機シミュレーションによって世界で初めて実証できたことになります。 4.今後の展望 大陸の離合集散は、地球表層のプレート運動や地球内部のマントル対流の振る舞いと密接な関係があります。 これが実際の地球環境下でのマントル対流の計算機シミュレーションによって再現されたことは、地球内部活動の実態解明に向けた今後の研究進展に重要な貢献をなす研究成果です。 また、大陸の離合集散は、地球の歴史において地球表層環境や生命進化にも多大な影響を及ぼしてきたと考えられるため、固体地球科学の周辺分野に存在するさまざまな未解決問題を解くための突破口となる可能性を秘めた研究成果でもあります。 今後は、シミュレーションモデルをさらに高度化させ、現在の地球の大陸配置をより正確に再現するために必要なパンゲア時代のマントル深部のより詳細な温度構造(例えば、パンゲアの縁辺に発達していたと考えられる沈み込み帯からマントル深部に沈み込んだ低温の海洋プレートの分布など)を特定することが期待されます。 また、将来的には、パンゲア分裂以降の地球史における大イベントの1つである、約4300万年前に起こった太平洋プレートの運動方向の急変の原因など、マントル対流に起因するさまざまな固体地球科学現象のメカニズムの解明にも繋がるものと考えられます。 本研究のシミュレーション結果とKodaira et al. 2014 の地下構造調査の結果により、大陸移動とプレート運動の主要な原動力の考え方が40年ぶりに見直されようとしています。 今後も、地球深部掘削や地下構造調査、地震波トモグラフィーなど、異なる固体地球科学的研究手法を扱っている研究グループと連携・情報交換をして、大陸移動とプレート運動の原動力やメカニズム、及び、それらによってもたらされるさまざまな地学現象(プレートの生成や沈み込み、造山運動、地震・火山噴火活動)のメカニズムをより深く理解するための統合的な地球モデルを構築していく予定です。 マントル対流の計算機シミュレーションでは、初期条件となる温度場だけを与えることによって対流が開始するので、マントル対流の基礎方程式()に基づいて計算を進めることで、決まった時間間隔毎の温度場と流れ場が同時に得られる。 現在では、詳細な地質学的証拠などから、パンゲアは約3億年前ごろに形成され、約2億年前から分裂を開始したことが分かっている。 パンゲアの北半分はローラシア大陸(現在のユーラシア、北アメリカ大陸)、南半分はゴンドワナ大陸(現在のアフリカ、南アメリカ、南極、オーストラリアの各大陸及びインド亜大陸)と呼ばれる。 ちなみに、ウェゲナーは、パンゲアが形成されていた時代には、インド亜大陸はユーラシア大陸と陸続きで繋がっていたと考えていた。 インド亜大陸が南半球から北上したことが分かったのは、1950年代以降になってインド洋の海底の地磁気縞模様が確認されてからである。 1912年に地質学会で初めて「大陸移動説」を発表し、1915年に『大陸と海洋の起源』(初版)という一冊の本で「大陸移動説」を完成させた。 ウェゲナーはこの本の改訂を重ね、1922に発行された第3版で初めて、3億年前の超大陸を「パンゲア」と命名した。 1930年にグリーンランド探検中に遭難死した。 1982年にカリフォルニア工科大学のDon L. Anderson博士によって初めて提唱され(Anderson, 1982, Nature)、1999年に吉田主任研究員ら(当時広島大学)が行った三次元全球内のマントル対流の計算機シミュレーションで初めて確認された(Yoshida et al. , 1999, Geophys. Res. Lett. 補足資料の参照。 地球表層の沈み込み帯から沈み込んでいる途中の海洋プレートや、地球表層から切り離された海洋プレートがもとになっている。 単位はパスカル秒(Pa s)で、値が大きいほど物質が固いことを意味する。 水の粘性率が10 -3 Pa s、水飴の粘性率が10 3 Pa sに対し、岩石でできているマントルの標準的な粘性率は10 21 Pa sという巨大な値になる。 コア(地球中心核)とマントルとの境界から発生することが多い。 現在の地球では、アフリカ下と南太平洋下のマントル深部に大規模かつ動的に安定なホットプルームが存在する。 本研究のシミュレーション結果から、アフリカ下のホットプルームは2億年前から存在していたことが示唆される。 一般的に地震波が低速度(高速度)で通過する領域は周りよりも温度が高い(低い)。 これらを基礎方程式、あるいは、支配方程式と呼ぶ。

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