日本語 起源 2ch。 日本人のルーツと日本起源の史実、裏古事記で納得

日本語の起源と系統について語る 3

日本語 起源 2ch

45 ID:onabTDUW9. net 全国各地に点在する神社。 初詣や七五三、合格祈願など、訪れる機会は多く、我々日本人にとって非常に馴染みのあるものといえよう。 ところで、普段あまり意識したことはないかもしれないが、そもそも神社の社殿は日本古来のものなのだろうか。 「教えて!goo」にも「日本の『神社』は日本古来のものか、日本化されたものなのか、外国のものなのか?」という質問がよせられている。 そこで今回も、日本宗教史研究家である渋谷申博さんに、神社の歴史などについて尋ねてみることにした。 「社殿の起源については、諸説あります。 かつての説では、古くは社殿がなく、聖地に神籬(ひもろぎ)のような仮設の依り代を置いて神祭をしたとされていました。 しかし最近では、弥生時代の巨大神殿の存在が知られるようになり、社殿の起源をそこに求める説も出ているようです」(渋谷さん 神社には多くのロマンがありそうだ。 「もっとも、山や滝、巨石を御神体とする神社は、これを社殿に入れるわけにはいかないので、露天祭祀(ろてんさいし:青空の下で神や祖先をまつること)が起源の神社も少なくありません。 現在も大神神社(おおみわじんじゃ、奈良県)や金鑚神社(かなさなじんじゃ、埼玉県)などは、本殿を持たない神社として知られています」(渋谷さん 本殿すら持たない神社が存在するとは……。 御神体の形もさまざまあるようで、実に興味深い。 「もともと神社においては祭祀が行なわれることが重要で、社殿の有無は二次的なことです。 そのため、鳥居や聖地を結界する瑞垣さえあれば、神社としては成立可能といえます。 また、社殿配置に決まりはなく、寺院のような四天王寺式伽藍配置 してんのうじしきがらんはいち ・飛鳥寺式伽藍配置といったものはありません。 なお本殿は、南向きが多いのですが、北向きなどの場合もあります」(渋谷さん 社殿がなくても神社が成立するというのは驚きだ。 神社の主要な施設について改めて説明してもらった。 「神社の主要な施設としては、以下のようなものが挙げられます」(渋谷さん 本殿:御神体を奉安する社殿。 神社でもっとも重要な建物 拝殿:本殿を礼拝するための社殿 摂社(せっしゃ)・末社:境内にある小さな神社(本殿だけのことが多い)。 摂社は本殿の御祭神にゆかりの神を祀る社で、末社より大きいことが多い 神楽殿(舞殿):神楽・芸能などを神に奉納するための社殿 手水舎:手と口を清める(禊の代用)ための施設 社務所:神社の事務などを行なう場所、神札・朱印などの授与所を兼ねることも 狛犬:正確には獅子・狛犬。 境内を守る霊獣。 稲荷社の狐は神使(しんし)といって神のお使い。 天神社・天満宮の牛なども神使 宝物殿:神社の宝物を納める施設。 参拝者に公開する博物館のこともある 鳥居:聖域との境界を示す象徴的な門。 神社のシンボル。 起源などは謎 神門:神社の門。 二階建てのものは楼門という。 脇間に随神(随身)像を置くものは随神門ともいう。 すべての神社にあるわけではない 改めて見てみると、非常にたくさんの施設があることに驚かされる。 また、鳥居の起源が不明というのも意外だった。 「寺院は仏教とともに伝わったもので、言うまでもなく外来です。 神社が神のための空間(施設)であるのに対し、寺院は修行し悟りを得る人間のための空間になります。 寺院建築は柱を礎石の上に立て、丹 に などの塗料を使い、瓦を屋根に載せるなど、同じ木造建築でも社殿建築とは大きな違いがあるのです。 法隆寺が千年以上持ちこたえたのは、寺院建築であったことが理由になります。 いっぽう、神社に式年遷宮 しきねんせんぐう の制度があるのは、耐久年数が短いことも理由のひとつです。 仏教は日本に建築・工芸などの最先端技術を伝えました。 61 ID:FeKk3qkL0. 27 ID:2VXIUDeF0. 42 ID:eHk9xilL0. 54 ID:DKnX79wW0. 54 ID:289ZJ8Dc0. 51 ID:ilLQkjWg0. 37 ID:ZmcAjDIA0. 03 ID:5SPW0KXD0. net たしか、あのややこしい軒の構造は中国から輸入した免震構造の技術だったはず。 85 ID:2VXIUDeF0. 31 ID:z2d48tnj0. 78 ID:Qkw8p9Ey0. 02 ID:KqNNFULy0. 45 ID:GNTEzc4O0. 03 ID:3h7GO5F00. 84 ID:DhHPFnNB0. 41 ID:mAtU7gIK0. 32 ID:lE35QYEN0. 63 ID:uht72rcQ0. 85 ID:qOBNn5xl0. 08 ID:CaqeioVl0. net 和歌山南部の無社殿神社群。 古座川町の滝ノ拝矢倉神社、洞尾矢倉神社は、なかなかだった。 36 ID:1zxRb5qO0. net 神社建築の起源は、 渡来人から伝えられた仏教建築にびっくらこいたわれらの先祖が、 寺をパクッて建物を建てたのが始まりだ。 仏教では、信仰のために経典や仏像があり、それを安置するために建築がなされた。 そうしてできた仏教寺院の外側だけをパクッて作られたのが神社の建物。 中はがらんどうだ。 神社の本体は、建物そのものではなく建物の周りの森だ。 森には神が宿るというのが、呪術的非合理的なオレらの先祖から受け継いだメンタルだ。 89 ID:qVKHOqpi0. 58 ID:5SPW0KXD0. net 大事なのは作りの派手さではなく「想い」だからね。 34 ID:scTdPJjE0. 29 ID:scTdPJjE0. net 初詣に行ってもお賽銭も上げないから鈴にも触れない 鈴なんて無い神社、初詣の人が多く鈴を鳴らすまで到らない神社もあるからどうでも良いらしい 中途半端な蘊蓄をのたまうバカもいるけどね 俺なんて異例で4年間も祭りで稚児を務めたから神様とは友だちみたいなものだ。 13 ID:FM0E7lZZ0. 28 ID:pxgCRh4e0. 46 ID:F5B2OSf20. net 神社の高床式って、あのぐらいの高さの津波が来ることを最初から想定してんじゃね。 17 ID:fZXf8UXJ0. 93 ID:KqNNFULy0. 09 ID:tgsQZKTw0. 48 ID:5SPW0KXD0. 35 ID:scTdPJjE0. 80 ID:fZXf8UXJ0. 82 ID:6P6UMZ620. net 社殿は出雲系か? 大和は三輪山信仰から始まってるからなあ。 81 ID:L1sCZs2r0. net 伊勢の伊勢神宮の今の社殿が出来たのは、奈良の法隆寺建立の後なのです。 要するに、瓦を使っての大きな建物を建てることが出来るのに、 天皇家は、あの、今の社殿を建てなければならない、出自からの必然性があったのです。 当時に、天皇家は、いわゆる伝統を継承したのです。 つまり、法隆寺の大瓦の大伽藍は、天皇家の伝統ではなく、伊勢神宮の社殿が、 天皇家の出自と、それからの伝統なのです。 23 ID:byyvi2j10. net しめ縄はヘビの交接を表す。 つまり多産信仰 御幣はカミナリを表す。 72 ID:pZ4PSzR20. 35 ID:x2Mj5sAG0. 63 ID:Tm4IOjpr0. 03 ID:L1sCZs2r0. net 京都府の元伊勢神社の"御神体"は、空間です。 つまり、鏡などの物ではありません。 太陽神が地上に降りてくる空間が御神体になっております。 29 ID:pZ4PSzR20. net ツングース、ギリヤーク族などの習俗の中には、墓地の入り口に鳥居を置くもの がある。 この「鳥居」には実際に鳥が刻んであったり、または鳥を彫刻したものが 吊るしてある。 23 ID:qz6W3tfi0. 03 ID:D4aClPyy0. net おられます。 96 ID:8wumv8fe0. net それね。 70 ID:pZ4PSzR20. net 仮に鳥居が純粋に日本由来のものであり、朝鮮からの渡来ではないとしよう。 鳥居の起源は日本国内で、鳥居は日本的なものであるとする。 しかしその場 合でも、なお日本の鳥居に類似のものが朝鮮半島から沿海州にかけて存在 していたという事実は否定できない。 89 ID:fqIDd92f0. 11 ID:tkEfOJw90. 98 ID:pZ4PSzR20. 66 ID:EG61MSPT0. net 韓国からやってきた渡来人が縄文ジャップに土木や木造を教えてやったので間違いないだろう。 24 ID:qj3wWHJE0. net 多次元宇宙を支持する学者が多数いて 時空がよくわからないから、あんまり否定しないほうがいいね。 偶然の一致や予知のような不可解なことを とりあえず神様と呼んでいるだけかもしれんし。 61 ID:scTdPJjE0. net 東南アジアの村の結界が起源で、 朝鮮半島のトーテムポールもその亜種という説はある。 70 ID:FTVl8K4F0. net 白村江以前の歴史は全て後世の創作。 93 ID:L1sCZs2r0. net 鳥居は、とまり木という見方が中心と思いますが、女性の性器の入り口との説もあります。 78 ID:lE35QYEN0. net ないねw すみません、既婚者です 神社界もコロナで暇だよ〜 元々春〜秋は閑散期だけど、1年くらい状態が続くと、ちょっと危ない神社も 出てきそう。 58 ID:scTdPJjE0. 74 ID:pxgCRh4e0. 61 ID:fqIDd92f0. net つうか、大社造り・神明造りの起源がタイのアカ族の穀物倉庫というのは、 もはや疑いのない所だと思うけど。 net チャンスンやソッテは鳥居じゃねーなw 総レス数 1001 258 KB.

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日本語って、どこから来たの?

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日本で生まれ育った人はたいてい日本語を1種類しかないと考えていて、自分たちの話す言葉はすべて日本語であると言うようです。 でもこれは、厳密には少し違います。 正確に考えると日本語は• 漢語(もとは古い時期の中国語)• カタカナ語(もとは西洋の言語が多い) の大きく 3つを組み合わせて使われている言語だそうです。 つまり、日本語を話す人は 外国由来の言葉を数多く使っているということです。 これらの外の言語は導入時期が異なっていて、導入されるたびに日本語の表現の幅を大きく広げてきたようです。 漢語はかなり昔、邪馬台国の時代よりさらにさかぼった時期には日本に入ってきていたと思われます。 カタカナ語は16世紀に入って、日本がヨーロッパの国と接するようになってから入ってきたようです。 しかし、これらの語もあくまで「日本語のルール」にのっとって使われます。 この場合の「日本語」は漢語が入る前から使われている 和語のことを指します。 外国語が入ってきたからと言って、何もかも外国語にとってかわられることは、自然には起こりません。 世界史などを勉強すると、 語族という枠組みが出てきます。 これはもとは同じ言語だったものが、変化して分かれたものを、元々の言語(祖語)で分類する方法のことを言います。 例えば、英語は「インド=ヨーロッパ語族」と呼ばれる語族になります。 これはインドからヨーロッパで話されていたであろう言語から分かれた言語が所属します。 英語のほかにも、フランス語やドイツ語、ロシア語、ペルシャ語などもこれに属します。 これらは文法や語彙(ごい/単語のまとまり)が似ているので、もとは同じ言葉だったのだろうと考えられているそうです。 では、日本語は何に属するのでしょうか。 結論から言うと、「 不明」です。 語族だと判断するには、少なくとも以下のことが必要です。 文法が似ていること• 日常的な言葉が似ていること• 発音が似ていること 言葉というのはたくさんあるので、一つや二つぐらい偶然似ていることもあり得ます。 そのため、「偶然とは言えない可能性が高い」とまで言えなければ、「似ている言語」とは言えません。 しかし、いまだにそれらの基準を満たすだけの「似ている言語」は見つかっておらず、結果的に どの語族に属するか不明なので、日本語は「孤立した言語」と呼ばれます(唯一、沖縄の琉球語(琉球方言)は日本語と密接な関係があるとされています)。 日本人はどこからやってきたのかについても様々な説があり、定説と言えるようなものはまだ存在していませんが、遺伝子での研究が進むようになり、新たな説も唱えられるようになってきているようです。 今の日本人は、大きく2つのグループの祖先を持っているとされています。 弥生系• 縄文系 縄文系は縄文時代に主に活動していた人々で、 古い時期に日本に来た人たちです。 弥生系は、縄文時代の終わりごろに朝鮮半島や中国の南部からやってきたいわゆる「 渡来人」で、彼らが稲作の技術などを日本に伝えたとされています。 漢語などの本格的な導入もおそらくこの辺りから始まったものと思われます。 元々の日本語という意味では、縄文人が重要なのですが、これも詳細は「諸説あるが不明」というのが現状の研究状態です。 また、旧石器時代(縄文よりさらに昔)にいた人々と縄文人との関連もはっきりしていません。 ただ、まとめて一つのルートからやってきたわけではなく、 複数のルートから何度も入ってきている可能性は高いと思われます。 結局、日本列島に来た人々がどういう人かという視点でも、様々な人がいたという結論程度しか言えないので、日本語の起源の謎に迫ることはできません。 なぜ、日本語の起源がこんなに謎に包まれているのかというのは、おそらく日本の位置が関係しています。 日本列島はユーラシア大陸の東の端にあります。 そのため、日本を経由してさらに東へ向かうことは古代には非常に難しかったと思われます。 古代に太平洋を渡った人たちがたくさんいたとは考えにくいですよね。 日本に入ってくるルートとしては大まかに北(中国北部・ロシア経由)、東(朝鮮半島経由)、南(中国南部・台湾周辺経由)があって、そこから入ってきた人々は日本列島に留まるケースが多かったと想像されます。 結果的に、日本列島には 異なる言語を持つ集団が複数存在することになり、それらの集団が西日本でお互いに接触や侵略を繰り返すことで徐々に和語が形成されていったのではないかと考えられます。 複数の言語が混ざり、しかも文字が無いので、元々の言語を特定するのはとても難しくなります。 また、中国文明のはじっこに日本列島が存在していたがゆえに、 和語が他の言語に侵略されず、どの言語とも関係が見いだせない「 孤立した言語」になったのではないかと考えることが可能です。 もちろんある程度の影響を受けていたとは思われますが。 なお、東日本ではどうだったのかと考えると、文化圏が西と東で異なっていたことから、東北や北海道を中心とした地域では和語ではなく アイヌ語につながる言語が形成されていたと考えられます。 北海道でかつて話されていたアイヌ語が日本語との関係が薄いとされているのは、これが理由なのかもしれません。 しかし、これらはすべて推測で、主張できるだけの根拠も弱いです。 極端な理論を使わないで、自然に考えられるものに過ぎません。 結果的に日本語がどこから来たのかは、やはり今の研究では明らかにできていないということになります。 言語の起源は難しいが面白い.

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何かの役に立つこともあるかもしれないと思い、下記のような記事を書いた。 状況は流動的で予断を許さず、随時更新する。 取りあえず表紙ページは書き換えた。 タイトル未定なので工事中である。 2001年から2010年まで、上記タイトルの「考察もどき」を書き連ねていた。 最終更新から、なんと10年経ってしまった。 更新をやめたのは、日本語の起源問題を、従来の比較言語学の方法で解決するのは、「やはり無理だな」と、なんとなく得心したからだ。 言語学への関心は今も抱き続けているが、現在の興味は、そもそも進化の過程でどのように言語なるものが誕生したかにある。 鳥やクジラも鳴き声でかなり複雑な情報を伝達している。 彼らは言語を持っているではないかと言われる方もいるかと思うが、あれは言語ではない。 というような話しを、いつかまとめてみようかと思っている。 もし10年前の記事に関心があるという奇特な方がいらしゃればこちらへどうぞ。 下に、自己紹介が書いてある。 今読むと、なんか中二病みたいな事を書いたものだと恥ずかしくなる。 恥ずかしいが、今もこういう気持ちを持っているのは本当なので、残しておくことにした。 自己紹介 人には誰でも、隠されたものを暴きたい、知りたい、理解したいという衝動があると思う。 私は物心ついた時には既にバリバリの理系人間だったが、中学の頃から古代文字の解読物語を読むのが好きだった。 自然界の謎と古代の謎は、私の頭の中では同列に置かれた強い興味の対象だった。 エジプト象形文字(ヒエログリフ)、クレタ島の線文字 B、メソポタミアの楔形文字、あるいは突厥の古代トルコ文字とかの解読物語を読んでは、いずこかの砂漠か、ジャングルの密林の中か、或いは海の底から、新たに発掘された古代遺跡から発見された奇怪な古代文字の解読に挑むことを夢見たものである。 「奇妙な文字に対する愛着」はその後も変わらず、高校の時にロシア語を独習したのは、ロシア文学が好きだったせいもあるが、やはりNやRを逆さまにしたような、「奇妙なアルファベット」に惹かれたからでもある。 ロシア語で 「日本語の起源」は、 であるが、今でもこの文字を見るとなんとなく嬉しくなってしまうのである。 「奇怪な文字」と言えば、そもそも我々が使っている漢字は、世界的に見ても相当に複雑怪奇な文字であるが、奇怪さの点で人類史上「空前絶後」と断言できるのはマヤ文字だろう。 下図の如きシロモノである。 一体、どんな精神がこのような文字を産み出したのなのだろうと、いささか感慨にふけってしまう。 マヤ文字は、私が中学の頃には未解読で、その本格的な解明は将来の研究に委ねられている、などと解説書には書かれていたが、残念なことに1970年代後半あたりから急速に解読が進み、私の将来の夢の対象だったもののヒトツがなくなってしまった。 (ちなみに上の文章は、「燃える槍の苦行に臨む 4カトゥン王 Itsamnaaj Bahlam の姿」と解読されている。 画像下に見えているのが、この王様の頭部である。 マヤ文字の解読がこんなに遅れた事情には、米ソの冷戦が影を落としている。 気が向けば、本編で紹介したいと思う。 クレタ島で発見された、いわゆるファイストスの円盤に書かれた絵文字や、インダス文字は未だに未解読である。 資料があまりに少ない前者は無理として、後者については、もし時間があれば自分自身で解読を試みてみたいと、今でも結構真面目に思っている。 (インダス文字解読の試みについては本論でも紹介した。 ) このような嗜好を持った人間が、先史時代の言語を推定する試みとも言える比較言語学、あるいは歴史言語学なる学問に強い興味を覚えるのは必然の流れである。 私は冒頭に言ったように理系人間、それも物理専攻なのだが、比較言語学において抽出される「数学的」とも言える規則的な諸現象には、物理法則に匹敵する一種の「美しさ」を感じ、強い感動を覚えた。 その具体例についてHP内で紹介していくつもりである。 一方、「日本語は世界のどの言語と系統的関係があるのか未だ不明である事」、或いは「日本語がどのような過程を経て成立したのかがよく分からない事」は、私の興味をずっと刺激し続けてきた。 このテーマに関する著作は色々読んだが、論旨・手法の一貫性・厳密性において納得できるものは少ないと感じられた。 かくして私の興味の対象は、「謎の古代文字」から、我々の母語である日本語の「起源の謎」に向けられることになった。 砂漠や、熱帯の密林や、はたまた海の底から謎の遺跡が現われなくとも、大きな謎は、我々の最も身近な所に存在するのである。 本HPのテーマのヒトツは、比較言語学あるいは歴史言語学の手法を用いて、日本語の起源という謎にどこまで迫ることができるかを探求することである。 従って、日本語がアルタイ系言語であるとか、アイヌ語と同源であるとか、実はビルマ語が本命であるとか、朝鮮語の分派であるとかの結論を出すことが直接の目的ではない。 「始めに結論ありき」ではなく、あくまで考察の過程を、出来うる限りアマチュアとして「愉しむ」ことにある。 文献の入手に制約がある事、言語学の本格的な訓練を受けてないことからして、プロからすれば笑止トンデモな誤りを犯してしまう事はもとより覚悟の上である。 (既に誤った内容の記事をいくつもアップしてしまったと自覚している。 ) しかし、たとえ内容に誤りがあったとしても、この学術分野の面白さに共感してもらえる人々がいることを私は疑わない。 そこに謎がある限り、それを解き明かしたいと思うのは人間の本能である。 ここで述べる学説の解説やそれに対する私自身の評価および考察を公開する事には、なにがしかの意義はあるのではないかと思っている。 出典: マヤ文字と解読文: M. 138.

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