清水愛理 ピアノ。 セントラル愛知交響楽団KAWAI室内楽シリーズNo.45 ~リトルミューズの舞~ 清水愛理 (名古屋)|河合楽器製作所 製品サービス情報サイト

2019年度 第29回 日本クラシック音楽コンクール結果

清水愛理 ピアノ

是非ライブ来てください。 僕の各アルバム全世界発売されてます!! 詳しくは『ディスコグラフィー』 のコーナーにて。 =ジャズピアノ教室生徒募集= ジャズ好きな方なら初心者から僕より上手く無い人までその人に合ったレッスンを行います。 ブルースやスタンダードナンバーを素材にコード進行やそれに伴うアドリブやサウンド(和音の響かせ方)等を中心にレッスンを行います。 曜日 :主に火曜夜もしくは平日昼間 月回数:月二回レッスン(1レッスン1時間です) 場所 :芦原橋のスタジオ『Make』を借りて行います。 000円(スタジオ代込) 今は生徒さんと僕とスタジオの都合見て都度日を決めています。 ご注意:1. 当教室はスタジオ『Make』を借りて行う僕の個人レッスンで 『Make』主催による物ではありません。 レッスンは原則月二回、生徒さんの都合で休まれた場合 も月謝は一月分発生致しますのでご注意ください。 大学の頃よりジャズピアニストとしてライブ活動を行なう。 二十歳の時、兵庫のローカルテレビ局『サンテレビ』の番組『神戸ニューアングル』にて『二十歳を迎えるジャズピアニスト』として取り上げられる。 その後ベーシスト西山満氏のバンドを経て92年に伝説のロックドラマーベーカー土居と自己のバンド『E. 』結成。 05年には『高槻ジャズストリート』にゲスト出演のため来日した世界的なジャズピアニストのバリー・ハリス氏にピアノ演奏を絶賛される。 アルバムの方では95年に新井雅代 Vo とのアルバム『From Me ToYou』を発売。 01年黒田征太郎氏のジャケット絵で待望のCD『E. 』を発売。 06年全国発売された『シカゴロッカーズ』のアルバム『ナニワジャングル明日はなし』に参加。 07年秋に発売されたボーカリストなかばやしのりあき率いるthink pink syndicateのアルバム "no need"『無用』に参加、ピアノ演奏以外に自らのオリジナル曲『EmptyHeart』を提供。 08年4月に『E. 』を発売。 10年5月には『E. 』のライブ盤『Live at Kozagawa』を発売。 11年自己のソロピアノアルバム『Takeshi plays Takeshi』、サックスの武井努とのDUOアルバム『TAKE TAKE』(たけタケ)を全国発売。 12年10月、E. の結成20年記念アルバム『Sea Of Clouds』を全国発売する。 (ディスコグラフィー参照 ) 『みんな、ジャズはロックやで!!』をモットーに、ジャンルの垣根なく関西ジャズ界とは決して深く関わる事無くただひたすらオリジナルな音楽を追求する異端児。 1982年 フュージョンバンド「Love Play」に参加。 アルバム「Midnight Driver」を制作。 1984年 西山 満(ベース)バンドに参加。 ジョン・ハード(ベース)、ジョー・ジョーンズJr(ドラム)アン・ヤング(ボーカル)、エブィレン・ブレーキー(ボーカル)等と共演する。 1986年 河島英五(フォークシンガー)の大阪城野外音楽堂でのコンサートに参加。 ホーンセクションのアレンジ&アルトサックスを担当する。 1988年 奈良のライブハウス「ビバリーヒルズ」の企画で、シルクロード博覧会に伴い、シルクロードをテーマにつくられたロックアルバム「DREAMERS」に参加する。 1990年 帝塚山音楽祭(大阪)に自己トリオと「童謡倶楽部」で出演。 更に、12月に「ビバリーヒルズ」(奈良)より発売された CD「Earth」に参加する。 」(地球防衛隊)を結成、オリジナル曲を中心に作曲家としての能力を発揮。 1993年 自己のバンド『E. 5月にはこの年16年振りに復活したコンサート「春一番」に参加。 上田正樹、金子マリ、近藤房之助、北 京一、大野えり、砂川正一、くんちょ、シーナ&ロケッツ等と共演。 又、8月にはクラウンより発売されたオムニバスCD『Banana De Eeyan Vol. 12月には石田長生 G,Vo の率いる平成トリオのライブに参加、カルメンマキ Vo と共演する。 このほかのユニットも含めこのコンサートに3日間出演する。 7月よりアルトサックスの古谷 充とDuoで活動を始め、 8月には愛媛県伊予郡双海町シーサイド公園にて、石田長生や誰がカバやねんロックンロールショーのダンシング義隆らと地元のバンドを交えライブを行う。 また、秋に服部緑地野外音楽堂で行われたコンサート「ワン・コーリアフェスティバル」ではスージー・キム Vo のサポートを努める。 1997年 EDF中心に作曲&演奏活動を行い、6月には神戸長田にて画家の黒田征太郎氏と共演、ライブペインティングを行う。 また同じ月、関西が誇るフリーペーパーの一つ「ジャングルライフ」の企画制作で、 EDFも参加しているオムニバスCD「11STRAINS」が発売される。 また、EDFとは別に1月と11月にはサックスの古谷 充共々俳優でジャズドラマーの渡辺裕之氏と共演する。 1998年 2月に大阪狭山にて現在アメリカで活躍中の邦人若手女流ピアニスト宮本貴奈とピアノ2台によるデュオコンサートを行う。 この他、『E. 』や『古谷 充Duo』等で関西地区を中心にライブハウスや大阪芸術大学の学園祭等に出演、自らの手による新曲等を意欲的に発表。 1999年 『EDF』『鍵盤ハーモニカバンド』『古谷 充Duo』等を中心にライブを展開。 5月に行われた『高槻ジャズストリート』に『EDF』と『トリオ』で参加。 また10月に愛媛県松山市で行われたイベント『シュガー・ヴィレッジ』にシンガー・ソングライター『おちあいさとこ』と参加、好評を得る。 また自主製作版『Best Of EDF』を発売する。 2000年 春に発売の古谷 充 As. Vo のアルバム『My Song Book』に参加、息の合ったDUOを録音。 アーティスト『利久』とライブペインティングを披露、武井は横笛(和)とテナー・サックス、清水はバスクラリネットと鍵盤ハーモニカを演奏、 3人で独特のインプロヴィゼイションを展開する。 また利久氏主催のお遊びユニット『狼虎少年団』<利久(アート)、東雲マ(Vo)、インディー(大衆ソウルシンガー)、月亭遊方(噺家)>に参加、新たなる芸の道を拡げる。 5月には第二回目『高槻ジャズストリート』に清水ケンG Ts らと出演。 また、7月にはドラマーのBilly Hart氏らとセッションする。 この年よりストリートライブも積極的に行い、ストリートでは主にアルトサックスとクラリネットを演奏する。 2001年 5月に大阪の服部緑地野外音楽堂で行われたフォーク&ロックのコンサート『春一番』に自己のバンドEDFで出演。 歴史あるこのコンサートで初のジャズユニット参加を果たし大きな反響を得る。 また同月EDFのCD製作のためレコーディングを行う。 6月には大阪京町堀のCD店『CHOVE CHOVA』のイベントライブに鍵盤ハーモニカで参加、この模様が神戸のFM『MOVE』でオンエアされる。 8月には大阪の服部緑地野外音楽堂で行われた『関西国際ジャズフェスティバル』に自己のトリオ(b:宮野 友、Ds:ベーカー土居 で参加、最後に行われたジャムセッションでは鍵盤ハーモニカで登場、ドラムのJimmy Smith氏らと共演する。 更に10月にはゲストに溝口恵美子 Vo 、黒田征太郎(ジャケット絵)を迎え待望のCD『E. 』を発売。 2002年 2月に大阪ミナミのNGK(難波グランド花月)にてEDFのサックス武井 努と共に漫画家木川かえる先生と共演。 ジャズ漫画ライブのステージを一週間行い、かえる先生はじめ各人より反響を得る。 5月に行われた『高槻ジャズストリート』には今や世界的ジャズギタリストの仲間入りをした畑 浩史 g とDUOで出演、大変な反響を得る。 9月に行われた『守口・門真ジャズストリート』に畑 浩史 g らと出演。 また10月には大阪梅田『ロイヤル・ホース』にてドラムのジミー・スミス氏と共演するほか、同月に大阪ミナミアメリカ村『Big Cat』にて行われた落語家月亭遊方の独演会にKAJAと参加、落語とのコラボレーションを見事にこなす。 また和歌山『セント・ルイス』で行なった溝口恵美子 Vo との息の合ったライブの模様がNHK-FM(和歌山放送局)で放送される一方、松山で行われたイベント『シュガー・ヴィレッジ』に『EDF』で参加、絶大な支持を得る。 11月『大阪芸大学園祭』に『EDF』で参加。 大晦日には帝塚山『ハザード』にてKAJA、ピル野村 Sax 、桑名晴子 Vo らと賑やかにカウントダウンライブを行う。 また京都在住のシンガーソングライター『Michiyo』さんのアルバム『佐保姫』に参加する。 10月には松山で行われた音楽フェスティバル『シュガーヴィレッジ』に自己のバンド『EDF』で参加。 2004年 和歌山の地元誌『ニュース和歌山(元日号)』の『和歌浦に集うアーティスト』特集? nwn. nwn. html)にて大きく取り上げられる。 6月に松山市内で行われた音楽フェスティバル『シュガーヴィレッジ初夏版』にサックスの武井努とボーカルの溝口恵美子によるユニット『たけタケえみこ』にて出演。 7月には京都『Rag』にて元ブラックボトムブラスバンドのトランペット&ボーカルのMITCHと共演、現在もセッションをサポート。 同じく7月には奈良吉野山にて吉野・熊野世界遺産登録記念イベントに参加、吉野山『勝手神社』境内においてEDFライブを行い反響を得る。 8月には大阪の『法善寺ジャズフェスティバル』、10月には大阪市南森町の『シカゴロック』においてシカゴを代表するソウルシンガーであるイライジャ・リーバイと共演&意気投合。 2005年 関西中心にEDFや色んなセッションでライブ活動を行う。 3月には和歌山『セント・ルイス』で行なった唐口一之 Tp 池邊浩歳 b との息の合ったライブの模様がNHK-FM(和歌山放送局)で放送される。 4月には松山で行われた音楽フェスティバル『シュガーヴィレッジ』にサックスの武井努とのDUO『EDF2』で参加、オリジナルの数々を披露、反響を得る。 5月には『高槻ジャズストリート』にボーカルの小柳純子とのDUOで参加、この演奏をN. からゲスト出演のため来日してた世界的なジャズピアニストのバリー・ハリス氏が聴いて清水武志のピアノ演奏を絶賛する。 また、同じく5月には福岡在住のテナーサックス奏者清水ケンGと共に(長崎、福岡、山口)をツアーする。 2006年 1月にベーカー土居プロデュースの『シカゴロッカーズ』のアルバム『ナニワジャングル明日はなし』のレコーディングに参加、 7月に同アルバムが発売される。 2月自らのホームページ『Official Website TAKESHI SHIMIZU Follow club』開設。 8月には『高槻ジャズストリート』の親善バンド『箕輪裕之5』のピアニストとして韓国ソウルのジャズフェスティバルに招かれる。 10月には亡き祖母の故郷和歌山県の古座川町にて里帰りコンサートと称してE. 単独コンサート&カヌーツーリングを行う。 2007年 各地でライブ活動する傍ら歌謡ブルースバンド『疾風』のレコーディングに参加。 4月この年の10月発売のボーカリストなかばやしのりあき率いるthink pink syndicateのアルバム、"no need" 『無用』に2曲参加、ピアノ演奏以外に自らのオリジナル曲『Empty Heart』を提供する。 8月『徳島ジャズストリート』にサックスのNAOHとDUOユニットにて参加、大反響を得て後FM徳島のジャズ番組『酒とジャズの日々』にNAOHと出演。 また同月長野県で第一回開催の『白馬ジャズストリート』にベーシスト箕輪裕之のユニットにて出演。 更に同月、障害者カヌーのサポートメンバーとして作家でカヌーイストの野田知佑氏らとカナダのユーコン川320Kmを9日間かけて下る。 9月、福岡在住でカナダのトロント等でも活躍中のサックス奏者清水ケンGと九州ツアーを行う。 また、11月には同じく清水ケンGと関西ツアーを行う。 2008年 2月京都『モジョウエスト』で行われた『PAUL JACKSONセッション』に塩次伸二 g 小林健治 DRUMS らと参加。 5月『服部緑地野外音楽堂』で行われた『春一番コンサート』に自己のバンド『E. 』で出演。 また同月には福岡在住で全国各地とカナダトロントで活躍するサックス奏者『KEN G』の中国地方&九州ツアーに『サン・ムラタ Vln 、Beverly Taft vocal 』等カナダメンバーと共に参加。 2月と8月には『徳島ジャズストリート』にゲスト出演。 9月関西各地で行われた『KEN G』の『ニューヨークレコーディング盤発売記念ライブ』ツアーに参加。 10月、高知県須崎市で行われた『スサキ・ガ・スキサ・ミュージックフェスティバル 』にボーカリスト『大西ユカリ』のキーボードとして参加。 12月沖縄のシンガーソングライター『首里フジコ』とタップダンスの『sam』のコラボライブ『首里フジコWith sam』に参加する。 2009年 各地にて自己のジャズライブを行う傍ら2月〜7月まで大西ユカリ(Vo)のサーポートを勤め大西ユカリ『報恩ツアー』に参加。 8月にはベーシスト東ともみとのDUOで熊野本宮大社『八咫の火祭り』野外ライブにゲスト出演。 熊野大社旧社地横広場にて演奏、オリジナル曲『熊野』等演奏。 12月、パナソニック VIERA(テレビ受像機)のショールームに於けるデモンストレーション映像ジャズバージョンの音楽『Smile On The Sky』を作曲。 2010年 各地でライブ展開、4月にはベーシスト清水興主催の『音魂三昧三連夜』に出演、演歌の香西かおりと共演。 また、同月東京で活躍中のボーカリスト高須賀はつえの北陸ツアーに参加。 5月、EDFのアルバム『Live at Kozagawa』発売。 8月ピアニスト兼作曲家の西山瞳主催のコンサート『Jazz Complex vol. 6』にソロピアノで出演、オリジナル5曲を演奏、大反響を得る。 2011年 各地でライブ展開、この年ソロピアノアルバム『Takeshi Plays Takeshi』、ロックの『クオンリジィ』とのDUOでクオンリジィのオリジナル曲のアルバム『KAMIKAZE』、サックスの武井努とのDUOアルバム『TAKE TAKE』、東京で活躍するジャズボーカリスト高須賀はつえとのDUOアルバム『DUO』をリリース。 10月『TAKE TAKE』が全国発売される。 2012年 2月にアルバム『E. 』『E. 『全国誌『ジャズ批評』三月号の『JAZZ FROM THE WEST 33』コーナーにて5ページに渡りインタビュー記事が掲載される。 10月『E. 』の20周年記念アルバム『Sea Of Clouds』を全国発売する。 2013年 各地でライブ展開、ボーカリストsatokoのファーストアルバム『All The Pretty Little Horses 』に参加。 自主レーベルFollow Club Recordより全国発売される。 2014年 各地でライブ展開。 この頃より若手との共演を積極的に増やす。 1月渋谷のNHKふれあいホールにてNHK-FMライブ番組『セッション2014』の収録に参加。 また池袋『アップルジャンプ』にてE. としては東京初ライブを行い4月にE. 出演のNHK-FMライブ番組『セッション2014』が全国放送される。 9月、千葉で行われたテナーサックスの清水賢二の日本のポップスを題材にしたジャズアルバム『Japanese Standards』のレコーディングに参加。 2015年 各地でライブ展開。 大塚 恵(b)や東ともみ(b)とのDUOの他、若手アルトサックスプレイヤー鈴江愛理やクラリネットの鈴木孝紀とのDUO活動も行う。 また、畠山 令(b)光田じん(Ds)とのトリオの他東ともみ(b)冨永ちひろ(Ds)とのトリオでの活動も積極的に行う。 2月には平塚で行われたボーカリスト南ルミコのアルバム『Dear Friend』のレコーディングに参加、翌月発売される。 またテナーサックスの清水賢二のアルバム『Japanese Standards』が2月に全国発売され3月に中国地方&九州で行われたレコ発ライブに参加する。 3月にはピアニストで作曲家の渋谷 毅とピアノ二台によるデュオアルバムのレコーディングを行う。 2016年 2月ピアニストで作曲家の渋谷 毅とのピアノ二台によるデュオアルバム『Takeshi meets Takeshi』を自主レーベルFollow Club Recordより全国発売。 これに先駆けて大阪『ALLWAYS』でピアノ2台によるレコ発ライブを行い大反響を得る。 4月、渋谷のNHKふれあいホールにてNHK-FMライブ番組『セッション2016』の収録に参加。 またNHK収録前日、ベースにベテラン金澤英明氏を招いて高円寺『ジロキチ』にてライブを行う。 5月、E. 出演のNHK-FMライブ番組『セッション2016』が全国放送される。 ジャズ好きな方なら初心者から僕より上手く無い人までその人に合ったレッスンを行います。 ブルースやスタンダードナンバーを素材にコード進行やそれに伴うアドリブやサウンド(和音の響かせ方)等を中心にレッスンを行います。 曜日 :主に火曜夜もしくは平日昼間 月回数:月二回レッスン(1レッスン1時間です) 場所 :芦原橋のスタジオ『Make』を借りて行います。 000円(スタジオ代込) ご注意:1. 当教室はスタジオ『Make』を借りて行う僕の個人レッスンで 『Make』主催による物ではありません。 レッスンは原則月二回、生徒さんの都合で休まれた場合 も月謝は一月分発生致しますのでご注意ください。

次の

受賞記念演奏会|愛知ピアノ

清水愛理 ピアノ

出身地:埼玉県 経歴:2004年 日本体育大学体育学部 卒業 2016年 NHKテレビ・ラジオ体操 指導者(~現在) メッセージ:ラジオ体操を通して、多くの皆さんの健康づくりに関わる事ができて、大変うれしく思っています。 毎日の生活に体を動かす機会を少し取り入れるだけでも、健康な体を維持する事ができます。 無理のない範囲でテレビ・ラジオ体操を活用し、運動習慣を身に付けていきましょう!ラジオ体操の魅力は「いつでも、どこでも、だれでも」手軽に体を動かすことができることです。 ご自分のペースで楽しく体を動かしてみてください。 テレビやラジオ、巡回放送などを通して、皆さんと一緒に体操ができる事を楽しみにしています!!• 出身地:東京都 経歴:2016年 東京女子体育大学体育学部 卒業 同年 NHKテレビ・ラジオ体操 アシスタント(~現在) 趣味:写真撮影 特技:新体操 好きな運動:ラジオ体操、新体操、ドッジボール 好きな食べ物:お寿司 休みの過ごし方:美味しいものを探す旅 私のストレス解消法:好きなものをたくさん食べる 私のモットー:為せば成る、為さねばならぬ何事も メッセージ:一日の始まりに体操をすることで、心身ともにスッキリと、そして元気で明るい気持ちでスタートすることができます。 出身地:埼玉県 経歴:2004年 日本体育大学体育学部 卒業 2016年 NHKテレビ・ラジオ体操 指導者(~現在) メッセージ:ラジオ体操を通して、多くの皆さんの健康づくりに関わる事ができて、大変うれしく思っています。 毎日の生活に体を動かす機会を少し取り入れるだけでも、健康な体を維持する事ができます。 無理のない範囲でテレビ・ラジオ体操を活用し、運動習慣を身に付けていきましょう!ラジオ体操の魅力は「いつでも、どこでも、だれでも」手軽に体を動かすことができることです。 ご自分のペースで楽しく体を動かしてみてください。 テレビやラジオ、巡回放送などを通して、皆さんと一緒に体操ができる事を楽しみにしています!!.

次の

グレンツェンピアノコンクール公式サイト

清水愛理 ピアノ

来歴 [ ]• 1964年、兵庫県神戸市に生まれる。 父、母、兄の4人家族で育った。 父親は平松医院を経営。 兄は消化器内科医局長。 平松が音楽と出合ったのは3歳の時。 実家の隣に住む七歳上の女の子が持つを見たのがきっかけ。 すぐに自分も同じ教室に通うようになり、4歳からはオルガンとともにも習い始める。 10歳の頃、洋楽好きで・ファンの4歳上の兄の影響で、歌に興味を持ち始める。 兄のの弾き語りに合わせてピアノを弾きながらカーペンターズをハモっていた。 に進学。 中学ではコーラス部に入る。 そのかたわら、ピアノでオリジナル曲を作り始める。 高校では軽音楽部に入部、ボーカルとして「ワイプアウト」に加わる。 そのバンドで出演した学園祭でオリジナル曲を披露、自分で作詞作曲した歌を歌って観客に拍手をもらったことでプロを意識するようになった。 17歳の時に関西ローカルのオーディション番組「」に出演。 それまでバンド活動に反対していた両親が、テレビに出たことで反対しなくなり、さまざまなコンテストに挑戦するようになった。 アルバイトをしながら曲を作り、週2回はレコード会社に売り込みをかける生活を送る。 「My Wish」などの曲でを執っている(ただし名前の表記は本名の「平松絵里」)。 他の2人は、のちにソロデビューする(にしつかさ)と、パイパーのリーダーである(やまもとけいすけ)。 するとそれが気に入られ、デビュー曲に採用された。 1989年2月21日、シングル「青春のアルバム」とアルバム『TREASURE』でよりソロデビュー。 1992年、アルバムからシングルカットした「」が100万枚近いセールスを記録するヒットとなり、ブレイクを果たす。 同年、ユニットとして、、と共同で、シングル・アルバム『』をリリース。 1994年1月29日、ともに楽曲制作をしていたのと。 結婚式場は東京・代沢の。 なお、出産後「両親ふたりとも家を遅くまで留守にするのは育児に差し障る」という配慮から、平松と清水が組んで仕事をするのは差し控えるようになった。 1995年1月17日、神戸の実家がで倒壊。 同年4月21日、震災チャリティソング「」をリリースする。 1996年に女児を出産。 しかし、デビュー当時から患い、以後毎日のように痛みに煩わされ続けたのせいで、母子共に危険な状態であった。 1997年1月17日、阪神淡路大震災復興支援ライブ「KOBE MEETING」を開催。 その後、1月17日に毎年神戸市内で開催し続けている。 1999年、レコード会社をに移籍。 2001年、子宮内膜症が悪化し、子宮を摘出。 その半年後の2002年にはが見つかり、音楽活動の休止を余儀なくされる。 休止中は各地での講演活動に参加した。 2004年4月21日、新曲「YOU ARE MINE/部屋とYシャツと私2004」をリリースし、歌手活動を再開。 また、併せて闘病手記「部屋とYシャツと『私の真実』」も上梓した。 これ以外にも雑誌、新聞にエッセーを執筆。 2005年8月2日、子育てと仕事とですれ違いが生じ、代理人を通して届を提出した。 報道によると、憎み合っての離婚ではなく、慰謝料等も特に生じず、娘(は平松が得た)の学校行事には父母揃って参加しているとのこと。 同年、「KOBE MEETING」の活動などが認められ、神戸大使を委嘱される。 2008年、新しい形のライブ「SLOW ROOM」を始める。 2010年5月、神戸への社会貢献が認められ、第64回神戸新聞文化賞を受賞。 5月30日、「がんばろうKOBEデー」と題してスカイマークスタジアムで行われたオリックス対ヤクルト戦にて、阪神大震災復興支援ソング「美し都〜がんばろやWe love KOBE」(作詞:阿久悠、作曲・歌:平松愛理)と国歌独唱を行う。 2011年、のコンチネンタル・スターレーベルへ移籍。 同年第一弾シングル「いいんじゃない? 」、2012年に第一弾アルバム「花と太陽」をそれぞれ発売。 2016年10月、「」パーソナリティを務める。 2017年4月よりでも放送開始。 2019年、「」のその後を描いた新曲「」を8月28日に30周年シングルとして発売。 大晦日の(・・など)へ初出場し、同曲を歌唱した。 2020年1月17日、25回続けてきた・の復興支援ライブ「KOBE MEETING」の最終公演を行う。 1月21日、これまでの功績を受け、神戸市から感謝状が贈呈された。 音楽 [ ] デビュー当初はのであったが、3枚目のアルバム『』、シングルでは「月のランプ」以降、がに代わる。 清水信之による平松作品は数多いが、例えば、「戻れない道」の編曲は、主体の通常の電子音スタイルとは異なり、なとをメインに使うといった、かつての的な手法を用いている。 エピソード [ ]• 「部屋とYシャツと私」に関連してのインタビューにおいて、選択的に関して、「結婚には覚悟がいる。 名字が変わることは、新たな家庭をスタートするに当たっての『けじめ』みたいな部分はあるが、の際の子供のこと、喪失感なども考えれば、別姓の選択は自然なこと」と賛同している。 との交友は「美し都」のバックコーラスのひとりに岡村が務めていたことや、岡村の楽曲を元夫である清水がアレンジャーとして関わっていたということもあり、以後現在まで長く続いている。 に岡村がに罹患した折に、岡村が当時パーソナリティを務めていたラジオ「あの頃ミュージック」の代打として真っ先に平松が指名されたほか、平松も岡村の病気快癒を祈った募集を行っている。 ディスコグラフィー [ ] シングル [ ] 発売日 タイトル 規格品番 備考 1st 1989年2月21日 青春のアルバム S10A0239 CT:10P13330 EP:7A0948 2nd 1989年7月21日 太陽のストライキ S9A-11030 9P-10031 3rd 1989年11月21日 PCDA-00030 4th 1990年5月21日 PCDA-00086 系バラエティ『』エンディングテーマ 5th 1990年12月5日 PCDA-00143 PCSA-00095 フジテレビ系バラエティ『』エンディングテーマ 6th 1991年5月21日 PCDA-00184 PCSA-00128 系バラエティ『』エンディングテーマ 7th 1991年11月21日 思い出の坂道 PCDA-00241 8th 1992年3月21日 PCDA-00289 のヒット曲『』のアンサーソングと言われている。 (2013年01月12日付朝日新聞beうたの旅人より) のちにがアルバム『』・ 2008年がデビューアルバム「Voice from Kobe」の1曲目にカヴァー収録している。 もともとは1990年発売の『』に収録されていた。 9th 1992年6月3日 PCDA-00313 CMソング (が「セレス」と聞こえる) 10th 1992年9月2日 PCDA-00353 CMソング (『』身内自慢コンテストのオープニングでも使用されている) 11th 1993年3月8日 PCDA-00414 CMソング 『』放送第一回ゲストライブ曲 12th 1993年11月3日 PCDA-00504 フジテレビ系木曜劇場(10時枠)ドラマ『』主題歌 13th 1994年2月2日 PCDA-00545 14th 1994年7月21日 PCDA-00624 15th 1994年10月21日 PCDA-00659 映画『』主題歌 16th 1995年4月21日 PCDA-00659 神戸復興「がんばろや! WE LOVE KOBE」キャンペーンソング。 作詞は出身ので作曲が平松。 コーラスに、、、が参加している。 この作品はチャリティーシングルとして発売されたため、印税は神戸復興のチャリティー基金となる(現在廃盤)。 1995年7月までに約11万枚を販売した。 2004年まではアルバム未収録曲だったが、2005年発売のオムニバス『名曲発掘! ジュエル・バラッズ』で晴れてアルバム収録となった。 また、「」CMソングとしても流された。 平松のデビュー30周年記念楽曲。 アルバム、楽曲制作について自身で語るmpeg動画付き 映画『』主題歌「花と太陽」を収録。 の「天気図」、の「」をカバー。 ゲキツー!! 部屋とYシャツと「私の真実」(2004年2月25日)• しあわせになろうよ(2005年9月30日) 楽曲提供 [ ] 太字は平松が後にしている楽曲である。 「友達に戻ろう」作詞・作曲:平松愛理 編曲:• 「チョコレイト〜鮮烈な味わい魅惑の世界〜」作詞:Yuko 作曲:平松愛理 編曲:• 「ガラスの林檎」作詞:小野小福 作曲:平松愛理 編曲: 「22歳のMellow」作詞:小野小福 作曲:平松愛理 編曲:井上鑑• 「Invitation」作詞:平松愛理 作曲: 編曲:清水信之• 「明日へ」作詞:平松愛理 作曲: 編曲:佐藤公一郎• 「ギュッとずっと」作詞:平松愛理 作曲: 編曲:清水信之• 「 あなたに教えたい」作詞・作曲:平松愛理 編曲:小野沢篤• 「愛ひとひら」作詞:島倉千代子 作曲:平松愛理 編曲: 「ときめきよこんにちわ」作詞:島倉千代子 作曲:平松愛理 編曲:• 「クィーンズボローの橋の上で」作詞:平松愛理 作曲・編曲:鈴木康博• 「 最上級I LIKE YOU」作詞・作曲:平松愛理 編曲:清水信之• 「リバーシブル」作詞・作曲:平松愛理 編曲:井上鑑 「街路樹のAFTERNOON」作詞・作曲:平松愛理 編曲: 「助手席のPrefume」作詞・作曲:平松愛理 編曲: 「Domino」作詞:平松愛理 作曲:鈴木康博 編曲:萩田光男• 「妹のように」作詞: 作曲:平松愛理 編曲:COZY• 「君だけを…」作詞:平松愛理 作曲:鶴久政治 編曲:• 「ドアの向こう」作詞・作曲:平松愛理 編曲:清水信之 「彼と私の新しい関係」作詞・作曲:平松愛理 編曲:清水信之• 、久保田利伸 「ああ ホント やんなっちゃう」作詞:平松愛理 作曲・編曲:• 「十月人魚」作詞:及川眠子 作曲:平松愛理 編曲:• 「Boy Friend」作詞・作曲:平松愛理 編曲:冨田素弘• 「テンダークリスマス」作詞: 作曲:平松愛理 編曲:• 「3年分の雫」作詞: 作曲:平松愛理 編曲:• 「 Someday Everyday」作詞・作曲:平松愛理 編曲:清水信之 「 Shocking Blue」作詞・作曲:平松愛理 編曲:清水信之• 「ANTIQUE CLOCK」作詞・作曲:平松愛理 編曲: 「 平凡」作詞: 作曲:平松愛理 編曲:清水信之• 「平凡」は平松版では歌詞・タイトルが異なり「朝のホームで」となっている。 「GO・ME・N」作詞・作曲:平松愛理 編曲:武部聡志 「 エレベーターアクシデント」作詞・作曲:平松愛理 編曲:武部聡志• 「信じれば」作詞: 作曲:平松愛理 編曲:森俊之• 「Station Break」作詞・作曲:平松愛理 編曲: 「after school 4o'clock」作詞・作曲:平松愛理 編曲: 「君ならば大丈夫」作詞・作曲:平松愛理 編曲:西脇辰弥• 「」作詞・作曲:平松愛理 編曲:• 「」作詞・作曲:平松愛理 出演 [ ] テレビ番組 [ ]• (フジテレビ) - 毎週生放送の中、ピアノ演奏によるエンディングテーマの弾き語りを担当していた。 台風の中でも歌ったことがある。 TBS - 解答者として出演。• しゃべくりDJ 平松愛理のミュージックアワー!! (2018年10月 - 、)• (2019年2月 - 、歌謡ポップスチャンネル) 単発出演 [ ]• (フジテレビ)2019年9月19日• (フジテレビ)2019年12月5日• (・・など)2019年12月31日 ラジオ番組 [ ]• 「HIT RADIO '99」()1989年4月 - 1990年2月• 「795レポート」 1989年4月 - 1989年7月• 「平松愛理のTREASURE NIGHT」(・)1989年4月 - 1990年3月• 「平松愛理のWARM IN THE MOON」(FM新潟)1990年4月 - 1991年3月• 「Kiss POP SQUARE MOONLIGHT WALK」 1990年10月 - 1993年4月• 「」()金曜2部 1991年4月 - 1991年10月4日• 「4ウェイミュージックストリート」(FM仙台・・・・)1991年6月 - 1994年8月• 「MELODY FARM」 NACK5 1991年10月 - 1992年3月• 「」(・・ラジオ大阪)1992年10月 - 1993年4月、1993年10月 - 1994年4月、1994年10月 - 1995年4月• 「ヨコハマラジオナイト My Pop Sketch」 1992年10月 - 1994年4月• 「Radio Pop Sketch」 FM yokohama 1994年4月 - 1997年3月• 「TO BE YOUR STYLE」 1994年7月 - 2002年4月• 「79. 5FM『JYOSHI BEYA』」 2004年4月 - 2004年12月• 「愛イ理アンSpace」 2007年10月 - 2007年12月• 「」(、)2016年10月 - 2020年6月• 「・ミッドナイトトーク」()偶数月第1週土曜日担当 2019年4月 -• 2002年4月に上述の通り活動休止を余儀なくされ、このライブの開催も危ぶまれたが、当時毎年の開催の場('00~'05年)であったライブハウス・チキンジョージ(神戸市中央区)側の懸命なスケジュール調整や、何より震災に拘り続ける平松本人の強い意向もあり、本来休業期間とされていた間も、KOBE MEETING当日だけは公の場に姿を見せライブを敢行。 回を重ねるごとに、サンテレビジョン、、といった地元はもとより、兵庫県外のメディアからも取材を受けるようになり、この長期にわたるチャリティー活動が高く評価され、アーティスト活動再開からまる1年の2005年4月21日、平松は神戸市より「神戸大使」の委嘱を受けている。 このライブの収益およびグッズの収益等から、ライブ実施にかかる諸経費を差し引いた金額、さらに当日の会場内での募金等を併せ、毎年同市東灘区にある「あしなが育英会・レインボーハウス」へ寄付(2012年以降は前年の東日本大震災発生を受け、東北レインボーハウスの設立基金にも充当)。 ライブ当日に代表者への目録贈呈が行われている。 その理由として、近年の自然災害の多発を上げており、「神戸で学んだ助け合いの精神を、東北など、新たな被災地に伝えることが使命であると考えた」としている。 脚注 [ ] []• 120-127「クローズアップ・インタビュー シンガーソングライター 平松愛理さんに聞く• 平松愛理『ゲキツー!! 』、2001年8月。 2019年11月1日閲覧。 、朝日新聞、2015年12月13日• 『』1995年8月30日付東京朝刊。 2019年11月1日閲覧。 (2018年1月13日 日刊スポーツ)• (2019年12月4日 神戸新聞) 外部リンク [ ]• - 旧オフィシャルブログ( - 2011年10月31日)• - オフィシャルブログ(2011年11月1日 - )• hiramatsueri -• - 神戸市.

次の